59話 優しさと無慈悲さ
さあ囲まれた。
ピンチもピンチ。
相手は体制側、国土防衛省直轄部隊『剣』。
単身の能力はともかく連携の練度に関しては国内でもトップクラスだろう。
そんな猛者に囲まれる学生狩人二人。
冗談みたいな現実だ。
「ガキが増えて何になる。
それなりに嗜んでいるようだが。だからこそわかるだろうが、絶対的な不利ってのが」
スーツ姿の厳つい男が苛立ちを隠そうともせずそう言う。
まさかこうも早くドンパチする羽目になるとは思ってなかったが、まあどのみちいつか俺から斬りかかっていただろうし。
「私もやりたくねえんだけどな。
バカな後輩が独りで突っ込んでくんだよ」
「俺は敷かれたレールの上を歩いてるだけですよ。
誰が障害物を置いてるのかは知りませんが」
枝折先輩と背を合わせたまま左手に力を込める。
この人の異能、【魔叩】は究極ではあるが、完全ではない。
魔法行使者が本来決める筈の放出方向を変えてしまうという馬鹿げた力だが、絶対というには少し足りない。
「頭以外ならどこでも構わん。
黙らせろ」
赤黒い銃身に金のラインが走る魔銃を構えるスーツの男たち。
あれで撃たれたら俺はどうなるんだろうか。
マイナスの防御力を喰い破られたら生身にどう影響するのか。
興味があるが、喰らうのはまた別の機会にしよう。
そもそも、
「撃て!」
スローモーションになった世界で引き金が引かれる。
圧縮された魔力が魔弾となり射出される。
「『転』」
ただしその飛ぶ方向を決めたのは銃でも引き金を引いた者でもない。
この廃工場の内部は縦幅はあるが横幅は普通のそれだ。
対して枝折先輩の異能の最大効果射程は半径八メートル。
逃れる術はなく、魔弾は主の意思に反して逆行した。
「がっ!?」
「なっ! 何を!?」
単なる弾詰まりではなく完全に弾が反対方向へと射出されたのだ。
内部で暴れ回った結果、銃身すら喰い破りあらぬ方向へと飛んでいく魔弾。
あまりの衝撃に銃を握っていた手を大きく弾かれる者も、運悪く暴れ弾を胸に貰う者もいた。
囲まれたと言っても正円ではなく扇状に四人と後ろに二人というバランスだ。
そんな中で魔銃を撃ったのは前の三人だけ。
怯んだのは前二人、体勢を建て直しつつ魔法を構えるか逡巡しているのが後ろに二人。
ここからは判断力対決だ。
「チッ!『C9M4』!」
「そら来た」
枝折先輩の方向操作の対象は変質していない魔力であり、その御業を目で確認することはできない筈だが、リーダー格らしい男は何かを感じ取ったのか。
男たちの動きが変わり、構えかけていた魔法を解き始める。
そうだ。枝折先輩の異能は対魔法にはとことん強い。
強いが、当然タネを知った者たちは魔法に依らない近接戦闘へと移行する。
誰でも思い付く解答。
それが招く結果として、
「がっはッ!! ぐっ……」
「悪いな、私は近接格闘専門なんだ」
瞬間移動でもしたかの如く速さで踏み込みただ蹴る。
加速したかのように見えたのは、おそらく異能を自分にも適用しているからだろう。
指向性を与えられた魔力の向きの変更。
例えその魔力の持ち主であろうとも保有する魔力全てが決められた方向を向くわけではない。
必ず数%はあらぬ方向に向くのが常だが、この人は異能によって百%の魔力を叩き込むことができる。
「どこ見てやが───はッ!?」
俺が無造作に伸ばしていた手を払い蹴り上げようとしたのだろうか。
枝折先輩がのした男とは反対方向にいる男が俺に向かってきて、停止していた。
俺の左手と男の右手、触れた場所から凍てついている。
白刃を抜かずとも、溢れ出た絶冬の細雪が奇蹟を許さない。
間接を絞めるか、腹を蹴り抜くか。
どちらも面倒だな。
数十分前にもやったように、雪禍の限定凍結の練習をするか。
殺さないように。
されど暴れることがないよう。
優しい冬で閉じ込める。
「『鎌昏』って感じか」
『アンタ、センス無いわね』
独り言に突っ込みを入れるな。
「……ぁ…………、ま……」
その身体を流れる魔力を少しずつ凍らせ、強制的な休眠状態に移行させ無力化する。
穏やかな雪だ。
「な……、なんだコイツら……?」
「助隊長……!」
枝折先輩が無慈悲に暴行した一人と、俺が優しく眠らせた一人。
段々と数の有利が減っていき、異能によって魔法を制限され、強引に持ち込まれた近接戦闘で連携する暇もなく理不尽に呑まれる。
どれだけ優れた部隊であろうとも、このような不意打ちに近い制圧では本来の力は発揮できない。
三桁のレベルの獣が住まう迷宮を攻略した一団であっても、学生狩人二人に圧倒されてしまう。
つくづく対人戦闘とはままならない。
「…………調子に乗り過ぎだろ、ガキの分際で」
怒気が波打って伝わる。
子供におちょくられるのがそんなに気に障ったのか。
自分たちはその子供で遊び倒していたと言うのに。
「俺たちはこの国のためにやってんだぞ!?
