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62話 迷宮のち雪模様、感情日和

「無様なものだな、天魔」



トコハの天迷宮ダンジョン-4階。

大広間にて、虐殺あり。


刃を振るうのは護国十一家序列五位、『水波みずは』家、殲滅機関筆頭『水波みずは シズク』。

その脇に控えるは同じく水波みずはの殲滅機関補佐役、『盾湖たてみず ジクウ』。


軽鎧型の狩人装束の若い男と、燕尾服を模した狩人装束を着る老執事然とした男。

優雅ささえ漂う二人を前に立て、その後方には十人ほどの狩人が出番なく立ち尽くしている。


無数の目に見下されるは、赤褐色の肌をしたぼろ布を纏う男。

手足には黄金に脈動するラインが走り、その身体に秘める魔力はこの場の誰よりも豊富だった。


種族名『天魔ゼルフ』、個体名『ザイノ』。


天迷宮ダンジョンが作り上げた人類の滅ぼすべき宿敵。

あるいはただ消費される感情の娯楽人形。


そんな男は今、地を舐め立ち上がることすらままならない。

手足に傷らしい傷は見られず、己の内を這い回る何かに悶え苦しんでいた。



「興味深いことだ。地上のどの生物とも異なる体系にすらも我が『薬』がこうも効くとは。

別のかたちを取った方が利口だったのではないか」


「…………黙、れ」



水波みずはシズクの異能、『毒留だくりゅう』。

自身が放射する魔法に生体に害のある物質を乗せることが可能になる力。

粘膜吸収、皮膚浸透、大気からの感染。

その経路はシズクの意思次第で決定付けられ、一度毒に犯されれば様々な症状を引き起こす。


通常の化学兵器のように対象を選ばない無差別的な物ではなく、あくまで魔法に乗せて放つために隠密性の高さと殺傷力の掛け算では護国に連なる者たちの異能の中でも上位に位置する貫通性を誇るシズクの異能。



