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40話 商人

「も、戻れ!戻ってこい!!」


突撃してきた俺を見て慌てて投影されたディスプレイを弄り始める解放同盟エルシア支部長。

ここでこの男を殴り抜いて無力化するのもいいが、まず優先されるのはこっち(・・・)だ。


デミドラゴンがゆっくりと振り向き、飛び掛かりながらその鈍重な短い腕を振り回す。

薙ぎ払った箇所は爆発が発生するおまけ付きだが、今さらこんなものに当たるわけがない。

たとえ竜に連なる存在と言えど、誰かの意思に従わなければならない生き物はこうも弱い。


風霧かざきり


『はい、教官』


自然であれば、野生であればこんな隙を晒す生き物ではないだろう。

デミドラゴン(こいつ)が俺に釘付けになっているのはひとえに操る者のせいだ。

本来ならばもっと合理的に動けるだろうに。

だからこそ付け入る隙が生まれる。


「さあて、羽根からもぐか」


範囲爆撃による城塞はもはや崩れ、至高に近いとされる『金』の狩人たる者の接近を許してしまう。

倉識教官が大剣を振るえば、元からボロボロだった右翼が根元から断たれる。

そのえぐれた箇所をセラが正確に魔法で撃ち抜けば、デミドラゴンは悶絶するように身震いする。


「───ggaaaa──aa─!!!!」


「痛いか。悪いな」


人類の大敵である竜相手に特別な感情など抱ける筈もないが、こうも人間に利用され貶められる姿を見れば少なくとも早く解き放ってやらねばという気持ちになる。

ましてや人に近い知能や感性を持つと言われているのならなおさらだ。


悶え苦しむその隙に倉識教官が畳み掛ける。

両翼はもがれ、死肉の鎧は次々と剥がれ茶色い本来の表皮が露になる。


「おっ、おい! 何をしている!?

竜だろお前は!! 殺せよ!」


棚井の声が空々しく響く。

無理を言うにも程がある。

この竜もどきは酷く制御されている。

本来ならばここまで追い詰められた生物は竜だろうと獣だろうとその本能から暴れ狂ってもおかしくない。

いや、それが正しい姿だ。


だがこいつは苦しみ咆哮してなお、淡々と俺たちに魔法を放つばかりだ。

囲まれることをわかっていても主を守るために躊躇わず、また主を巻き込まないために棚井の近くにいる俺には攻撃が控えめになっている。


「……ッ! 哀れだな」


倉識教官の一撃が遂に右前腕に大きな創傷を作る。

巨体が大きくバランスを崩し、蜥蜴の頭が地に付く。


「終わらせます」


セラが間隙を縫ってその両眼孔に埋められた正体不明の機械部品を魔法で穿つ。

風と雷、それぞれ異なる系統の魔法を片目ずつに放ったのはどちらかが効かなかった際の保険だろう。

結果としては両眼の装置はどちらも火花と共に壊れたようだ。


「なああ!? おい! 起きろ!

…………クソッ、『植物園』の奴ら、とんだ不良品押し付けやがって!

