43話 一難追ってまた一難
世の中には強い人間がごまんといる。
彼らは善であれ悪であれその多くは働きはするし、面倒ごとを増やしたり減らしたりはしてくれる。
奇蹟はあっても結局それは誰かの手のひらの上の出来事で、賢しい者と強い者が勝手に世界を進めてくれる。
そう勝手に思い込んでいた。
「常葉は-2階、栂池は-6階。
送花に至っては侵入口付近で全滅したそうだ」
賢者の戦略を強者の進軍が叶える。
筈だったらしい。
月詠に迷宮調査依頼が来ていない(俺が知らないだけかもしれないが)ところを見るに、三つの内の一つであるトコハの天迷宮は護国十一家ではなく政府直属の部隊かそれに近しい家が調査に向かったのだろう。
面子と沽券に関わる問題だ、手など抜く筈もない。
斥候部隊と言えど、深部までの探索くらいは勘定に入れて準備をしていたに違いない。
それがあえなく失敗。
三つともだ。
「Sランク兵装の回収も兼ねた救援部隊の方も編成に手間取っているそうだよ」
「まあ、そうでしょうね。
俺としてはどうやって半壊ないしは全滅したのか気になりますが」
真正面からぶつかって負けたのならわかる。
物量でごり押しされたとか、圧倒的な個の力でねじ伏せられたとか。
そうではない場合の方が問題だろう。
搦め手に長けた迷宮構造だったのか。
それとも悪意ある第三者による罠に嵌まったのか。
どれもあり得そうなラインだ。
「そこまでは教えてくれなかったかな。
本来なら失敗の通達すら憤死ものだろうし」
生きて帰っただけ偉いだろう。
威信をかけた、とはちょっと違うか。
とにかく三チーム揃って失敗したのなら逆にある意味面目は保たれた気もするが。
現地状況の詳細な報告と情報の共有は必須なはずだが、あちらとしてはろくな深度まで進めないままに終わってしまったがために、確度が高く価値ある情報を手にするまでは引くに引けないのかもしれない。
おそらく世界各地でも似たように天迷宮の正式稼働は始まっている。
それがもたらすのはあの魔銃のような戦術革命だろう。
一秒でも早く他国に対してイニシアティブを取らなければならないと、どの国も躍起になっているはずだ。
なまじ天迷宮が今まで機能していなかったせいか、迷宮探索とその収集品の扱いに関する国際的な条約が存在しないせいで混沌が招かれているのは間違いない。
遠方で管理所備え付けの物とはまた違うサイレンが鳴っている。
じきこの場にも鎮圧部隊がやってくることだろう。
「そろそろ音冥の部隊が来るから。
ハガネは行った方がいいかもね」
「そうみたいですね。この場は任せていいですか」
「いいよ。じゃあね」
四月にも関わらず、この草原の一角では霜が降り土が凍てついている。
竜に似た巨大な生物の屍が二つ転がり、解放同盟エルシアの支部長が衰弱しながら気を失っている。
そんな異常な状況の説明も、『最強』であるこの人がいるなら大抵の人間は勝手に納得してくれるだろう。
とりあえず今日のところはよくやったと自分を褒めてもいいかもしれない。
敵味方含めて死者はいないはずだし、エルシアの実行部隊も今頃無力化されている頃合いだろう。
雪禍まで使わされたことは想定外だが、竜もどきという新たな脅威を知ることができた上に魔力的に凍りつき両断されているとはいえ、それ以外はほとんど外傷の無いままに国内の研究所に回せるのは非常にありがたい。
『鎖木の植物園』の動向は気になるが、今後の旧都東京、ひいては日本全体では今まで以上に警戒度が引き上げられるはずだ。
油断はできないが必要以上に気を張っていると足元を掬われることもある。
月詠のため。
今やるべきことと言えばまずは事後処理と治安の正常化だろう。
旧都東京における解放同盟エルシアの潜伏先も改めて洗い出さなければならないし、この混乱に乗じたそれ以外の外部勢力の跋扈も許してはならない。
こう考えると俺一人でできることがまるでない。
なんと無力。
