65話 理由
大雷が落ちた。
普遍的な直撃雷ではない。魔法由来の破壊力に長けたものだ。
元々俺を囲むために『夜道公園』を彼らが封鎖していたため、幸いにして一般人の被害者はいない。
瓦礫になった噴水広場。
そこで俺と若い男女のペアが向かい合っている。
距離を空けて、親しまず、だが敵対はしていない。
「では棟方さんも春田さんも公安関係者ということで間違いないですか」
「…………人が遠回しに告げたことを改めて言うな」
若い男の方、『棟方 ミツキ』が半眼で呆れたように俺に苦言を呈する。
身分を明かさないことには始まらないのだから隠しても仕方がないとは思うが。
「……私は厳密に言えば違うけど。
………………いいえ、そうね。ウチのトップが公安に頭が上がらない以上その下部組織とでも思ってくれて構わない」
女の方は『春田 カナ』。
噴水広場の照明は一部破壊されてしまっているため、それぞれが携帯端末のライトを点けながら会話している。
この二人が俺を襲ってきた理由。
それは端的に言えば職務だった。
予想はしていたが。
「詳細な事は話せない。
俺たち公安は追うべきものを追っていて、そこにたまたまお前がいたというだけだ」
「……正直に言えばまだ貴方を信じてはいない。
私たちを何時でも殺せるからと言っても足がつかないわけでも証拠が残らないわけでもない以上、殺さずに泳がせる理由ならいくらでもある」
「それで構いませんよ。
俺もお二人を信じてはいませんから。
ただ、話し合う必要はあるでしょう」
どこかに姿をくらませたあの銀髪赤目の幼女。
争点は当然彼女だ。
ふらりと街中で俺を見つけて、公安にその身を追われる角と尻尾が生えた人間。
悪い背景ならいくらでも想像できる。
「彼女について知っていることがあれば教えてください」
「…………それは、我々がどこまで知っているかの確認か?」
問いに問いで返された。
棟方さんの返しは、要は俺は全てを知っていて、必要のないことまで知った自分たちを口封じとして排除するのではという意図を持ったものだろう。
勝手に悪人側に立たされている気もするが、彼らとしては俺が標的を匿っていた(ように見え)更にその後ろには月詠という大きな家が存在しており、あたかも巨大な組織の陰謀が見え隠れしている錯覚に陥っているのだろう。
残念ながら月詠はそんな家じゃない。
日々押し付けられる雑務と剣の手入ればかりしている万年序列最下位の護国の名折れだ。
「時間が惜しいのでできれば要らない問答はやめにしませんか。
俺とて公安の人間を手に掛けるのはあまり気乗りしません」
「……っ!? …………学生ごときが」
「…………ミツキ先輩、今は抑えましょう」
春田カナの言葉を受けて、俺に食って掛かろうとしていた棟方ミツキは何とか押し留まる。
俺だってこんな場所さっさと離れたい。
腹の探り合いをしたいのなら自分の上司の不正でも暴いていればいい。
「彼女は一体何なんですか。
尻尾と角がある少女とは」
「…………………………竜だ」
『竜』
魔法黎明期に姿を見せた、獣より遥かに強大な敵性生物。
人間とは体系の異なる魔法を使い、その巨躯も相まって他の生物と比較にならないほどの脅威度を誇る奇蹟生命体。
いや、あれは幼女じゃん。
と言いたい気持ちはあるが、事実銀色の小さな一本角と蜥蜴のそれに近い尾が踊っていたため否定できない。
だが突っ込みどころならまだいくらでもある。
「竜が人に化けていた、ということですか?」
「……わからない。
俺たちはただ回収してこいと言われただけだ」
失礼な物言いになるがこの二人はそこそこの人材に思える。
とてもではないが人間に化けた竜の市街地での追跡作戦を任されるような腕前とは思えない。
それとも当局ではこの件をそれほど重大視していないのだろうか?
