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49話 さあ平和

国立狩人養成所斑鳩校。

国内に幾つかある狩人学校の中でもきっての名門とされるそれは、未来ある狩人の雛とそれを守り育てる一流の教官陣によって成り立っている。

そんなある種不可侵的なイメージまで持たれる斑鳩校はつい先日テロリストの襲撃に逢った。

正確には斑鳩校のメインプログラムでもある『狩猟訓練』中に隣市の獣管理所内で襲われたのだが。


結果、『金』を冠する国内有数の狩人である倉識くらしきソラと他教官陣の尽力により、完全な奇襲だったにも関わらず生徒の被害は皆無だった。

そのニュースは国内で大きく取り上げられ、襲撃犯たる『解放同盟エルシア』なる過激思想集団の名と共に斑鳩校の名も改めて周知された。


生徒の安全管理体制を学校側が問われるということはほとんどなかった。

荒事を含むカリキュラムの通知は保護者には入学前に伝わっていた上に、今回のようなイレギュラーでも優秀な教員が対処してくれるという証明にもなったかたちだ。

なおのこと安心して我が子を預けられると思う親も少なくないだろう。


「テロリストに襲われた翌日も余裕で学校がある。

それどころか朝の集会とかもなく平常通りって……、おかしくね?」


斑鳩校一学年。1-A。

隣の席に座る級友、利根とねサカキが気だるげにそう話しかけてくる。

こいつも昨日エルシアの一団に襲われ退避する際に、A組らしく先導と案内を手伝っていた骨のある男だ。

戦闘は得意じゃないと言っていたが、狩人は戦えればいいというものでもない。


「……ハガネは、怪我とかしてないよね」


あまり深刻そうな風でもなくそう話しかけてきたのはサカキの前の席に座る眠たげな女子生徒、上木かみきシイナ。


「俺は平気だ。傷一つ付いてない。

サカキは倉識教官が来る前にしゃきっとしとかないと、あの人の前でだらけてたらどうなることか」


「はあ……。学校も大概だけど、あの教官もおかしいぜ。

一人で(・・・)大事件終息させちまうなんてさ」


先のエルシアの襲撃に際した詳細な情報は伏せられている。

あの場にいたA、B、C組のほとんどの生徒は竜もどき(デミドラゴン)や『鎖木の植物園』の管理人の男の存在を周知されていない。

情報封鎖というものは大概が秘匿する側の都合だが、今回に限ればいち生徒が知る必要はない、知ればいらぬ問題が起きる可能性もある。


あの日、音冥おとくらノアに場を任せて神田の管理所の出入り口でセラや倉識教官と合流した際に、その場で箝口令の指示が出ていた。

あれは音冥おとくらの家に連なる部隊のようだったが。


話をしていれば音もなく教壇側の横扉が開く。

一項目の授業開始時間一分前。

倉識教官が不機嫌全開でずかずかと入ってきた。


おそらく昨日のことで長々と事情聴取でもされたのだろう。

それだけじゃない。音冥おとくら六海むつみといった、あの事件の背後で暗躍していたろくでもない家々から何をどう口止めするか細かく切符を切られたであろうことは想像に難くない。


