55話 霊薬
「それで、違法薬物とやらがどんなものかは概ね掴めているんでしょうか」
なんだか今度は俺が尋問しているかのようだ。
単に薬物と言っても現在流通している種類はまちまちだ。それが違法だと認定したからには何かしらのあてはついているのだろう。
「……それなんだけど。
既存のどれでもないものなんだよね。」
「既知の原料あるいは過程を踏まずに作られた新しい薬物と」
「ううん。作った人は多分いない」
話が見えない。
禁止薬物リストに指定されているものはその流通名称ではなく、多くが成分指定となっており、名を変えたところで合法になるわけではない。
それが違法だとわかっていて、しかし該当する既存の成分のどれでもないということか?
もっと気になるのは培養、あるいは作製者がいないという点だが。
薬草が自生でもしてたのか?
そんなわけがないだろう。今が何世紀だと思ってる。
世界中開拓し尽くされてフロンティアなんてどこにもない。
未踏の地など……。
「…………まさか」
「新たに禁止成分表の国際規格に組み込まれるそれの名前は『パンデミア』。
出所は、天迷宮だって」
━━━
深海も宇宙も、果てが見えずとも飽きられていた。
どうせ大したもんじゃない。
行き過ぎた科学がそう回答したせいだ。
だがここに来て人類は新たな開拓地を冒険する権利を与えられた。
その走りが、クスリか。
「働きかけるのは身体じゃない、魔力。
循環するそれの流れを強制的に活性化させて一時的な身体強化と陶酔感を与える霊薬」
端末で情報を確認しながら語る生徒会長、郡サナ。
随時更新されているのか、その視線は目まぐるしく動き仮想キーボードを弾く手は忙しない。
迷宮産の霊薬。
葉の状態で自生しているのか、あるいは小瓶でも置いてあるのか。
いや、一時的な能力ブーストとは要は使いきりの道具だろう。
これは悪意じゃない。むしろ報酬の類いとして用意されたものじゃないか?
ただ、人類には過ぎた薬だったというだけで。
「最初に疑われたのは二学年の男子生徒。
彼、あまり魔法技能の成績が良くなかったんだけど、ある日を境に急に伸び始めて」
「案外殻を一つ破るだけで人は変わるものですが、それだけではないと」
「うん。魔法が変だったんだ。
正確には『展開円』が」
魔法を行使する際、多くの人はその予兆とも言われるものが魔力集中部分に発生する。
腕をかざして放とうとしたのならば肩口辺りに赤黒いリングのようなものが形成される。
それに異常をきたすというのはあまり聞かない話だ。
「赤じゃなくて、青かったんだって。
他の疑わしい生徒も同様に、青い展開円が共通してる」
「……青」
だいぶわかりやすいな。
もうその生徒を一纏めにして尋問した方がいい。
リストアップもされてるんだろうし。
だが、そうはいかないのだろう。
彼らを刺激すれば事態は展開してしまう。
大元を秘密裏に叩き、公安には事後処理だけを任せるのが俺が請け負った依頼だ。
「彼らの行動圏は?」
まさか自分でどこかの天迷宮に潜って採ってきてるわけでもあるまいし、入手には必ず売人らしき人間と合わなければならない筈だ。
生徒同士で末端取引でもされていればもうお手上げだがそうでないことを祈りたい。
「それがね。調べても全く重ならないんだ」
「重ならない?」
チャット経由で地図と該当生徒の行動範囲を円で示した画像が送られてくる。
対象者は六人。だがいずれも斑鳩校を中心とした地図の中で上下左右バラバラな範囲で動いている。
あくまで学校側の生徒の捕捉システムは放課後数時間しか機能していないためそれ以降に動きを見せているのか。
「随分とバラついてますね。
いや、バラつき過ぎていませんか」
行動範囲を示す円がほとんど重なっていない。
逆に難しいだろう、そんなこと。
「…………同じ場所での取引は避けているって見解が主任教官から送られてきたファイルには添えられてたけど」
「俺からしたら誘われてるようで嫌ですね。
要は、次はこの空白の地域に出没するぞと宣言されてるみたいだ」
スポットが定まらなさ過ぎている。
というよりかは、ランダムを突き詰めた作為性を感じる。
地図上を重ならない円で埋めるように行動しているまである。
相手方の思考がまるで読めない。
『ねえ。なんで学生だけ狙われてるの?』
骨伝導モードでアストライアが話しかけてくる。
なんでと言われても、多感で力に飢えていて道を踏み外しやすい学生ほどこう言ったものに頼りがちだろう。
一度手を出せばやめられないという底無し沼の恐怖よりも目先の欲を優先してしまう年代を食い物にするのは常套手段だ。
いや、こいつが言いたいのはそんなことか?