「…………改めて訊くが、月詠ハガネ。
お前は本当にアレの正体を知らなかったのか」
「はい。
俺はただ街が妙な雰囲気に当てられていたので散策していたらたまたま彼女に出会って、『星が見たい』と言われたからこの夜道公園に連れて来ただけですよ」
全部正直に話す。
どのみち街中に仕掛けられている監視カメラで地上での動向は大体バレているのだ。
取り繕う必要もなく、今現在この会話が録音されていると知っていても別に問題はないように思われる。
それにしてもやはりこの二人はどこか杜撰だ。
今だって僅かに口腔奥が動いたことで端末への録音要請を送ったことを俺に気取られている。
新入りにこんな任務を放るほど人員不足なのか、公安は。
「…………では貴方はアレが人ではないと知らなかったと?」
「? いいえ、角はフードに隠されていましたが尻尾は明らかに飾りに許された動きを超えていましたから」
「……じゃあなんだ。
お前、まさか知ってて竜を連れ回したのか…………!?」
アレだのソレだの、どうにもこの二人は竜の幼女を呼称したくないらしい。
助けた、と表現することすら大袈裟だ。
俺はただ星が見たいと声を掛けてきた困り人がいたから案内しただけだ。
理由なんてないし、無理矢理挙げるのなら、
「困っていましたから」
「………………」
「月詠を頼ってくれたのだから、断る理由もありませんし」
星を見ていただけの先祖が誰かのために剣を取ったのと同じ。
人を殺すのも愛するのも理由なんていらないのだから助けたっていい。
なんなら別に相手が人じゃなくてもいい。
困ってたら傍にいてやって、頼られたら助けろ。
父も母も義母も皆そう言っていたし。
「そろそろ一般の警備会社や地方警察が来そうですし、俺は失礼します」
不本意ながら連絡先も交換してしまったし事情聴取なら何時でも対応できる。
奇妙な一夜はこれで終わった筈だし。
後は有能な人間と偉い人間と現場の人間が何とかしてくれる。
何もないマンションに帰って朝まで剣でも振っていよう。
『あっ、またチャット来てるわよ』
━━━
「どう思った、カナ」
民間の警備員、神田市警。
異なる閥に属する者たちは共通の指揮の元、半壊した夜道公園の噴水広場の検証にあたっている。
その隅で私服の男と狩人装束の女が揃って同じ方向を見ながら会話をしている。
「どちらについて、ですか」
「両方だ」
今しがた二人は奇蹟に遭遇した。
人の姿をした竜と、人の姿をした何か。
前者は正体不明、後者は正体は知れているもののそれ以外が不明。
「月詠ハガネですが、聞いていた話とは随分…………。
マークされるのを家ぐるみで避けるためにあえて無能という風潮を拡散させていたものか……」
「あり得るな。公安の調査書にあんなデタラメな力は書いてなかった。
………………何もできなかった、俺は」
「それは私も同じです」
あまつさえ庇われた。
人の行使するそれとは明らかに規模も威力も異なる大魔法。
天井より降ったそれに反応は遅れ身を焼かれるところで、二人は揃って護られた。
灰のような髪の学生。護国十一家序列最下位、月詠家長男、月詠ハガネに。
「この件、上には?」
「…………迷ってる。普通なら月詠の謎の異能については報告するべきだ。
だが…………」
この場に似つかわしくない私服の男、棟方ミツキは顎に指を当てて思案する。
今しがた出会った護国十一家という強大すぎる組織に属する少年について。
警察公安部において報告漏れなど許される筈もない。
だが、それがもし自分の命がかかっていたら。
報告したことで自分か、あるいは近しい者が不幸に見舞われることがあるかもしれなかったら。
「…………すまん。この場では言えないな」
「……私も、全て包み隠さず、とはいかないと思います」
国家権力側に位置する公安ですら実態が完全には掴めていない護国十一家という組織。
あらぬ噂が立ち込め、その全てが本当に嘘なのか確かめる命知らずはそう多くない。
取り分け今この場では二人は結論を急がなかった。
「追跡対象の方ですが、やはりあの超高威力の魔法を見る限り脅威度の再査定を進言すべきかと」
「ああ、あんなものを軽々しく放たれては街がもたない。
ただ、位置情報の把握は必要だ」
そう会話しつつも年若い二人は現場の人間に指示を出し続けている。
公安切っての新進気鋭のエリートと、大手警備会社からの派兵である『銅』の狩人。
学生の頃からの付き合いである二人は日が落ちきったにも関わらず、帰り支度などする気はなく。
「個体名『シルバー』の追跡を引き続き行う」
「了解」
追うべきは大悪。
単なる竜などではない。
公安より更に上からもたらされた情報に記載されていた『罪竜の雛』というキーワード。
なぜ自分たちに白羽の矢が立ったのかなど考える余裕もなく、二人は夜の闇に消えていった。