この人は今年このクラスに赴任するまでは流れ(フリー)の狩人だったがゆえに、狩人社会のそういったまどろっこしさは不慣れなのかもしれない。

ただでさえあの尖った性格だ。

今日は刺激しないでおこう。サカキに釘を刺しておいてよかった。


「始めんぞ」


そのひとことで、いつもの日常は再び動き出した。




━━━




午後二時半。

今日最後の項を終えて各組の生徒が放課後を過ごす時間。


月詠つくよみ風霧かざきり、お前らは残っとけ」


倉識教官のそんな言葉で俺とセラはA組の教室に縫い付けられていた。

ジンはクラブ活動の見学に行ったようで、他の生徒もいない。

この面子ということはおそらく襲撃事件についてのことなのだろうが。


「昨日は生徒全員の安全確保優先でお前ら二人も早々に帰したんだが。

公安じゃなくて学校側がお前らに訊きたいことがあるらしいんでちょっと付き合え」


教室を出る倉識教官に付いていき、グラウンドを囲むように建てられた四棟ある校舎を繋ぐ連絡路を渡り移動する。

俺たちが答えられるようなことは倉識教官が全て言えるような気もするが、事態が事態だっただけに手抜かりがないよう努めているのか。


第四棟の二階のとある部屋の前。

初めて来る場所だったがこの部屋が何なのかはすぐにわかった。


「入るぞ、こおり


『どうぞー』


扉を叩き壊すんじゃないかと思うほど乱雑なノックの後に部屋の中から声が返ってくる。


ここは『生徒会執務室』。

斑鳩校にて多大な権力を持つ組織の一室だ。


「やあやあ、倉識先生。それに一学年のお二人もよく来てくれたねえ。

とりあえず座って座ってー」


気さくな声だった。

明るめの茶髪に百七十センチはあろう女性にしては高い身長。

凛とした風体ながら砕けた雰囲気も持つ、男子にも女子にも人気が出そうな人柄。

上級生について詳しく知らない俺でさえ、この人の名前だけは知っていた。


斑鳩校現生徒会長『こおりサナ』。

国内の半導体開発を主導する『グラスコーポレーション』の最高責任者、こおりトモカネの一人娘。

超が幾つもつくほどのお嬢様であり、魔法やステータスとは無縁だった郡家に突如現れた異端の魔女。


生徒会執務室の中は想像していたより何もなかった。

父親の書斎のように書類の山とか無数のファイルが壁や机に散乱しているようなものとは似ても似つかない。

二十二世紀初頭の現在において書類主義は一度廃れ、一部では再び盛り返している。

記録ログが残る上にどこから漏れるかわからないということで、大事な情報ほどインターネット上ではなく紙として手元に残しておく気風が生まれたからだ。


扉がある通路側を覗く三方には携帯端末のディスプレイを投影する投影台が置かれ、デスクワークに追われているのかその周りには栄養材やら目薬やらが置かれている机もある。


俺たちを立って出迎えた郡サナを除いて、中央に置かれた大きめの長机を前に座る生徒は四人もいる。

学校側の聴取ということで教員が多いのかとも思ったがどうやら生徒主導のもと行われるようだ。


促されるままに下座(というか入り口側)の席にセラと向き合うように座り、倉識教官は腕を組んで立っている。

周りは皆上級生ばかりな上に、どういうわけかこおりサナ以外の人の視線の圧が強い。


特に俺の斜め向かいに座る上級生とおぼしき人だ。

短めの跳ねる黒髪に鋭い目付き。美人ながら剣の如く雰囲気で俺を睨んでいる。

熱心に見詰められているのでとりあえず目を合わせる。

ここが戦場で斬り結んでいる最中であれば、本来人の目をじっと見ることは禁忌だと教わって育った。

吸い込まれてしまう、意識を奪われてしまうから。

ただここは学びの場で、今は話し合いの時間なのだから問題ない。


「………………」


「もー、ダメだって、カンナちゃん。

後輩を脅さないの」


かち合い続けていた視線を遮ったのは生徒会長様の声だった。

やれやれといった風に肩をすくめ、自分も着席すると、首もとを二回叩き端末を起動する。

やっと本題か。


「聞いてるとは思うけど、先日の解放同盟エルシアによる襲撃事件に際して、生徒を代表する(・・・・・・・)貴方たち二人に学校側が質疑の時間を設けたいってことでね。

あっ、まずは自己紹介からか」


男装の麗人のような見た目から若干のお茶目さを見せる変わった人だ。

これで令嬢であり魔法技能や戦闘にまで長けているというのが凄い。

神が二物も三物も与えたいい例だ。


自分から紹介するのかと思えば、彼女は目配せで俺の隣に座る二学年の男子生徒に合図を送る。

それに気付いたのか、なぜか少し緊張気味に起立する横の席の先輩。


「……評議委員会副会長を務めます『柏木かしわぎショウド』です」