俺をなんだと…………」


余裕たっぷりにかしこまっていた口調が崩れ、赤黒い血を流す竜もどき(デミドラゴン)に怒鳴り散らす棚井。


おそらくこの巨体を意思ごと操っていたであろう装置は破壊された。

魔法による四方への爆撃も止んでいる。

完全な無力化とまではいかないが、体内に爆弾でも仕込んでいない限りこれ以上俺たちに危害を加えることは難しいだろう。

四肢に深々と傷を負ったデミドラゴンは沈黙したまま動く気配もない。


何より、いい加減不快だ。

この竜が纏っていた何かの皮だとか、匂い立つ瘴気とかではなく。

歪められたものが哀れにも誰かの意思で動かされているのが気に障る。


「倉識教官、お願いします」


「…………いいのか。仮初めとは言え竜は竜だ。

成長限界ハンドレッドリミットを迎えてないお前らからしたらご馳走だろ」


人に設定されたレベルは100に達すると、それ以降の伸びが急激に悪くなる。

突然要求経験値が千倍になるだとか、ステータスの伸びが鈍化するだとか、とにかく狩人はレベル100でその成長が一旦止まると言われている。

狩人養成所における一学年修了のレベル目安は25以上とされており、それに満たない者はなんらかの形で補講が行われる。


だが俺には経験値そんなものは必要ないし、セラはもうデミドラゴンに見向きもしていない。

この銀髪は昔から自分一人で仕留めた獲物でしか強くなりたくない気質だ。


「はい。

何より俺じゃ止めを刺せませんから」


「そうかよ」


それだけ言って両手で大剣を握り低く構える倉識教官。

力無く蠢いていた巨体の首を大剣が貫く。

呆気ない終わりだ。

これからこの死体は様々な研究機関に持ち運ばれるのだろう。

竜の使役などという馬鹿げた行いを暴くために。


そのからくりがわかったとて、政治利用されるのか兵器転用されるのか。

ろくな未来は見えない。

目先の悪党ばかり潰したところで世界の大元がどうしようもないのだからやるせない。


「ひぃっ、やめろ……! 来るな!」


尻餅をつき後ずさる棚井。

どのような考えで15歳そこらの俺たちを殺そうと思ったのだろう。

それほどのことをされたのだろうか。

まあどうでもいいか。


眠ってもらおう。

今しばらく。



「───困りますねえ」



熱線の気配は真上からだった。

火炎ではなく、熱の塊のような槍が俺たちが居た場所を貫き焼け跡を残す。

火の魔法の系列じゃない。

考えられるとすれば異能によるものか、それとも。


「弊社の『商品』は回収義務がございまして」


空から降ってきてのはスーツを着た背の高い男だった。

その顔はアジア系のルーツが混じっていそうではあるが、純日本人ではないことは確かだろう。

そしてこの男が何から(・・・)降りてきたのか。

それは竜だった。

俺たちが葬った竜もどきと同じく、翼の生えた蜥蜴のような巨体と、両目とすげ替えられた機械装置。


最悪なのは、一体ではないという点か。


「ハッ、お前がこいつに玩具を渡した野郎か。

テロリストの片棒担ぐってのがどういう意味かわからねえ訳じゃねえよな?」


「これはこれは。

『金の狩人』倉識ソラ殿と見受けられます。

私どもはあくまで商売人。ゆえに顧客がその商品を何に用いるかまでの責任は負いかねます」


「ぶち殺されてえのか、青スーツ野郎」


倉識教官は大分お冠だが、正直状況的には分が悪い。

落下するように着地した二体の竜もどき。

先ほど葬ったものと同じようにやはり穢されている。死肉を背負い腐臭を漂わせる異形。

使う魔法もまた先ほどの『爆破』とはまた違うということは知っている。


「おっと、通信機器の類いは制限させていただいております。

何分弊社は機密ばかりゆえ、お許しください」


恐らくセラが首に巻くチョーカー型の端末をシークレットモードで操作していたのだろう。

この男の姿形、声や仕草に至るまで。

録音録画しておく必要は大いにある。

だがそれは叶わなかったのだろう。俺も同じように右奥歯を二回鳴らし起動を試みたがうんともすんとも言わない。


狩人モデルの端末は非常に頑丈だ。耐水耐衝はもとより磁気異常や気圧の高低にもかなり強かったはずだ。

それを限定的とはいえこうも手軽に封じるとなれば益々厄介な手合いだ。


「お引き取りください。今の貴女方では私とこの二体の相手は難しいでしょう」


青筋を浮かべる倉識教官。その一挙手一投足をせめて記憶しようと注視しているセラ。

ここは引くしかないだろう。

竜という当面の危機は排除した。

新たな問題が浮上したが、ひとまず生徒の避難は叶ったのだ。

後は大人に任せるのが賢明だ。


「ふふ。流石に『金』ともなればタダでは引けぬようですね。

でしたら理由を差し上げましょう」


スーツの男が右手を俺たちに向けてかざす。

その腕を取り巻く展開円と同時に、男の両脇の竜もどきたちの全身の至るところに展開円が浮かぶ。

竜の魔法の一斉掃射だ。


「チッ! ……ぜってえ殺す。覚えとけ」


奥歯を噛み割らんとするレベルで睨みきった倉識教官。

セラも退避の構えだ。

当然俺もこんな物量の海を泳ぐ気はない。


「では、さようなら」


その声と同時に鼓膜を叩く爆音と視界を揺らす衝撃が溢れる。

逃げる理由を与えられ、俺たちはその場を後にせざるを得なかった。




━━━




「教官、あの男は」


神田総合型獣管理所の森林区画を走る風霧セラ。

その足取りは軽くとも表情は重い。


「恐らく『鎖木くさりぎの植物園』の構成員、つまりは世界の敵だ」


物々しい返しをしたのは国立狩人養成所斑鳩校1-Aの監督教師、倉識ソラ。

大剣は背に留められ、今はセラと同じく地を駆けている。

一刻も早く事態を報せなければならない。

そういった思いで二人(・・)は順路を走り抜ける。


「………………オイ、月詠つくよみはどうした」


「……えっ? 」


二人だけ。

あと一人、いるべき人物がこの場にはいなかった。

急ブレーキを掛け止まり、辺りを見回す二人。

あの灰眼の少年の姿はどこにもない。


あの身の軽さでまさか自分達より先を行ったのなら、それはそれでいい。

だがそうではない場合。

例えば、得体の知れない男と竜もどき二体に相対していたとしたら。



「ハガネ、くん……? 」



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