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48話 忘れるわけじゃない

『スノウ』と名を冠したあの首無し武者は、あらゆる武の粋を極めたような至高の剣士だった。

恐ろしいことに、決められた行動を繰り返すことは一度もなく、こちらの動きを読み取り記憶し、あまつさえフェイントや駆け引きなどまでをこなす人じみた動きを見せた。


対して今俺を襲うこの『レイン』と名付けられた双刀角の夜叉はまるで動きが違う。

その太刀筋は合理的と言えど、首無し武者のそれとはアプローチが全く異なっている。

平たく言えば、これは獣の太刀筋。

最短最速を求め極めた、暴力の極致。


「……ッ! 二刀だってのに、重すぎるだろ……!」


その無造作に振り回しただけに見える一太刀を受けた雪禍せっかが砕け散る。

間髪入れず左手の甲から再び白刃を引き抜いて踏み込むが、純粋な反応速度だけで避けられる。

野生、獣性、そんな言葉がこれほど当てはまる人型の存在も珍しい。


「ならこれはッ!」


幾度となく見せた俺の踏み込み。

どの段階でこの夜叉が反応するかは把握済みだ。

それを餌にフェイントをかけ後退を誘う。

踏み込みではなく、走り切り肉薄する。


そうだ、退け。

その体勢だ。重心は後ろに、二刀は振りかぶれず、それこそ隙そのもの。

潰れたまなこの驚愕が透けて見える。

戴く、月詠つくよみ一刀。



「四阻・かんざ───うぉわッ!?」



口から光線爆破。

たったそれだけで俺の必殺は絶たれた。

無理矢理捻った上半身、それに着いていく下半身。

結果としてあらぬ方向に吹き飛んでいく俺。

積もった雪に頭から突っ込み直ぐ様その場を飛び退けば、俺がいた場所が爆発する。


爆発、爆発、爆発。

昼間の竜もどき(デミドラゴン)といい、『天魔ゼルフ』の女といいこいつといい、揃いも揃って爆破好きが多すぎる。

そもそも爆破なんて魔法はない。

火の魔法と風の魔法を組み合わせたらできましたとか、そんなおふざけとも思えない。

そして使い手は皆どれも新しい(・・・)存在という共通点。


「なんだよ…………、新属性の実装かよ……」


告知しろ。

勝手に世界を書き換えるな。

火の魔法一つとって世界はいい迷惑をしたんだ。場所を選ばず道具も要らず、証拠も残らないそれを人類が抑止するのにどれだけ苦労したと思ってる。


というかそもそも、剣士が光線を吐くな。


「不利な体勢が、不利じゃないってのはズルすぎだ……」


魔法を伴う超近接戦闘インボックスマギファイトにて用いられる魔法はそのほとんどが牽制だ。

手を取る足を取る視線を取る、その果てに狩人や獣の身体を覆う魔力障壁を貫ける武具で致命を与えるのが定石セオリーだろう。

こいつのそれはまるで違う。

展開円が生まれてからコンマ五秒もなく爆破の連鎖を生む光線を放つ。


極論、近接戦闘とは相手を一手上回れば勝利だ。

一つたがえば腕が飛ぶ。腕が飛んだら脚が飛んで、首が飛ぶ。

その掠り傷の致命傷のために技も策も駆け引きもあるはずが、この夜叉は違う。


正面が無理なら背面を、とも思ったが、そもそも獣性の極みみたいなこいつが背後を取らせてくれるのか?

