51話 修羅の場
「どういうことかしら、ハガネ君」
音冥ノアのキラーパスにより俺は窮地に立たされていた。
音冥家がマッチポンプのために解放同盟エルシアをけしかけたこと。
それを俺に事前に伝え、事態の収拾がつくよう計らったこと。
どれも事実だ。
流されるままに動いていた俺が悪いのか。
「ふふ、意地悪しちゃったね。
ハガネは関係ないよ。ちょっと手伝ってもらっただけで」
「そのちょっとという部分が何なのかを訊いています」
この金髪美少女はフォローする気がない。
銀髪美少女の方もまるで引く気がない。
素直に全部話せばいい。
そうだ、それでいこう。
「成り行きだ、セラ。
結託でも共謀でもない。
音冥先輩が他言無用の家命を俺に伝えたのは、俺たち一学年の生徒のためだろ」
「ノアって、呼んでくれないんだ」
この人はもうわざとやっているんだろう。
一人地獄に落ちている俺を見て楽しんでいるに違いない。
なんで詰問された後に尋問されてるんだ俺は。
「へえ……。そういう関係だったの」
「断じて違うぞセラ。俺にそんな度胸はない」
乗るなセラ!
お前が正気じゃなくなったらこの場は終わる。
助けてくれ、ジン。
いつも俺を守ると言ってくれたお前がどうして居てくれないんだ。
あの頼れる背中はどこへ行ってしまったんだ。
「でも、実際ハガネはどうやって切り抜けたのかな。
聞く限りだとたまたま居るはずのない狼の群れが暴れだした隙を突いたって」
「ああ、それは迷宮産の呪花が手元にあって……………………あっ」
終わった。
この場を凌ぐことで頭がいっぱいだった。
静寂が俺の首を絞める。
どうもノアさんの何でも適当に返事をする性分に釣られて要らないことまで言ってしまう。
「狼を喚ぶ迷宮由来の呪花、ね。
いつの間にそんな素晴らしい物を手に入れたのかしら」
「…………道に落ちてて」
「ハガネ君」
落ちてるわけないだろそんなもの。
言い訳が終わってる。
セラには独断専行と危険な場所への侵入の禁止を厳命されたばかりである。
この一週間封鎖されていたはずの新しく生まれた天迷宮に入ったともなればどうなるのか。
死ぬのか?
「聞いてくれ、セラ。
俺は決して死にに行ったわけでは」
「どうして、わかってくれないの?
どうすれば貴方を引き留められるの?」
それは効く。
叱られるよりもよっぽど辛い。
人の悲しむ顔なんて見たくない。だから死ぬ気で生きてたはずなのに。
一番悲しんでほしくない奴にそんな顔されたらどうすればいい。
「罪だね、ハガネ」
「水を差さないでください」
もう混沌だ。
痛まないはずの胃がきりきりとする。
この一週間何も食べていないことに不服なのか?
こうなったら腹をくくろう。
最近腹をくくってばっかりだが、ここが正念場だ。
「聞いてくれ、セラ。
俺は死なない。俺は消えない。
お前やセツナ、ジンを置いて死ぬのは無理だって。
───だから、ちょっと見ていてくれ」
もうこうなったら仕方がない。
これ以上そんな顔をしてほしくないから、俺は立ち上がって左手に意識を集中する。
「雪禍」
左手の甲に突如浮かび上がる雪華結晶の紋。
今回は手のひら側からその白刀を引き抜く。
大気中の水分が凍り付き室内にも関わらず刃の周りにはダイヤモンドダストが生まれ、部屋の温度が少し下がる。
「…………へえ」
「俺にはこれがあるから。
安心しろとは言えないけど、そう簡単にくたばる真似はしない」
下手くそな言葉だ。
この雪禍があるからこそ俺は無理をできているのだと自白しているに変わりない。
だけど少しでも安心させたかったから、もうこれしかない。
セラの表情は依然として憮然としたままだ。
煌めく白刃を見ても微動だにしない。
ダメか?
「…………はぁ。呆れた」
ダメそうか?
「………………いいでしょう。
どうせ貴方が勝手に行ってしまうのなら、こちらも勝手に追いかけるだけでしょうし」
お墨付き、というほどでないにしろ少しは信を置いてもらえたらしい。
これで一件落着だ。
今日は精神的にかなり疲れた。
怒涛の一日だった昨日からこれとはあまりに忙しない。
よし帰ろう。どこへ帰るかはともかく。
「それで、音冥さん」
まだやんのか、その話。
まあ確かに解決はしてないが。
なぜそうまでしてセラは気に掛けているのだろうか。
「なぜ、貴方はわざと証拠が残るような真似を?」
?
どういう意味だ。
なぜ音冥家が裏で手引きしたことがこうも広まっているのかということか。
「音冥と六海は近い内に政府からの活動制裁が勧告されます。
理由としては意図した有事の防衛緩和と思想犯罪者集団の活動幇助の疑い。
本来であればここまで全てが明るみになることはなかったはずです」
「そうだね」
そこまでの大問題となっていたのか。
まさかマッチポンプで本当に大火傷するとは。
まあ延焼させたのが俺でもあるから他人事みたいに言うのは悪い気もするが。
元々は解放同盟エルシアの目論みは『鎖木の植物園』の管理人の協力もあり、ほとんど成功する見込みだったのだろう。
実際俺は知っていても完全な未然防止はできなかったし、結果としてもかなりギリギリだった。
それが失敗に終わり、生け捕りにされたエルシアの狩人たちがボロを出したのだろう。
芋づる式に操作が進み辿り着いたのが音冥と六海だったというわけか。
それももはや隠せないレベルにまで。
他家が責任追及をしているのもあるのだろう。
「貴方は一体…………」
音冥ノアならばこの結果は予想できたはずだ。
それを知っていてなお俺に事態の収拾とエルシアの構成員の生け捕りを頼んだのか。
「そうだね。強いて言えば、均衡、かな」
「…………」
「今、私の家では『ベルストアの天迷宮』で発見された『魔銃』の大量取引の仮契約が進められていてね。
このままだと、音冥は護国の一つ上に位置してしまうんだ」
相変わらず超重要機密をさらっと漏らす。
あの魔銃という対狩人における革命的な武器は海外産の、それもおそらく新規稼働した天迷宮で採掘されたものだったのか。
かなりの貴重品のようだが、エルシアのようなある意味小物の連中まで行き渡っているとなると、採れる量が相当なのか。
「その結果、ご自分の実家が凋落しても……」
相応の罰は必要だろう。序列が下げられるかもしれない。
件の大取引もおそらく政府か他家の介入により予定した形で完了することはあり得ないだろう。
ノアさん自身も何かしらの制約を受けるはずだ。
そうまでしてなぜ、
「あるべきものは、あるべき場所へ。
───そうでしょ?」
俺の目を見て、その人は言った。
聞いたことがあるような、ないようなそんな言葉だ。
果たして序列のことを言っているのか、不相応に力を付けることに対してなのか。
判断はつかなかった。
ただ、それ以上俺もセラも言及することはできなかった。