「ほう。胸に見えるそれが、貴様の命か」



シズクが己が右手に握るSランク兵装『流剣シラサメ』をザイノに向ける。

うつ伏せになりながらもなんとか肘を立てて睨み上げるその赤褐色の胸元には青黒い宝石のような物が埋め込まれている。


それが天魔の核であるということは誰の目にも明白であった。


「ジクウ、天魔の特異な体質を利用した兵器転用計画というものを考え付いた」


「……またお館様にどやされますぞ、坊っちゃま。

…………あくまで此度は殲滅。無用に長らえさせて要らぬ手間を増やせば、肘で小突かれるのは水波みずはにございます」


余裕も余裕。

幾人もの熟練の狩人たちを屠ってきたこのトコハの天迷宮ダンジョン

その中でも傀儡の獣をまとめあげる迷宮の番人とも言うべき存在、天魔を相手にして水波みずは家の二人には一切の恐れも緊張も無い。


「貴様を屠れば何が手に入るのだろうか。

き剣、かたき盾、いずれも学机に齧りついていては手に入らぬ物ゆえに、こうして田舎まで出向いてやったというのに」


「……献納義務がございますゆえ」


「わかっている。

父上の為政次第ともなれば諦めもつく」


戦いの最中だというのに、彼らはまるで茶飲み話のようなぬるい雰囲気の中にある。


飾り以下のお供として連れられた他の狩人たちは、ただその圧倒的な力と世間離れした感覚に言葉を失っていた。

手に持つ武器は酷く頼りないのに、まるで不安感が持てない。

気が狂いそうな思考と現実のギャップに苛まれ動けない。



「…………け」


「何か言ったか、天魔よ」


「……ほざけッ! 人間風情がッ!!」



ザイノの背中に翼の骨子が如く無数の展開円が浮かび上がり、『爆破』の予兆を伝える。

身体を無理矢理起こし右手で地べたを掬い上げるように振るう。



「爆ぜ死ねッ!」


「なるほど。激情しか持てぬがゆえの底力か」



爆破の波が四方八方に広がる。

空気が裂ける音と共に爆風が辺りを揺らす。

飛び退いたシズクとジクウ。風に煽られる狩人たち。

爆破が爆破を呼ぶ連鎖の中で、ザイノの身体に浮かぶ金色のラインが一際明るく輝く。



「殺す。貴様らだけは、何に代えても」



瞳が金に輝く。

背に負う展開円の翼がはためく。


迷天使ゼラフィム

それが神に仕える奴隷の今の名称。

逃れ得ぬ憎しみの果ての姿。


存在維持に用いる筈の天核コア容量リソースを全て魔法展開に注ぎ込んだ不退の構え。

後にも先にも無く、殺すことだけに特化した、人ではなく獣に近い存在と化す。



「………………醜い。

人の真似事の次は天使だと。

惨めで哀れで、同情すら覚える」



最強の守護者家系、護国十一家の遣いの反応はそれだけだった。




━━━




「ハガネ~、俺の分の課題も頼むよ~」


「それはいいがサカキ、倉識教官にバレない方法はお前が考えろよ」


「……そんなの、ない」


「それにハガネ君に安易に頼み事をすると後悔するわよ」


「ああ……。こいつは確かにそういうとこがあるからな。

諦めろ、サカキ」


「……ジンまで俺を見捨てる気か」



いつもの騒がしい放課後。

項垂れるサカキとそれをたしなめるシイナにセラ、肩をすくめるジン。

見慣れたものでも退屈ではない。


この後はクラブ活動に委員会と皆やるべきことと行くべき場所がある。

執行委員会などという不定期でろくな活動内容も無い組織に所属している俺だけが暇になる。


音冥おとくらノアは多分毎日同じようにあの円卓のある部屋にいる。

何をしているのかは知らない。誰を待ってるのかもわからない。

明日辺りに会いに行ってみるか。



「ハガネは今日もシンゲツのとこ行くのか?」



ここ数日、俺は馴染み深い治安維持会社『シンゲツ』に足を運んでいる。

月詠つくよみとして何かするわけではなく、剣を振るう場所を借りているだけ。



「いや、今日はちょっと用事がある」



絶対に外せない、というわけではない。

何なら、まあ別に行かなくてもいいかとも思っている。

それこそ、何となく(・・・・)


