52話 カフェで優雅に
この日はあっさりと終わった。
テロリストの襲撃だの天迷宮騒動だの、昨日が異常だったのだ。
だが終わったと言ってもあくまでやらなければいけないことがなくなっただけだ。
国営治安維持会社『シンゲツ』の藤堂さんを始めとする旧知の仲だった人たちの迷宮事故による死。
葬儀ももちろんだが、未だにトコハの天迷宮の問題は何一つとして解決していない。
「…………オクリバナの地均しは完了したのか……。
『水葉』家の分家が直々に攻略、と」
斑鳩校近くにある買い物通り、そこに並ぶカフェのテラス席に腰掛け端末で投影したディスプレイから情報を読み取る。
今ザッピングしているのは新しく発生した天迷宮とその攻略深度に関する企業向けの情報をシンゲツ社が纏めたものだ。
地上に住まう獣とは一線を画したレベルと物量。
それを見誤り、トコハの天迷宮では斥候部隊、救援部隊共に全滅という目も当てられない結果になった。
それを受けて直ぐ様他地域の担当組織は部隊を再編。
索敵や単体処理能力よりも、広範囲の殲滅に特化させた一団を向かわせたようだ。
そして驚くべきことに、遭遇した敵種の欄にあの腕が異様に発達した猿に近い獣『ヒュムノ』の名があった。
ただ、あの迷宮の擬人化、『天魔』の名はどこにもない。
秘匿されているのか?
いや、それは考えにくいか。何せ人数不足のせいかどこも混成部隊で再編されていたはずだ。
「…………ツガイケも、順調みたいだな」
新たに国内で発見された天迷宮は三つ。
その内の一つ、オクリバナの天迷宮は地均しが完了し、ツガイケの天迷宮もまた日に日にその攻略深度は進んでいる。
となると残るはトコハの天迷宮だけ。
ただ、あそこはどうにも他とは異なる要素が多すぎる気がする。
あの天魔なる者たちもそうだが、何よりもあの『雪降る地』だろう。
白い鹿、白い兎。
それらはまるで俺を襲うことはなく、手に膝に乗りじゃれてくる。
廃寺に似た開けた場所では、首無し武者や、双刀角の夜叉といった既存の敵性存在から大きく外れた異形が現れ、えてして彼らは『Lv.Ex』という見たこともない設定がなされていた。
彼らが消える際に遺す武具もそうだ。
Exランクの白刃あるいは雪華結晶の紋、『雪禍』。
そして更に、昨日いつの間にか装着されていた臙脂色の布の手甲、同じくExランクの『宵綴の鞘』。
後者はまだ試したことはないが、雪禍の常識外れな性能を考えれば普通とは言い難いだろう。
実在を疑われてはいるもののSSランクが武具の最高等級とされていた既存の常識を打ち壊す新装備。
「右手のみの手甲で『鞘』ってのは、どういうことなんだ」
今も狩人装束の手袋の下につけているが、雪禍の紋と異なって熱も冷たさもない。
試してみたい気もするが、どこで使うのか。
まさかまた天迷宮か。
考えていれば、シンゲツ関係者専用フォーム内の項目がリアルタイムで一つ更新された。
「…………『国土防衛省直轄部隊『剣』がトコハの天迷宮全四階層のマッピングを完了した』」
現在の日本における魔法的な武力を持つ組織派閥は大きく分けて三つ。
国土と国民の防衛を主眼とする『護国十一家』。
職業狩人の地位や権利を守ることを重要視する『守護の一族』。
そして、正当な武力行使理由が発生した場合のみ出動可能な『国土防衛省及びその直轄組織』。
防衛省の直轄でないにしろ国営の会社であるシンゲツの手痛い失敗を受け重い腰を動かす気になったのか。
地図化を終えたということは、やはりそれなりの精鋭が集められたのだろう。
かの天魔の動向が気になるが、この分だとおそらく様子見か。
一つ気になるのは全四階層という部分だ。
天迷宮の多くは、-1階が二十メートルほどの高さの大空洞となっており、それ以降の階層は五メートルないくらいの高さで構成されていたはずだ。
トコハの天迷宮もまた同じように-2階には無機質な比較的低い天井が広がっていた。
ただ、その下は例の銀世界だったはずだ。
そして、あの場所には次に繋がる場所などなかった。
それに俺の勘が間違っていなければ、多分あそこはトコハの天迷宮とはまた独立した別の場所のような気がする。
考えていれば同ページ内の情報欄が更新される。
───
トコハの天迷宮調査報告。
-2階
・『スライム』、『エルスライム』
・ギミック等の存在は未確認
-3階
・『オルト』、『ヒュムノ』、『ライ』
・ギミック等の存在は未確認
-4階
・『ヒュムノスタシア』
・当該階層にて迷宮主を討伐
・以降階層無し
───
天魔が爆破魔法にて破壊したあの黒い螺旋階段はおそらく迷宮の自己修復能力により元通りになったのだろう。
驚くべきは最下層にまで到達し、あまつさえ迷宮の王まで突破していること。
間違いなく貴重な武具が手に入っただろうに、それについての記載がないあたり抜け目ない。
完全な地均しまでもはや秒読みと言ったところか。
「天魔は何をしていたのやら。
まさか討伐されたのか?」
あいつらがどうなろうが別に知ったことではないが、早々に負けるとも思えない。
煮詰まってきた。
これ以上考えても仕方がないのでページを閉じ投影したディスプレイを仕舞───
『チャットが届いたわよ! ちゃんと目を通しておきなさい!』
なるほどね。
ジンかセラかな。夕飯の誘いとかだったら嬉しいけど。
………………。
は?
何が喋った、今?
「…………音声案内システムなんて入れてないぞ……。
ハッキングでもされたのか……?」
『失礼ね。このアタシがウィルスなわけないでしょ?
ほんっとバカ人間はこれだから……』
とりあえずスピーカーモードをやめろ。
キンキン声がカフェテラスに響いてるんだよ。
何だこいつは?
少女の声で端末から怒鳴り散らす謎の存在。
通話モードが機能しているわけでもないようだ。
人工知能の類いか?
喋る感じからして相当高度な受け答えと流暢な合成音声だが、そんなもの俺の端末の演算領域で動くのか?
わからない、何も。
「まあ無視してチャット見るか」
『はぁ~~~??』
律儀に骨伝導モードで叫んでくれた。
中々話のわかる奴だ。
しかし、こいつの喋り方どこかで聴いたような。
どこだっけ?
『アンタねえ。
『天淵』であれだけサポートしてあげたアタシに対してそんな態度取ってるといつか星が降るわよ』
明らかに聞き流してはいけない単語が混じっていた。
アビスだと?
語感からして地の底のような場所だが、天迷宮の別名か?
いや、違うな。
天迷宮に似て非なる地の底なら、俺は行ったことがある。
そうだ、解決してない謎の一つに『ステータス画面のポップアップの異常』があったはずだ。
無機質なはずのそれがまるで意思を持ったかのように流暢に口語を交え始めたあの日。
あの雪の降る地は『天淵』と呼ぶのか?
『あら? アンタ知らなかったの?
ふふん、まーたバカ人間を助けちゃったかしら』
ご機嫌だ。
腰に両手を当てて胸を反らしている様子がありありと想像できる。
正直これ以上手持ちの謎を増やさないでほしい。
増やすなら減らしてからにしてほしい。
「なあ、ポップアップ」
『アンタ、バカにしてる?
そんな可愛くない名前なわけないでしょうが!
いい? 心して聞きなさい
『アタシの名前は、
──a─S────t─L──ai──r─よ!』
なんて?