『雲下積載情報群にある公開されてるデータにフィルタをかけて調べてみたけど、斑鳩市にそんなウワサ一切ないわよ』
一切ない?
売人の存在も、青い展開円も、奇蹟の薬も?
どれだけ巧妙に情報をコントロールすればそうなる?
狙われているのは学生が中心。
そう思っていたが、正確には『斑鳩校の生徒のみ』?
エルシアの常葉支部長のように私怨で動いているのか。
いずれにせよアストライアの言うことが本当ならば、ますます得体の知れない相手になってきた。
なぜ斑鳩校の生徒だけを狙う?
というか、斑鳩市で違法薬物の売買などがなぜ可能になっている?
守護の一族や護国十一家が機能不全ならばわかるが、今のこの地は先の解放同盟エルシアの襲撃と天迷宮騒動により相当な警戒体制が全体で敷かれている筈だ。
どこかの担当組織が手を抜いたところで入り込める隙間などあるのか?
「…………郡先輩。その『パンデミア』という成分はどのようにして採取を?」
「ええと、ちょっと待って。
…………青い展開円の生徒のドリンクボトルの経口部から採取、だって」
そのドリンクボトルの中に霊薬とやらが入っていたのか、あるいは摂取後に口内に残留していたのか。
間近に控えた『禁猟深度査定』においてまさかこんなドーピングをして臨むつもりではないだろうか。
「…………待って、月詠君。
今新しく情報が入った」
端末の投影ディスプレイを捜査する郡先輩の表情が険しくなる。
良いニュースではなさそうだ。
「一体何が?」
「…………一学年の生徒にも違法薬物の使用疑惑が持ち上がってる」
直ぐ様データが送信され、俺のディスプレイにも容疑をかけられた生徒の名前が更新される。
G組に一人、C組に一人、B組に……、
「B組に、五人…………?」
多すぎる。どういうことだ?
まさか友人関係にあるグループまるごと唆されたのか?
それにこの名字はどこかで見たことがあるような。
「該当生徒の内数名はまだ校内に残ってるみたい」
「一度自分の目で確かめた方がよさそうですね。
進展がありましたら連絡します」
「お願い」
言うが早く、郡先輩から地図アプリに複数の座標データが送られてくる。
生徒の下校時の安全を管理する名目で端末に搭載された衛星監視システム。
そのデータを所持する権限がこの人には与えられているのか。
とにかくこれで容疑者と思われる生徒が校内のどの場所にいるかはわかった。
焦ることはない。
大事にしないことが今回の肝要でもある。
郡先輩を生徒会執務室に残し、夕暮れの廊下を歩けば目当ての生徒はすぐ見つかった。
「……あぁ? なにガン垂れてんだ月詠」
「…………1-B、『常磐ジュン』」
奇しくもその生徒は、あの日神田総合型獣管理所にて行われた狩猟訓練の際に俺に突っ掛かってきた茶髪の男子生徒だった。
後ろの三人の取り巻きも含め意識は正常、瞳孔や肌色の異常、汗腺の収縮過多なども見られない。
要は健康体だ。俺には人の魔力は捉えられないために、霊薬なるものの影響はやはり見ただけではわからない。
「ハッ、何だよお前。
俺らに用でもあんのか?」
「一応執行委員として見回りをしている。
お前らも用も無しにあまり校内に長居するな」
「指図すんじゃねえ!」
常磐ジュンの後ろの男子生徒が突然声を張り上げる。
高揚感を煽り全能感を刺激するのはアッパー系の違法薬物の特徴でもあるが、やはりこの前触れのない激昂もそれに類するものらしい。
こんな精神常態では街中で肩がぶつかっただけで魔法を放つのでは。
そう思わざるを得ない危うさだ。
「私たちはクラブの見学してただけなんだけど?
何? 執行委員って。気持ち悪い」
こいつらよくこれで授業を受けられたな。
まあこのグループは元々俺に対する憎しみやらで集まっていた(あくまで想像だが)ようだし、この凄まじい攻撃性も頷ける。
これ以上刺激しても仕方がない。
「第四棟は六時には消灯される。
あまり遅くなるなよ」
それだけ言って背を向けた時、
背後から魔法の音がした。