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37話 包囲

『呪花・獣』

それが俺があの日帰りがけに持ち帰った(・・・・・)手のひらに収まる大きさの花の名前だった。

雪中での首無し武者との闘いを終えてトコハの天迷宮ダンジョン-1階に上がった地点に咲いていたものだ。

レッサー・ガウルの異常増殖の原因として侵入の際に俺がったはずのそれは一つではなかった。

しかし階層を見回れど新しく咲いた小さな一輪のみであり、それを斬ればまたどこかで一輪だけ咲くという繰り返しだった。


考えた所で出た結論は再出現リポップの可能性。

つまりいくら斬ったところでこの獣産みの花はまた現れてしまう。

だったら凍てつかせてしまえばいい。

雪に似た白刀、雪禍せっか異能スキルを使い、魔力エーテリウムの運動を停止させ花弁を凍りつかせてみた。

これならば増殖も止まり再出現もしない。


その場に捨て置く予定だったが少し調べたい事柄があったために持ち帰ってしまったが、まさか有効活用する日がこんなに早く来るとは。


「陣形を崩してはいけません! γ(ガンマ)は今すぐこちらに! ええ、構いません。そちらは後回しでしょう」


あれ程余裕の極致にいた棚井たないと名乗ったエルシアの支部長は今、大慌てで端末を通じて指示を出している。

当然だろう。俺たちを取り囲む二十人以上の解放同盟エルシアの狩人。

さらにそれを外側から襲う形で現れた百匹以上の狼型の獣『レッサー・ガウル』。


「あぁ? 神田ここには狼型の獣(ガウル)の類いは居なかったはずだろ。

どうなってんだ」


倉識くらしき教官の疑問はもっともなものだろう。

まさかトコハの天迷宮ダンジョンから拝借した獣喚びの呪花を凍らせ、この神田総合型獣管理所で凍った外郭の花弁だけを斬り落とし再稼働させたなどと、言ったところで信じてはもらえなさそうだ。

言う気もないが。


「ジン、セラ。この混沌に乗じて他の生徒を後方、出来れば管理所出入り口まで退避させたい」


「お前と教官がいる前方ならともかく、後方の突破は俺とセラだけじゃ厳しくないか?」


「そうね。あの『魔銃ガンド』も加味しても、一対二程度ならまだしもこの人数を護りながらではちょっと」


人数が多すぎるというのがこうも裏目に出ることも珍しい。

狩人の卵とは言うが、その大半は実戦経験の乏しい者ばかりというのはこの状況で見て取れる。

皮肉なことに俺たちを獣から守るように交戦し始めたエルシアの狩人たちの隙を突きたいが、あと一手ほしい。何か、誰か。


「貴様ら、何を企んでいる」


突如割り込んできた尊大な言葉。

だがその声自体は十代の少女のもので酷くアンバランスに感じる。

こんな喋り方をする奴を俺は一人しか知らない。


「ルジェ・セラドニア」


紫がかった髪をボブヘアで整えた正真正銘のお姫様。

かの竜災によって祖国を焼き払われたとある国の王族セラドニア家の末裔。

亡命と言う形ではなく来賓として入国し、数十年が経った今日本国内におけるある種の地位を固めつつある異端の経歴の家系。

そうだ、こいつがいた。


「今が撤退の好機だ。手を貸してくれ」


「この私に盾になれと?」


「剣でもいい。お前の【停滞ていたい】なら魔銃アレに対抗出来る」


セラドニア家が狩人社会における地位確保のために示威活動の一環として公表している彼女の異能スキル、【停滞ていたい】は魔力エーテリウムの擬似的な鈍化と言われている。

厳密には魔力の網のようなものを幾重にも形成して壁を張ることによって停滞現象を再現しているらしいが、聞いただけで実物を見たことはない。

それが虚にしろ実にしろ、今は必要な力だ。


「倉識教官」


「わかってら。…………聴こえてるか、首藤さん、針間さん。

今から私が奴らの気を引く。その隙に1-A(ウチ)の連中が後方のテロリストどもを撹乱するから、何とか出入り口まで先導してくれ。

この人数だ。恐慌の中逃げ惑えば必ずすっ転ぶ奴も出てくる。

アンタらはその辺のカバーも頼んだ」


チョーカー型の端末で耳打ちに近い情報交換が遠距離でも可能になったことで前線はこうも流動的になる。

倉識教官の忠告通り、この大所帯で同じ方向に動けば足を取られる者もいるはずだ。

そう言ったイレギュラーも勘定に入れて動く。


「聴け。これより斑鳩校生徒は管理所出口まで後退する。

前方との距離を保ち迅速に走れ。

それから、上だけは見るなよ(・・・・・・・・)


