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46話 欲望

「哀れなことです、魔白き者」


渦巻く風の槍が俺を貫こうと放たれる。

当たるわけがない。

が、その赤褐色の肌の女の背後に翼のように広がる無数の展開円は壁にも思えるほどだった。

避ける。避けてなお避けなければならない。

背中の体温がどんどんと下がっているのを感じる今、こんな手合いに付き合う理由もない。



「愉快も愉快。さんざ奪い尽くし、挙げ句自分だけ助かろうとする見苦しさ浅ましさ。

実に人間らしい」


「だからもうそんなの捨てちゃいなって。

わかってるんでしょ、本当は」



黒い螺旋階段を守るように、人の形をした人の言葉で喋る何かが立ち塞がる。

苛立ちすら通り越して冷静さが氷水のように意識を冷ます。

感情は捨て置いて、今は突っ込む。

どれだけの魔法が待ち構えていようと関係無い。


「それでは獣と変わりませんね」


無慈悲にも思える量の弾幕に身を曝す。

ここだ。

視界すら不安定の暴嵐の中で異能を発動する。

状況が状況なだけに出来れば使いたくなかったが、時間と引き換えならば仕方がない。


「ほう?」


男の方と目が合う。合っただけだ。

凍り付いた風だったものが崩れる前に踏み越える。

かなり出力を上げたせいか凍結の密度が高く、渦巻いたままに固定できたようだ。

壁だったものは全て俺の大地になった。

そのまま一足跳びで螺旋階段を外周から跳ばすように駆け上がる。

間に合うはずだ、絶対に。



「では、これはどうでしょう」


遥か足元からそんな声が聴こえてくる。

振り向く余裕もないままに手すりを蹴飛ばしていた俺の頭上で爆発が起こる。

不可侵の筈の天迷宮ダンジョン構成要素である内のひとつ、黒い螺旋階段が得体の知れない爆破魔法で破壊されていた。

中腹部分から折られた支柱が上部の支えを放棄する。

降ってくる階段だった物。天井はもうすぐだというのに。


「あーあ。オシマイ、と」


人は空を飛べない。

重力は人を許さない。

降ってくる黒いつぶてを回避するためにやむを得ず宙に跳び上がってしまったからもう落ちる他ない。


ここで終わりか?


