54話 生徒会からの依頼
生徒会執務室に呼び出された。
それだけ聞くと大層なやらかしでもしたのかと疑われそうだが、実際は違う。多分。
やらかした心当たりは正直あるけど。
『いきなり告白されたらどうするの?
やっぱりいいよって言うの?』
この電子の妖怪、Astlairは妙に色恋沙汰に興味津々と言うか、性別という概念が設定してあり美醜の認知が人と同じ価値観で存在している。
「あの人なら彼氏の二人や三人いるだろ」
『そ、そんなにいるものなんだ……?』
夕陽に変わりつつある日光を受けながら廊下を歩く。
クラブ活動に精を出す生徒はこの第四棟を利用することが多く、そのためすれ違うのも上級生がほとんどだった。新入生はまだ体験入部や選定の期間だろう。
呼び出しの件だがあまり良い予感はしない。
この学校には優秀で有能な人が沢山いる。
そして有能でない人、例えば俺のような人間に生徒会から回ってくる仕事と言えば何だろうか。
雑用とかならいいな。
「月詠です」
「どうぞー」
ノックをして声をかければ中から返事が来る。
音冥ノアのような超能力じみた真似はしてこないようだ。安心した。
「よく来てくれたね、月詠君。
昨日の今日、というかさっきの今で申し訳ないんだけど」
「いえ、今日は特に用事もなかったので」
俺を迎えたのはやはり斑鳩校生徒会長、郡サナだった。
護国十一家の人間を気軽に呼び出せるこの人も中々肝の座った性格をしている。
実際に暇だったし、その時間をアストライアと喋り倒して消費するよりは生徒会に協力の姿勢でも見せておいた方が有意義だろう。
俺の魔力について聞きたいことはあったがそれは夜でもいい。
「それで、頼み事というのは」
「あー、とりあえず座ろうか」
長話確定と言わんばかりの促しだ。
チャットの文面では軽い相談事のような雰囲気もあったが。
明るい茶髪をアシンメトリーに肩上で揃えた美男子もとい美少女である郡サナと目が合う。
「…………月詠君、もしかして怒ってたり、する?」
「え?」
怒っている? 俺が?
「いや、そんなことはありませんよ。
今日は用事も何もありませんし、さっき他の役員方の前で言った月詠としてできるだけ斑鳩校に貢献したいって言葉も半分は本音です」
睨んだように思われたのだろうか。
長机のサイドを挟むように向かい合っているために距離はそう遠くない。
わざとらしく笑顔を見せるのも躊躇われたので真顔で返す。
「……念のため聞くけど、そのもう半分は?」
「人の困っている顔が嫌いなだけです」
正確には悲しんでいる顔を見たくないだけだが。
その点で言えばこの人は困っているというよりかは悩んでいるといった風だ。
俺を頼るのは憚られるが、他に頼る宛てもないというような感じか。
「それで、郡先輩。どう言った用件なんでしょうか」
とりあえず話を聞いてみよう。
この人も暇ではない筈だ。
「………………校則違反者がいるかもしれないの。
ついさっき主任教官から伝えられたんだけど」
たったそれだけ?