敬語なのは俺たちだけに向けたものではないからだろう。

おそらくは各委員会のトップが集まっているであろうこの場では、俺とセラを除けば顔見知りの集まりの筈だ。

柏木と名乗った男子生徒はあまり背は高くないものの、弱々しくは見えない。

立ち姿勢や声から察する肺活量からしてしっかりと鍛えていることが見て取れる。


「はい、ショウド君ありがとう。

もうちょっと愛想よかったら満点あげたんだけどなー」


「…………善処します」


気まずげに着席した柏木先輩。

斑鳩校を支える三つの『上位委員会』の内の一つ、『評議委員会』は要はイベントごとの取り纏め役だ。

生徒会議などで公平を期すために完全な第三者として進行を担ったり、各委員会やクラブ活動の予算の提議、催し物の裏方にはとにかくいつもいなければならない役回り。

事務的な能力の他にも人とのコミュニケーション能力や対応力も問われる中々にハードな役職だと話を聞く限りは考えていた。

その委員会の、それも副会長をこなせるということはやはり優れた人なのだろう。


「風紀委員会、副会長の『五島ごとうレツ』だ。

会長は故あって出席できないため俺が風紀委員の臨時代表として今日は務めさせてもらう」


「いや、テンジ君はサボりでしょ。

ダメだよレツ君、彼を甘やかしちゃ」


体格のいい二学年の男子生徒が生徒会長にたしなめられている。

『風紀委員会』は校内の治安維持や生徒の生活態度の規範を示す役職だ。

精神的に未熟な未成年の手に、魔法という力は往々にして余りがちであり、ささいないざこざで大怪我に繋がることも少なくない。

道を踏み外した例が先のエルシアの支部の首魁の男だろう。

そういう者を一人でも減らすために彼らがいる。


「ゴメンねほんと、評議も風紀もトップが適当でさあ。

隙を見ていなくなるんだよ」


歩けるようになった幼児みたいな言われようだ。

この場に各委員の副会長が二人いるとは随分豪勢だとは思ったが、どうやら本来は上位委員会の全会長が集う予定だったのか。


それにしても今この場にいる副会長二人は特に不満なく遣わされているようにも見える。

面倒ごとを押し付けられたに他ならないはずだが、よほど信頼しているのか。

そう考えると両会長共に有事の際にはしっかりと働く昼行灯ひるあんどんなのかもしれない。


勝手に推察していれば、俺の二つ左隣に座る三学年の男子生徒が起立している。


「文化委員会会長を任されている、3-A所属『折上おりがみコウ』。

月詠つくよみ風霧かざきりも今日は面倒をかける」


線の細い身体によく通る声。

そして赤縁の眼鏡。

国民に義務付けられた定期年齢検診と角膜曲率矯正手術の進歩により、今の時代では視力矯正目的で眼鏡をかける人は余り見かけない。

ただ、ファッション目的であったり、鉄成分を含有したレンズにより視覚からの過度な魔力エーテリウム光を低減するために掛ける者も稀にいる。

この人はおそらく後者だろう。


「偉いよ、コウ君はちゃんと来て」


「俺が偉いのではない。

あの二人が異常なだけだ」


「うーん、それもそうだね。

本当、肝心な時にしかいないんだから」


俺たちへの挨拶といい、委員会関連の中ではかなりの常識人寄りな気もする折上先輩。

『文化委員会』は学内学外問わず全クラブ活動の支援とその統括を務める役職だ。

活動場所の割り当てであったり、各部の対立や問題の解決に務めたりと、他の上位委員会と比べても現場主義と言うか矢面に立つことが多いらしい。

直接的な関係を持ちやすいがゆえに慕われもすれば恨まれもする、言ってしまえば人と関わることがメインの仕事になるだろう。


郡サナを除いて最後に残った三学年の女子生徒。

敵視という程ではないにしろ、なぜか俺にきつい視線を送るその人が立ち上がることなく口を開く。


「生徒会書記の『枝折しおりカンナ』だ。

『護国』と『守護』が揃うのはいいが、あまり面倒を起こすなよ」


倉識教官とは別ベクトルで荒れている人だ。

アッパー系の教官と、ダウナー系の枝折先輩。

奇しくもこの場に二人揃ってしまっている。

この二人で戦わせたらどうなるのか少し気になる。


「ごめんね、二人とも。

ほら、カンナちゃんも威嚇しちゃダメだよ。猫じゃないんだからさ」


「護国の人間がこの程度で揺らぐか。

見ろあの死んだ目を」


死んだ目。とても正解だ。

数値上は死んでるっぽい俺の目は、昔は黒だったはずが段々と色が抜け落ち今では灰色になっている。

それは髪色も同じであり、すわ寿命かと疑うほどになんだか無常さを感じざるを得ない。

枝折先輩はなかなか鋭い人のようだ。


そして何より、この人は相当強い(・・・・)