俊敏性のステータスで言えば多分大きく劣っている。曲がりなりにも対応できているのは歩法と立ち回りの賜物だ。


体勢を極端に低くし、いよいよその構えすら獣そのものとなった夜叉が弾けるように俺に向かってくる。

雪禍せっかで勢いを削ぎ避けるのが精一杯だ。

初動の加速の速さと、ジグザグに軌道を描く人間には不可能なステップ。

なんだその動き、羨ましい。俺も…………、



「俺もやるか、それ」



世界には慣性というものが存在する。

走ったら急には止まれないし、右に向かうベクトルをノータイムで左に向けるのは不可能だ。

地面は常に重力の向きに対して垂直にあり、大地を蹴るだけでは水平方向への急制動は満足にはいかない。

それこそ行きたい方向にターンキックできるような壁でもない限りは。


裸足の下にある雪を感じる。

この世界の不純物である魔力エーテリウムは大気中にあってもそれ単体で実世界に影響を及ぼすことはない。

人の意思ねがいで火に水に変質させることでようやくそれは奇蹟になる。


先の天魔からの逃亡の際に無我夢中で行った空中歩行。

雪禍せっかの異能を足先に集中、超高密度で魔力を停止させ、その際に不安定な状態にあるものを強引に凍結現象に巻き込む。


終銀ついのしろがね】の効果は魔力エーテリウムの運動の停止。

つまりは固定だ。

それによって一瞬だけ空中に薄氷の踏み板が生まれる。

当然それはコンマ一秒もその場に留まらないだろう。

重力に囚われない魔力と異なり、実世界の分子が大気中の水分ごと凍ったものだからだ。

凍てついたその一瞬だけ絶対位置の固定が発生し、それを蹴り抜けば空だろうと何だろうと駆け回れる。


集中しよう。火照る意識を体温に合わせろ。

足裏に生むのは大きな氷の板ではなく、薄く硬いほんの小さな雪駄せっただ。


「名前は……いや───ッ! いらないか!」


さあ避けろ。踊るように二刀を振り回す夜叉。

身長差は三倍ほど、叩き潰すその一撃をその場で跳んで縦に避ける。

当然反応されている。雪を撒き散らす二刀の振り下ろした勢いを殺さずに、再び巨刃が振りかぶられる。

未だ宙に浮く俺と、刀に穿たれた無い筈の夜叉の目が合う。

絶体絶命だからこそ、意識が更に研ぎ澄まされる。



「ここだッ!」



蹴る、空を。

雪が降るこの場所では大気中の水分量が多いためかとても踏み締めるのが容易かった。

蹴って通りすぎるように夜叉の後ろを取る。

それでもその首は俺を追っている。馬鹿げた反応速度だ。


「だったら……!」


その身体が振り向ききる前に、更にもう一度奇蹟を蹴り跳ばす。

弧を描くんじゃない。重力の奴隷になる前に再び蹴り出して加速しろ。

目指すのは上下左右完全縦横無尽の雪渡り。

巨体の周りを賢しくも跳び交って、致命を探す。

一つ空を走る度に追跡が一手遅れる。

まだ、もっとだ。


馬のそれのような後ろ蹴りは左右に駆けて避ける。

飛び上がってからの叩きつけはタイミングをずらし斜めに俺もまた跳ぶ。

全方位へのぶん回しはその頭上に立つように斜めに走る。

暴れ狂う巨体に疲れも焦りもなくとも、その遅れは致命に至る。


周回遅れの反応が、雪に紛れた俺の影を捉えるその時。

裂けた大口を開けあの光線のような爆破魔法を構えるその後頭部に俺がいる。

頭を突き抜け双角を形作っていた二刀の下。

無防備な首もとに白刃を振る。



「───戴く」



その命を忘れないよう、滝の如くの雨を思わせるその怒涛に敬意を示す一刀。

生粋の獣にして無頼の剣士であった『彼女』は、倒れ込む前にみぞれとなり霧散した。


喜びよりも充足感と少しの喪失感を覚えて、最後にやっぱり感謝をした。

あれもこれも考えず、一対一で向き合って斬り結んでくれたそのはたらきに対して。


掻き乱された感情は、無限に踏んだ雪華のステップの下に埋もれてしまった。

それでもなお、うちから湧き出る痛みも悲しみも消えはしないけど、



「………………………………明日も学校か」



とりあえず、前に進もう。

前が駄目なら、上でも下でもいいから。

斬ってから考えて、歩きながら答えを出そう。



───



【Ex】よいとじさや


耐久値―/―


異能【願重ゆめがさね

(鞘で受けるごとに俊敏性の補整値が上昇する)




───

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