風紀委員会の有能な先輩方が集えば不良生徒など目じゃない筈だが。
というか、いるかもしれない、とは不思議な言い回しだ。
違反している現場を押さえたわけでもなく、誰が違反しているのかもわかっていないのに、違反者がいる可能性があるというのは。
「その容疑者はどんな違反を?」
「…………禁止薬物の使用、かも」
随分と急転直下な内容だ。
校則違反と言うからてっきり無許可の魔法の行使にでも該当したのかと思いきや。
もはや校則ではなく法律に反してるだろう。
魔法という力が人に与えられた事によって、個人の精神的な問題や疾患は黎明期以降常に何よりも優先される事柄となっている。
気分一つで大量破壊を引き起こせるのだ。
その思想や経歴は相互理解のもと監視下に置かれ、恒久的な魔法社会における秩序と平和は保たれている。
そのために、精神に著しいダメージを負わせる思想教本や禁止薬物などの所持、使用は世界各国で厳しく取り締まっている。
禁忌であればあるほど手を伸ばしてみたくなるということか、まさか学生の身で現代では入手困難なそれらを調達するとなると、やはり買い手側というよりは売り手側が相当な手練れである可能性が高い。
「それならば公安に丸投げするのが正解でしょう。
それを渋る理由があるとすれば」
「……うん。学校側が内々に処理したいって。
解放同盟エルシアの襲撃の件でただでさえゴタついてるのに、当校の生徒の違法薬物所持なんてのが広まれば校内外問わず指導運用に大きな影響が出るってことでね。
何より近い内に『禁猟深度査定』の一次試験を控えている三学年の生徒も多いから、大事にするのは避けたいって意向なの」
狩人の能力の国際規格である『禁猟深度査定』。
最低ランクが鉄。順に銅、銀、金と表向きはその四つが存在しており、最も低位とされる『鉄』の狩人ですら職業狩人全体の上位10%に位置すると言われる難関資格である。
『銅』ともなれば社会に出れば引く手あまたであり、『銀』からは国が個人に依頼を出すほどであり、最上位の『金』に至っては守護の一族の一角に個人で座することができるほどの特権的な意味合いを持つ。
俺の担任である倉識教官がこの金に該当するが、あの人はあの人で金の狩人の中でも例外的な自由主義でありわかりやすい例にとはならない。
最低でも将来の職業選択の場が大きく広がるその資格。
そんなものを高等部の学生の内に修得できるというのは中々に栄誉なことだろうし、斑鳩校としてもぜひとも支援したいだろう。
つまりはデリケートな時期。
エルシアの件は上手く学校側が情報をコントロールした成果なのか、マイナスに働くことはなかった。
だが今回ばかりはそうもいかない。
「しかし、斑鳩校だけで対処したとしても表沙汰になるのは避けられないのでは」
「ああ、そのあたりは平気だよ。
学校運営側に公安上層部に掛け合える人がいるらしいの。
事態の収束の目処がついたら事後処理だけ公安にやってもらえばいいから。
秘匿の名目としては生徒のプライバシーの尊重保護。
違法薬物の蔓延の恐れがあるなんて公安に持ち込んだら表立って大規模捜査になるのは避けられないから、それだけは回避したいんだと思う」
大人の事情と子供の事情が複雑に織り成す現代の闇だ。
加害、あるいは被害生徒のためを思うのであればその道のプロである公安に頼み込むのが筋だが、大多数の生徒と学校運営のことを考えれば確かにこの流れに行き着く。
俺としてはどっちでもいい。
燻っていた闇の住人が勝手に尻尾を掴ませてくれたと思えばラッキーでもある。
「面白いですね」
「…………えっ?」
言葉を間違えた。
面白いはないだろ、こんな事件に。
「いえ、非常に興味深いと思いました」
「あんまり意味合い変わってないような……」
「まあ、とにかく俺としては協力したいと思います。
他にこの件にあたっている方はどれくらいいるんですか?」
世間話のように軽く話せる事柄ではない。
校内において一定の地位と能力を持っている生徒、そんなものは限られている。
数時間前に会った上位役員などが該当するだろう。
あの人たちが協力してくれるのならば案外の早期終結が見込めるかもしれない。
こうなるとわかっていたなら連絡先でも訊いておけばよか───
「それがね、いないんだ」
「……?」
いないとは何がいないのか。
「評議委員、風紀委員、文化委員。
それぞれに違法薬物の所持、あるいは使用疑惑がかかった生徒がいるの。
今の彼らに頼ることは難しいから、その」
「…………」
「月詠君。情けない先輩でごめんね。
君の力を貸してほしいんだ」
事態は深刻で、面倒事は積もっていくのに。
今日一番の笑顔が溢れてしまう。
「わかりました。執行委員会として事態の解決に当たります」
だからそんなに申し訳なさそうな顔をしないでください。
たとえどんな決着になろうとも、とりあえず終わらせます。
『イイ性格してるわね、アンタ……』
警察の真似事など領分じゃないが、今の俺には奇妙な相棒がいる。
頼りにしてるぞ、アストライア。