その立ち居振舞い全てに武を感じる。

魔力的な意味合いでもセラの細めた目から察するにかなりのものなのだろう。


「もう、ノアちゃん相手ならわかるけど。

護国だからって誰彼構わず突っかからないの」


「サナ、私は別にあいつを意識などしていない」


「いや、してるでしょ……」


突然繰り広げられる口論(?)はよくある光景なのか一人として慌てる者はいない。

枝折先輩は音冥おとくらノアをどうやら意識しているようだが、どういった方向性であれあんなものをライバル視できるだけ凄い。

その流れで同じ護国十一家である俺にもあのような冷たさだったのだろう。


「二人ともその辺りにしておけ。

家格ある人間を間借りしておいて無用に待たせるな。

五島は新入生の風紀委員候補の選定が控えている、柏木も狩猟訓練の新候補地の絞り込みを教官方交え話し合う都合、この場を長引かせる理由はないだろう」


文化委員会会長、折上先輩の言葉により生徒会役員二人の声はぴたりと止まる。

常識人寄りなど失礼な物言いをしたが、この人はとてもよくできた人間のようだ。

というか他の役職の仕事も把握しているのか。


「あー、ゴメン。カンナちゃんの分も謝ります!」


「勝手に人の分まで謝るな」


落ち着いた所で上級生最後の一人、と言っても今までのやり取りで大体の性格などは知れた気もするが。

斑鳩校全生徒を代表する生徒会長の自己紹介だ。


「生徒会会長の『こおりサナ』です。

よろしくね、皆も改めて」


ボーイッシュというか、凛々しさの差す顔立ちから気さくな態度というギャップは新鮮に映る。

人柄という項目がステータスに存在していたのならばカウンターストップしていたであろうレベルの天性の人たらしか。

世界に名を轟かせる国内有数の企業のトップの実子、その出自に加えて魔法の才能とこの容姿は向かうところ敵無しでは。


その郡先輩が小首を傾げ視線を送ったのは俺の向かいに座るセラ。

自己紹介しろとの合図だろう。


容姿という点ではこの幼馴染みも相当卑怯だ。

風霧かざきり家特有の光を返す銀髪。切れ長の目には薄青の光が灯る。

街中で共に歩いていれば老若男女問わず視線を奪ってしまう暴力的な容貌。

何年一緒にいようとも慣れない。


「1-A所属、風霧かざきりセラです。

慣例に従い生徒会の末席に加わらせて戴く予定ですので、お見知りおきください」


『守護の一族』とは黎明の頃より存在する、ちょっと強い一族(・・・・・・・・)の総称である。

別々として捉えられることもあるが、護国十一家も実際は守護の一族の枠内に存在する。

ただ、守護の中にあって更に一際力のある者たちが国を護るために纏められ生まれたのが護国十一家だ。

強大ながら、護国には劣る。

そんなある種烙印を押されがちな守護の一族と言えど、他家に比べ政治的経済的な面、そして何より魔法とステータスを重視する狩人社会の勢力圏では上澄みに位置する。


特別扱いしなければどこかで不平が発生する家柄ということで、護国十一家である俺や音冥おとくらノアが『執行委員会』に属するのと同じく、守護の一族は入学時によほどの素行面での問題がない限り生徒会への加入が進言される。

執行委員会と異なるのは今の役員全員が守護の一族というわけではないというところか。


セラの模範的な自己紹介が終わり俺に注目が集まる。

ある意味で俺は狩人社会では有名だ。

護国十一家という出自でありながら何もない。

魔法も異能も持たず使えずで剣だけ振るう出来損ない。

とりあえず月詠つくよみのイメージを損なわぬよう無難に挨拶をせねば。


「1-Aの月詠つくよみハガネです」


起立して何となく口を開いたがこの先どうしよう。

特技でも言うか? ステータスが大変なことになってますとか言えば笑いが誘えそうだが。

そう言えば俺も既に役員の身だった。

よしこれでいこう。



「執行委員会に所属しているので、面倒事の時はお呼びください」



ルームサービスみたいだ。


結局執行委員会についてノアさんは何も教えてくれなかった(というか何も考えてないのでは)。

だから俺なりに護国十一家として斑鳩校に貢献するために解釈したのが『何でも屋』というポジション。

放課後は仕事(・・)がない限りはド暇なのだ。

近場の獣管理所も閉鎖祭りだし、ジンとセラもクラブや委員会に所属したためか会う機会が少し減ってしまう。

だから何かしたい。そんな適当な思いで執行委員会を執行する。



月詠つくよみに誓って、斑鳩校の力になります」



困ったことがあったら俺か音冥おとくらノアか、臨時顧問の倉識教官を呼んでください。

誰かしらが駆け付けて、問題を終結に導いてくれます。


解決するかは別問題だけど。






文字数がちょっと膨らんでしまいました。

一話辺りどれくらいが読みやすいんでしょうか……?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少しの詩的かつ抒情的表現 [気になる点] 無し [一言] 文章の中に漂う欠片の様な文学的表現 ありがとう
[一言] 短く無ければそれでよし
[良い点] 個人的には長いと満足出来るので5,000〜10,000文字でも大丈夫です。 逆に2,000文字以下は物足りなく感じてしまいます。
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