何となく、今日も迷宮に潜る。

誰の敵にも味方にもならず。

何を斬るのかもわからず。




━━━




無数の爆発が迷宮内に反響する。

振動が振動を生み、上階では獣が忙しなく彷徨く。


片や国内最強の一角と称される守護者家系『護国十一家』より、『水波みずは』。


片や天迷宮ダンジョンに造られた人もどきの純魔生物『天魔ゼルフ』改め、『迷天使ゼラフィム』。


地の底で繰り広げられる大破壊のぶつかり合い。

不壊こわれずの筈の迷宮内の壁や床にすら傷を残す暴力が飛び交い、凄絶な痕がそこかしこに残る。


二人と一体が向かい合っている。

双方立ってはいるが、片側はもはやただ立っているに過ぎない。



「中々にき結びであった。

したためる調査書が厚くなるのは面倒だが。

遠路の暇潰しには悪くはない」


「…………ま、だ。終わって……、など」



片腕をもがれた迷天使、ザイノ。

人のかたちを維持するための核はひび割れ十全な機能には程遠い。

傷口からは黒い血が漏れ出し命の流出を如実に意味している。


その背で翼を作り上げていた無数の展開円はもはやなく、残った腕を膝につかえ辛うじて立っているに過ぎない。

大勢たいせいなどとうに決まっており、今この時間は勝者から与えられた慈悲の猶予でしかない。



「『天炎ゼルフレア』……ッ!」


「それはもう見た」



押し寄せる爆炎が水蛇に呑まれる。


仮初めの命を削って放つ究極も、理不尽な水流に阻まれ何の成果も生まない。

とうとう膝をつき、それでもなお人を睨み続けるザイノ。


シズクにジクウ、他の狩人らの視線に混じるのは総じて哀れみと侮蔑。

愚かにも人に楯突く、憎しみに支配されきった不自由な人もどき。

もはや敵とすら見なされていない。


頭では理解できている。

いくら人を屠ったところで身を焦がす憎しみは消えず、返り血にまみれた所で満たされることはない。

それでもなお、それしかないのだから仕方ないだろう。


殺さねば気が済まない程の相手に、あろうことか憐憫を持たれること。

目の奥が鋭く痛んで、奥歯を噛み砕く程に激憤してもその身体には力が入らない。


何故こう生まれてしまったのだと考えることすらない。


そんな設定はされていない。



「さらばだ、迷宮の奴隷。

退屈しのぎにはなった」



今まさに胸の核を貫かんとする凶刃。

逃れる理由はあれどすべはなく、憎しみだけでは身体は動かない。

これ以上醜態を晒すくらいなら、この身もろとも消し飛ばしてしまおう。


そうザイノが考えた時、


ふと誰かに呼ばれたような気がした。



「…………がはッ! 」



だから受け入れられなかった。

迫り来る刃に残った手をかざして勢いを弱めた。

それでもなお核は大きく抉られ後方に大きく転がされる。


もはや流れ出す命は止められない。

間も無く終わる。



「……死に時を逃すなよ、人形風情が」



僅かに不快そうな表情を見せたシズク。


ザイノとしては当然気持ち良く終わらせることなど許容できない。

残った首だけでも食らい付き、歯形の一つくらい残して見せる。


そして、そんな気位は突如背を向けたシズクに打ち砕かれた。



「……ど、こへ…………!」


「朽ちかけの塵に振るう剣がどこにある。

日の射さぬ穴蔵はもう厭きてきたところだ」



とどめすら刺されない。

身を灼く屈辱が声の無い慟哭になるも、漂う魔力を少し震わせるばかりで世界には何も起きない。



「誰も貴様を救えない。

誰も貴様をゆるさない。

憎悪の檻に囚われた餓鬼畜生に劣るその貧賤な魂が居られる場所など何処にも無いと知れ」


「………………ッ!! 」



赤く染まる視界は怒りのせいか死の前触れか。


殺したい壊したい歪めたい。

止めどなく溢れてくる感情の怒涛に頭痛が伴う程で、それにも関わらずもはや身体は動くことはない。


なぜ憐れまれなければならない。

なぜ同情されなければならない。

ザイノの胸中でヘドロのような憎しみがざわつき暴れ、それがまた怒りを喚ぶ。

自身が流した黒い血の海に溺れるその姿を、数人の狩人が目を細めて見下す。


誰も救えない。

誰も赦さない。


その命果てるまで憎しみしか知ることができず、解放とはすなわち消滅を意味する。

人のエゴのために造られた迷宮の泥人形は、最期までそうあり続けた。


沈む、沈む。

天の迷路の中に、その身体が。

やがて血溜まりが残って、



「…………はずれ(・・・)、のようですな」



一人残っていた老執事風の男がそう溢す。

強大な力を持つ天魔ゼルフ

その身を滅ぼせばさぞ貴重な武具が手に入るやもと考えた法都の宿老たちからの『必ず回収せよ』という厳命。


だが、地に沈んだ天魔は何も遺さず消えた。


滅んだのだろうと、ジクウは疑うことはなかった。




━━━




どこだ、ここは。

殺さなければ、奴らを。

憎まなければ、その種族を。

そうでなければ我々は。


我々はなぜ存在しているのか、わからないではないか。


痛みなど知ったことではない。

この慟哭に従って、奪い尽くさなければ。


我々は、私は、


どこへ───




「──────なんだ、来たのか」




私は今、


どこに




━━━




淡い雪が静かに降るその場所で。

一人と一体がある。


一人はよくある狩人装束に身を包み、地べたに胡座をかいて掌に落ちる雪を眺めている。


一体は酷く消耗している。

赤褐色の肌は黒い斑点が所々に浮かび上がり、右腕は肩口からもがれている。