学生は学生らしく勉学に励み鍛えていろということか。
力はあるに越したことはないが、強くなりたいかと言われれば微妙だ。
強くなんかなくたっていい。
斬れればいい。
二人の母が遺した月詠を、腹違いの妹と無愛想な親父がいる家を存続させるために、障害を断てればそれでいい。
「ノアさん」
「うん? 」
強くなくとも手札は多い方がいい。
先の事態を掻き回してくれた獣生みの呪花といい、ああいう迷惑便利アイテム(敵だが)のようないざという時の切り札が今は欲しい。
だったらどうするか。
「今、警備が手薄になっている天迷宮を教えてもらえませんか」
━━━
「さて、何か言い訳はあるか。不良生徒の月詠坊っちゃん」
神田総合型獣管理所入り口。
武装した隊員がたむろするこの場所に斑鳩校の生徒はほとんどいない。
無事に帰路につけたのだろう。
ほとんど、と言うのは俺を含めた数名が残されているからだ。
「ハガネ君。独断専行はやめなさいと何度言ったらわかるのかしら」
「やめとけ、セラ。この猪武者に俺が何度そう言ったか」
俺は今、幼馴染みであるセラとジン、そして担任である倉識教官にこうして詰問されている。
右往左往する職業狩人の往来で辺りが騒がしい中で、少しだけ浮いている気もする。
あまり注目されるのもアレなので早めに弁解をしておかないと。
「ちょっと道に迷って」
鎖木の植物園の管理人とエルシアの支部長、それから二頭の竜もどき。
二人をあのまま野放しにしていれば少なからず面倒が発生していた。
だから斬ってきました。
などと言えるはずもない。言ってもいいが信じてもらえない。
「…………オイ。風霧、影谷。
こいつは昔からこうなのか」
「はい」
「悪化してるかもしれん」
雲行きが怪しい。
確かに心配をかけたのは申し訳ないと思ってる。
戦場にて勝手にいなくなるなど迷惑極まりないだろう。
こうして客観的に見たら確かに頭のおかしい奴だ。
「ごめん、二人とも」
「私は?」
「教官も、ご迷惑お掛けしました……」
倉識教官はその荒っぽさゆえにサバサバしてると思われがちだが、この怒り具合を見るに冷淡な性格とはやはり程遠く、根はとてもいい人なのだろう。
睨み殺そうとしてくるのも多分優しさゆえだ。
「次やったらお前を殴って私もクビになるからな」
「肝に命じておきます」
目が笑っていない。というか口も笑っていないが。
美人に殴られて退学などいい身分だ。
囲まれて詰められて少し身長が縮んだ気がするし、やはり軽率な行動はバレないように行わなければいけないと改めてわかった。
溜飲も下がっただろうし皆で帰ろう。
そう身動いだ所で、セラが一歩前に出て俺を制する。
真正面、近い。
銀色の髪が風に揺れて、俺に当たりそうな距離だ。
「いい? ハガネ君。危ない所には一人で行かないこと。
報告を怠らないこと。考えていることをちゃんと口に出すこと」
「はい」
セラによる、小等部の子供に言い聞かせるような内容の説教を頭から被る。
ジンは腕を組み目を瞑って黙ってそれに頷いている。
こうしていると懐かしい気持ちになる。
説教は良い。誰かが俺を心配してくれてることの証左だ。
昔からセラにもジンにも心配と迷惑ばかり掛けてきた。
どれだけ不謹慎とわかってはいても気に掛けられるのは嬉しい。
月詠という名前を目当てに寄ってきたクラスメイトが、俺の事実を知って離れていくということは昔からよくあった。
コネだの人脈だのを期待して近付いてみれば、その実ただの才能無しの跡取り追われだ。
当時の幼い自分からしてみれば仲の良かった友達がある日を境に蔑み嘲る目で見てくるのは正直耐え難いものがあった。
そんな中でもセラとジンは俺の剣を褒めてくれて、お陰で腐らず今日まで生きてこれた。
二人がいなければ辻斬りにでもなっていたかもしれない。
「ありがとな、二人とも」
「は?」
その一言に反省の意思見られずとされ、セラの説教は機動隊員に退去を勧められるまで続いた。