なわけ、


「…………ッ!!」


足場が無いなら作れ。

噛み砕かんばかりに口に咥えた雪禍せっかに力を込めて、有らん限りの絶冬を俺の土踏まずに集約させる。

漂う魔力エーテリウムを強引に停止させ、凍り付いた余波が大気中の他の物質にまで波及し、空中で固着する。

踏みつけろ、今はこれが大地だと思え。

魔力エーテリウムによって固定された今この一瞬だけが好機。


「…………なんと」


凍て凍らせて固めて、蹴ってまた蹴って。

降ってくる黒い階段由来の物を夕断ゆうだちで斬り飛ばし、雪禍せっかで刹那の足場を作り登り詰める。

眼の奥にじりじりとした冷たさを感じる。

深い集中だ。時さえ止まって見えるほどに。



-1階。

ここの開けた大空洞は視認性が高い。

ゆえに黒い螺旋階段はすぐ発見できた。

後ろから追う気配はない。

あの瞬間移動のような術を見るに、その気になればいつでも現れられるだろうに。

なぜ追ってこないのか。

それが意味することを今は考えない。


ただ走る。

地面ではない。崩れ消える泡沫の足場を。


もうすぐ、もうすぐだ。

戻り次第すぐに管理所の医療施設にて輸血だ。体温の正常化も急務だろう。

発展著しい再生医学と言えどあの切断面では欠損の回復は見込めないかもしれない。

確か藤堂さんの踏み込みは右足だったはずだ。

軸足である左足が義足では満足な斬り込みは望めないかもしれない。

それでもまた剣を振るえるだけいいだろう。


光差す地上が近付く。

悪意の地獄から、やっと抜け出せる。

もう雪禍せっかは要らないだろう。


よかった。

人を助けられた。

これで母さんもまた喜んでくれる。




━━━




「よかったのか、『シルヴィア』。

あの風変わりな鬼を行かせてしまって」



天迷宮ダンジョン中枢コアが生み出した赤褐色の人間を模した身体。

指先まで染み渡る濃縮された魔力。高位知覚による視認能力。

それらは人の領域を遥かに超え、それでいて根差した意思ははっきりと人類への敵意を覚えている。


発生根源は『憎悪ヘイトリド』。

攻撃対象は魔力を宿す人類全て。


種族名『天魔ゼルフ』。

個体名、『シルヴィア』、『ザイノ』、『アルファレオ』。


「そうだよー。結局泥棒は盗られちゃったし。

というかあれナニモノ?」


「コアに記名されているどれとも異なる異能の主。

わたしも少し躊躇いがあったようです」


迷宮と同じ赤黒い肌。灼けるような赤い髪。

手足に走る黄金のライン。

整った容貌と辛うじて服の体をなしているぼろ切れを纏う三つの影。

六の瞳が睨むのは何時だって天。その上の地上世界。


「確かに妙な魔力の波動を感じた。

我々を脅かすほどのものとは思えなかったが」


「うーん、そうかも。

シルヴィアの魔法を無効化したのには驚いたけど」


事務的に、楽しげに、平静に。

三者三様の言葉を交わし、人間のように振る舞う。

話題に上がるのは先ほど現れた白い髪の幽鬼。

優れた魔力知覚を持つ天魔たちがついぞ読み取れなかった、『何も持たない』空っぽの人間もどき。


「いずれにせよ、あれ(・・)単体は攻撃対象からは外れています。

二人とも、要らぬことはせぬよう」


焼き焦がすような憎しみを宿す、天が産み落とした魔の結晶。

夢追い人を拒むことなく受け入れる迷宮の化身たちはただ待つのみだった。




━━━




旧都東京常葉市東区、常葉陸型獣管理所。

生態系の調整のためと封鎖されているこの場所は今、狩人社会を大きく揺るがす大問題に直面している。


世界共通統魔機構が全世界に向け放った『世界には天迷宮ダンジョンは二十一しかなく、それらは十全に機能していない』という発表。

かの機関が地位を確立してから三十年以上経っており、また実際に多くの迷宮は機能していなかったことからその言葉を嘘と疑う者は多くなかった。


そして現在、日本では三つの新しい天迷宮ダンジョンが発見されていた。


中央部長野栂池(つがいけ)市、ツガイケの天迷宮ダンジョン


東北部山形送花(おくりばな)市、オクリバナの天迷宮ダンジョン


旧都東京常葉(とこは)市、トコハの天迷宮ダンジョン


それぞれに同時に派兵、あるいは狩猟依頼が、政府とその守護地域の護国十一家との臨時会議で決定され、腕利きの狩人が迷宮調査へと向かった。

既存の天迷宮ダンジョンがまともに機能していなかったがゆえに迷宮攻略の手引きなどは無いが、それでも委託された個人や会社は威信をかけて未踏の地へと臨んだ。


その結果が、三地域全てでの失敗。

それを受けて急務で用意された救援部隊と本格的な対策本部。


結果として天迷宮ダンジョンを侮っていた形にはなるものの、『獣』という人類の敵対種のレベル上限は『99』であり、強大とされる『竜』もまたレベル『100』で固定されており、どちらも研究し尽くされ人類の最終的な脅威とは現代では見なされていなかった。

竜災を経て人類は魔法技能と異能戦闘を先鋭化させ、五十年という歳月で遂に単身での竜の討伐報告さえ上がるほどに。


だからこそ彼らは予想していなかった。

レベル上限が撤廃された獣が、あり得ない数で群れ襲ってくることを。


その救援部隊すら通信が完全に途絶したトコハの天迷宮ダンジョンでは、侵入口を警備する狩人たちが悲壮な面持ちで報告を待っていた。

正確には彼らは待ちたがっているわけではない。

もうおおよそわかってしまう。この地下で何が起きて、誰が帰ってこないのかを。


国営治安維持会社『シンゲツ』と、護国十一家が一つ『怖火おそれび』家が直接経営する狩猟委託組織『ホタル』。


先行した斥候部隊はまた別の会社の隊員で構成されており、二つの実力ある組織による別組織部隊の救援という異例の混成体勢が敷かれた今回の作戦。


侵入口で待機するシンゲツとホタルのそれぞれの隊員は軽口すら叩けずにいた。

共に報告は聞いている。

神にでもすがる思いで、同僚の帰還を待っていた。


「……………?」


「……今、物音が」


張り詰めた空気を破ったのはかすかな音だった。

どこからかなどと考える暇もなく、二人は天迷宮ダンジョンへと続く黒く巨大な螺旋階段の元へと寄る。

淡い期待を抱いて、深淵へと続くその階下を覗く。

当然、待っていたのは希望などではなく。


「………………っ!」


「…………………………そんな」


足を失い血で装束を汚した狩人が静かに横たえさせられていた。

手は胸の前で揃えられ、まぶたはそっと下ろされている。

無造作に死体をほうったと言うよりかは、弔ったかの如くの有り様だ。


「……と、藤堂さん…………? 嘘だ!? なんで、なんで貴方が………………、ッ!!」


受け入れようのない事実に感情が決壊するシンゲツの隊員。

おそらく自分たちの隊も同じようになったのだろうと、ホタルの隊員も悲痛に顔を歪める。


シンゲツの隊員が遺体を持ち上げようと触れた時、恐ろしいほどに冷たくなっているのがわかった。

体温が失われたとかそんなレベルではなく、極寒の地に長らく曝されていたのかと疑うほどだ。

そして奇妙なことに、死化粧ではないにしろ、親しんだ上司の顔は戦場で死んだとは考えられないほどに綺麗に保たれていた。


なぜそう感じるのか、シンゲツの隊員にはわからなかった。

ただ、誰かの意志がそこにはあるのだと、心のどこかでは理解していた。



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