63話 拾った
法都岩手平泉市某所。
四十ある小型スクリーンと、それを監視する十人ほどの職員。
強大なる竜が群れ蹂躙する悪夢、『竜災』によって焦土と化した本州西部において、未だに人が立ち寄ることができない区画が幾つか存在する。
そんな場所を彼らは見守り続けている。
その中に何が居るのか。
誰が入っていくのか。
『竜隷区』と呼ばれるその場所を、人は恐れ続けている。
だが、竜災終息から五十年以上が経った現在。
監視者たちは飽いていた。
同じ映像、同じ報告書、同じ会話。
全てが焼き直しの灰色の日々。
「十一番から十五番まで異常無し、と。
そっちは?」
「同じく。野良のちいせえ竜が数匹」
飲み物を片手に値の張る座椅子に背を預ける彼らは、政府の職員ながら退屈を隠そうともしない。
モニターに映る黒い霧の向こうでは今日も代わり映えのしない禁域の姿がある。
これで意識を尖らせろというのも無理な話ではあった。
監視体制は六時間交代制で敷かれている。
時刻は十八時前であり、引き継ぎを終えた今彼らは帰り支度さえしていた。
そんな折にそれは現れ、そして失われた。
『─────────』
「!? 環境情報更新! 三十六番!」
意図して耳障りに作られた警報が響き渡り、神経に爪をたてられる。
怠惰の気はあれど彼らは優秀であり、直ぐ様事態に向き合うこととなる。
大モニターに出力された映像。
三十六番と割り振られたその場所は正体不明の霧の発生源である不凍の湖。
解像度を補整ソフトで無理矢理上げ、職員が目にしたのは描写限界に迫るほどの光量。
「…………なんだよ、これ」
罪竜『褪せ赤のイフリシア』が遺した反生命魔法の残滓。
動植物は芽吹かず居着かず、大気さえ淀み大地は死ぬ。
そんな不毛の地の代表格とも言える映像の中で、『花』が咲いていた。
湖との尺度からして十メートルはくだらない巨大な花弁。
そして、それに集約される黒い霧。
「現時点までの映像記録を簡易領域からメインバンクに移せ!!」
「三十六番以外の全中継機の待避を本部に進言します!」
「対象形状変化! た、胎動しているのか…………?」
静寂を擲ち突如として慌ただしさが部屋に生まれる。
嫌な予感、などという漠然としたものではなく、全員が明確な危機感を持って当たっている。
奇蹟に常識は当てはまらない。
「光が……!?」
「マズい!!」
光量調整機能が働くほどの銀閃の中。
モニターから全ての光が失われる寸前に彼らが見たのは、その場には絶対にある筈のないものだった。
「………………人、……?」
━━━
怒涛の四月ももう終わりかけようとしている。
ジンと狩りに出て経験値を全部失った事から始まって。
レベルが下がるようになって天迷宮が新しく見つかって、雪の中で色々あって。
頼もしすぎる先輩たちに尋問されて、体制側の狩人と殺し合いかけて、天魔の最期を見届けて。
色々ありすぎだ。
たった一週間とそこらで体感していい密度じゃない。
一年に一回あればいいぐらいのイベントが立て続けに起こっている。
逆に今後は暇忙の揺り戻しが来るんじゃないか。
そう思っていた。心から。
「両手を上に挙げろ、月詠ハガネ」
「まさか月詠がこんな大それた事をしでかすなんて。
でも、年貢の納め時みたいね」
若い男女だ。
男の方は至って普通の私服だが、だからこそその手に持つ鈍色の大型ハンドガンとの違和感が凄い。
女の方はよくある狩人装束に薙刀のような長得物を構えている。
ここは旧都東京神田市。
時刻は午後八時過ぎ。
場所は神田の人気観光地、『夜道公園』の噴水広場。
穏やかな証明が美しい噴水を照らすこの場所で俺は今、この男女を筆頭とした数名の武装した人間に取り囲まれている
端的に言って、ピンチだ。
問題なのは、なんでピンチなのかまるでわからないこと。
『あの銃、多分普通のじゃないわよ』
骨伝導モードで俺に伝えるのは電子の妖怪『Astlair』。
内容から察するに、アメリカの天迷宮で出土した狩人特効武装『魔銃』なのだろう。
迷宮産の武具をあたかも旧時代の兵器のようにカムフラージュするとは中々に賢しい。
「…………ムカつく程の余裕ぶりね。
少しでも動いたらどうなるか、わからないわけではないでしょう」
「まずはいきなり攻撃してきた理由をお聞かせ願いたいんですが」
俺がいつものように空を散歩していた事から今日のこの事態は始まった。
少し気になることがあって地上に降りて、人に会っていたら彼らに攻撃された。
理不尽なものだ。
「わからないわけではないだろうが。
愚物とは聞いていたが、まさか国家にすら逆らうとは」
逆らってなんかいない。
月詠が月詠らしく存在することが俺の命題であり、そのためにこの国はなくてはならないものなのは言うまでもない。
「いいから早く渡しなさい! 貴方に構っている時間はないの!!」
「早くって言われても、な」
今日俺は人に会った。
そいつは間違いなく人だ。
そして今も俺と共にいる。
俺の黒い狩人装束の裾を掴み、心配そうに上目遣いで見てくる。
さらさらとした銀の髪、赤い目。
なんだか幼い頃のセラみたいだ。
「…………どうしたの、ハガネ?」
「……………………どうしたもんかね」
まるで事態をわかっていない幼女が一人。
そう、こいつらはこんな幼女を付け狙っているのだ。
武器を持ち出して市街地の近くで魔法をぶっぱなして。
信じがたい暴挙。政府の黒い部分だ。
「言葉を交わすな!! そいつはなぁ!」
頭を撫でれば目を細めてくすぐったそうにするだけ。
十歳に満たないくらいの外見年齢ながらとても大人しく、利口そうだ。
物わかりはいいし、育てた親御さんはさぞできた人たちなのだろう。
まあ、そんなものいないんだろうけど。
「そいつは、世界を滅ぼす力を持っているかも知れないんだぞ!!?」
大袈裟だ。
ただの幼女だろ。
ちょっと角と尻尾が生えてるだけの。