何よりその胸に埋め込まれている核のような宝飾はあった筈の光を失いひび割れ砕け今にも落ちてしまいそうだ。


どさりと一体が、『迷天使ゼラフィム』、ザイノが仰向けに倒れてしまう。

どうやってこの場に来たのかなど覚えていない。

ただ、立ち上がっていれば目蓋の裏に焼き付いた忌むべき怨敵の姿が夢想され、正気を保てそうになかった。


それを見た一人、月詠つくよみハガネがするりと白刀を抜く。

雪の中にあってなお白い、異質ながら静謐な刀だった。



「………………ふ、……まあ、貴……様な、ら……」



まだマシか。


おぞましき人間ごときに屠られるくらいならば、人によく似た雪鬼に介錯された方がまだいい。

全てを雪の上にほうって、ザイノは目を瞑る。

浮かぶのは人間、人間、人間。

想起される全てが憎悪に塗り固められた激情。

底知れぬ悪意が湯水の如く湧いて出て、鼓動が揺れて、落ち着かない。


雪を踏む音。

間も無く終わりだ。

その胸に刃が突き立てられるその時まで、ザイノは憎しみに駆られていた。



て、こおって、まれよ」



その祝詞のりとは、



「【終銀ついのしろがね】」



呪いであって、寿ことほぎだった。

その白刃は突き立てられることはなく。


ザイノが感じたのは終わりではなく、

永遠だった。



「……な、…………にを……」



見ずともわかる。

天魔を支える天迷宮ダンジョンとの繋がりにして生命そのものの『天核コア』。

それがあろうことか凍てついている。

止めどなく流れ出ていた筈の命が止まっている。


冷たい腕がザイノを支えて、近くの木に背をたえさせられる。

身を蝕んでいた毒すら凍って、力なく頭も木に預ける。


次の瞬間、ザイノを襲ったのは途方もない喪失感だった。


何か(・・)がぽっかりと喪われてしまった。

不安だ。怖い。なぜ、誰が。

押し寄せてくるそんな得体の知れない想い。

何より耐え難かったのは、これだけ喪われたのにも関わらず、

これだけ損なったのにも関わらず、


どうしてこれ程、穏やかでいられる。



「一緒に見ようぜ」



ザイノは気付いてしまう。

自分が何をされて、何を失ったのか。


天核コアが絶えず供給するのは力だけではない。

それに伴うは地の底の憎悪ヘイトリド


だがそれは凍てついてしまった。


憎しみは、閉ざされてしまった。



「わた、し…………は……」



迷宮に縛り上げられた感情と想い。

その糸を断ち斬られて、突然不安定な宙に放られる。

ザイノの胸中にはへばりついた泥のような想いはもはや無い。

不安定で無重力な、反不自由の中で。


今あるのは、とても小さくてか細い、雪のような何か。



「ただの氷の結晶だってのにな」



なぜこうも苦しい。

なぜこうも、手放し難い。

こんな感情は、知らない。

こんな想いは、どうすればいい。


憎しみを奪われてぽっかり空いた穴に芽生えたもの。

ザイノはそれを疑うことができなかった。



「こんな景色、滅多に無いからな」



憐憫、同情、侮蔑、悲嘆、嫌悪、露悪。

そんな大層なものは、ここにはない。

あるのはただ、幼稚で無垢で真白い想い。

皮肉と悪徳に支配されていた更地に去来する冬を見て、ザイノはつい、思ってしまった。



「綺麗だろ、雪って」


「…………っ」



せきを切ったかのように溢れ出てくる感情。

どこに潜んでいたのか、胸を満たすそれにザイノは動けぬまま打ちひしがれていた。

怨穢しか知らなかった器にはその白い雪はあまりに鋭利で冷たく焼け痕の残る傷に滲みる。


持て余した想いが目頭に溜まり、ぽたりと溶けた雪を腿に落とす。

それは命そのもの。

だが、身を削って放つ大魔法とはわけが違う。


命を流す、流して巡る。

視界を揺らす雪、枝に白い笠を作る天淵樹、意思のままに雪を渡る兎や鹿といった獣。

この場所にはそれしか無いのにも関わらず、満たされきってしまう程の情景。


一秒でも長く見ていたいのに、頬伝う雫(こんなもの)が流れるせいで時間が少し減ってしまう。

馬鹿な生き物だと、自嘲する。


解けぬ雪が無いように、ザイノの身体もまた段々と進み始める。

天核コアはもはや光を失い迷宮とのリンクは切れている。


あるのは死に行く身体と、無制限の心のみ。


そう言えば感想を求められていたのだったと、ザイノは朽ちかけのまま思い出す。

想ったままに伝えるのは少し癪だった。

だが嘘を言う余裕などないのも事実だ。

彩る言葉など知らない。

今まさに生を受けたばかりの感情には無茶な注文だ。


だから、天使が鬼に、仕方なさげに口を開く。



「…………悪く、は……ないな」



願わくばもっと見ていたかった。

だが、今この時ですら奇蹟なのだと知っていた。

感謝を伝えるのは気恥ずかしく(・・・・・・)、詫びるのは筋が違う。

だから、ザイノは示そうと思った。


消えるのではなく、死ぬ瞬間まで想い続ける。

降る雪を、ただ美しい(・・・)と。



淡い雪が優しく降るその場所で。

二人が共にある。


鬼も天使もそこにはおらず、どちらも想い同じにして。

迷宮のはずれにて、ただ穏やかに。





ごちゃごちゃとしてしまいましたがこれで一章が完結となります。

いいね、ブックマーク、評価、感想など沢山いただき感謝しかありません。

時事年表やこれまで出てきた設定の簡単なまとめなどを出したのち2章を始めようと思います。

次章は人やら竜やらを相手にドンパチしたり単位を落としかける話がメインになる予定です。

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