わかってんのか、あぁ!?」
「………………」
想うのは乱された平穏。
霊薬により幾人もの生徒が穢された。
その傷は成分が抜けようとも残り、喪われた仮初めの力の感触は残り続ける。
突然強くなって、それが自分の奥底に眠るものだと言われて。
やっぱり全部嘘で、魔法が解けたようにまた元通り。
上げて落として、十代の少年少女の儚い感受性をズタズタに引き裂く。
謙虚であろうとした人も、複雑な感情を殺して生きていた人も。
皆一様に剥き出しの攻撃性を晒け出し、全てが終わった後に行動の責任を問われる。
それが全てお国のためという名目で行われたと言うのなら、
「大体テメエらだって誰かの言いなりになってやってんだろうが!
だったら───」
「もういいぞ」
聴くに堪えない。
傲り、慎みを忘れて、強権に酔い。
昂り、大義を掲げて、踏みにじる。
大した正義だ。
青臭さなど微塵も無い。
黒くて醜い、立派な大人だ。
「もはや命に値しない。
素っ首刎ね飛ばして月下に曝してやる」
だからもうそれ以上、喋ってくれるなよ。
何かのために誰かを貶めていいのなら、俺のために殺されても許してくれるんだろ。
最近色々なことがありすぎてもう疲れた。
「終わらせよう、雪禍」
じゃあな。
命未満。
月詠一刀。五斂・くちは───
「ちょーーーっと待ったあ!!」
?
━━━
「ちょいちょい! 何してんのや!
月詠ィ!」
誰?
旧都東京では珍しい西部訛りが強烈だが。
勢いよく入ってきて俺の名前を叫んだ男。
驚いたのはその服装。
見たことがあるどころではない。
それは斑鳩校の指定制服だった。
「あのなあ、そないなモン抜き散らかして見てみや。
死ぬで、人なんて。
つーか俺が来んかったら本気で殺ってたん?」
「…………貴方は」
「俺の部下の首、本気ですっ飛ばしてたんかって訊いとるんや」
抜きかけた雪禍を仕舞い体温を元に戻す。
部下?
「た…………、隊長?」
は?
隊長って。
「あぁん?
………………ああ、やってくれたな、おのれら。
俺がおらん間にふざけたことし腐りおって」
この言葉が向いてる先は、俺たちじゃない。
どうやら相当ぶちギレてるが。
つまりはこの男、というか先輩?は国土防衛省直轄部隊『剣』の部隊長で、こいつらの上司ってことなのか。
わけがわからない。
「い、いやしかし隊長。『神泥』の実用化は急務と仰っていたでは───」
「それがどうしてウチの生徒で試すことになるんじゃボケがァ!?」
凄まじい音圧で叱っている。
枝折先輩は小指で耳栓をしてるし、俺の周囲には半自動で作動した雪禍の防衛設定によりダイヤモンドダストが浮かんでいる。
単純な肺活量に加えて、異能か魔法で振動を増幅させているのか。
壁はみしみしと悲鳴を上げ、抜けた天井から小さな破片が転がる。
怒鳴られたスーツの男は三半規管に著しいダメージを負ったのか目を白黒させている。
「もうええわ。斬られたらええやん、ウチの後輩に。
首だけ残して詫びてきや」
藍色の珍しい髪色。
長い後ろ髪を縛った、女形の狐面のような顔の三学年の先輩。
その細められた目は冗談ではないと語っており、スーツの男たちの顔色は今日一番の青さを呈している。
なんだ、斬っていいのか。
「ひっ…………!」
尻餅をついているスーツの男に少し歩み寄っただけで小さな悲鳴が聞こえる。
「……………………」
「なんや、斬らへんのかい」
「……話を訊いてからにしようかと」
「それもそか」
そもそも本気で斬ろうとしてたら止められていただろうし。
俺も熱くなりすぎて、いや。冷たくなりすぎていた。
生徒会長である郡先輩に頼まれたのは事態の解決であって犯人の斬首ではないし。
少し浮かれすぎた。
居住まいを正そうとしていれば、枝折先輩が据わった目で闖入者を睨んでいる。
やはり知り合いなのだろう。
「それで、お前も腹くくるんだよな。
斑鳩校風紀委員長、『源道テンジ』」
「…………ホンマ、おっかないのしかおれへんわ」