それぞれのクラスの監督教師が自分の持つ生徒宛に一斉通達する。

ジンとセラも視線は前を見つつも身体は既に後方へと向きかけている。

二人ならば守護の役目を果たしてくれるだろう。

お陰で俺は遊撃に移れる。


「オイ、テロリストども。

───くれてやるよ!」


倉識教官が宙に何かを投げる。

その唐突な行動にエルシアの狩人たちの注目は一斉に集まり、彼らの視線は宙に浮くそれに釘付けになる。

それ(・・)が何なのか、この段階では俺にはわからなかったが、すくなくとも見てはいけないと言うことだけは確かだ。


「駄目です! 目を離しなさい!」


「遅えよ!」


棚井の悲鳴のような声と同時に空で莫大な光が発生する。

中位雷魔法『殿雷(てんらい/ボルティア)』、それを二つぶつけ合ったのだと見ずとも理解できた。

要は魔法による発光手榴弾フラッシュグレネードだが、音に対して光が強すぎる。

こんなものまともに目に入れればただではすまないだろう。


当然、注視していたともなれば被害は甚大だ。


「走れ、ガキども!」


目を覆いふらつくエルシアの狩人は捨て置き、いち早く視線を外した者らをセラとジンが押さえ込む。

正面の牽制は倉識教官がしてくれる。

ならば俺は撤退のサポートだ。


「撃ちなさい! 足です!足を狙いなさい!」


突然の生徒たちの大移動に判断が遅れていたエルシアの狩人たちも、棚井の声に遅れて魔銃ガンドを構える。

だがその数は多くない上に、ジンとセラの間引きによって片側だけに固まっている。


「セラドニア!」


「気安く……、呼ぶな!」


可愛げのある怒号と共に、彼女の異能【停滞ていたい】がその髪色と同じ薄紫のベールとして広範囲を覆う。

人一人の背丈と同じ高さの魔力のカーテンを十メートル以上の幅で展開できるというのは中々に便利だ。

得てして強大な魔法は貫通してしまうだろうが、今回のような魔力のつぶて程度ならば子供の投げた小石レベルまでに勢いを削いでいる。


そして護りきれないスポットの銃撃は俺が斬り落とす。

先導する教師二人も荒事には慣れているのか、魔法での撹乱によって見事に退路をキープしている。

エルシアの後詰めの部隊も気にはなるが、この騒乱では本来の布陣はおそらく保てていないだろう。


もはや斑鳩校の生徒はこの騒乱の場から姿を消している。

解放同盟エルシアの狩人もレッサー・ガウルの群れの掃討を一通り終えたようだが、今となっては逆によくやってくれたと言いたいくらいだ。

ここで殿しんがりを務めている俺とセラと倉識教官も、数名の敵に囲まれてはいるものの言ってしまえば大した包囲ではない。


そしてこのタイミングで管理所備え付けの警報塔による馬鹿デカい警報音が響き渡る。

最初の襲撃の際に、端末に設定してあった国土防衛省旗下組織直通の簡易エマージェンシーコールを飛ばしていたが、思いの外動きが早い。

どこの組織の部隊が来るかはわからないが、この規模のテロ行為などすぐさま鎮圧されるだろう。


「………………仕方ありませんね」


エルシアの狩人から支部長と呼ばれていた男、棚井は生徒たちの退避した方向を名残惜しげに睨んだのち、手振りで残存している仲間に合図を送り俺たちに背を向ける。

まあ逃げるだろうなとは思うが、逃げ切れると思っているのか。

辺りにはレッサー・ガウルの屍が散乱し、エルシアの狩人部隊は万全とは程遠い。


「倉識教官、追いますか」


「……いや、ガキども優先だ。

あんなショボい連中は鎮圧部隊がどうせ処理するだろ」


魔銃ガンドを構えながら狼が湧いた森林区画に後退する解放同盟エルシアたち。

後は全て大人が事後処理してくれる。

呪花も小さなものだったゆえか狼の量産に息切れが感じられるし、この後の正式捜査で勝手に処分されるだろう。


「名残惜しいですが今回はここまでと致しましょう」


足を止め、首だけで振り向いた棚井がそんなことを言ってくる。

今回はだと?

次回などあるわけがない。

ここで捕まって終わりだろう。


「抜かせ負け犬。

いや、犬どもに挫かれたテメエらはそれ以下か」


大剣を悠々と振り被る倉識教官のそんな挑発じみた言葉は、少なからず彼らに刺さっていた。

わかってて言っているのだろう。

彼らが正道から爪弾きにされた弱者ゆえに歪んでしまったことを。


「…………ふ、ふはは。ハハハハハハハッ!

調子に乗るなッ! 俺を貶めやがったあいつらと同じ目で見るんじゃねえ!」


「化けの皮剥がれてるぜ、三下」


何も意味もなく挑発しているわけではないだろう。

まあ半分くらいは本音で嘲ってるんだろうけど。

時間を稼げばそれだけ包囲が進む。


俺たちを囲うところまではよかったが、崩し(・・)が足らなかった。

音冥おとくらが絡んでいるとはいえ詰めの甘さが目立つ。

俺が細工をしなかったとしても、生徒の何人かを撃ち果たしたとてこの鬼のような教官にのされて終わりだろう。


振り返った棚井の顔は完全に紅潮しきっており、怒髪天を突くと言ったところだ。

何だ? 特攻でもしてくるのか?



「……いいだろう。そんなに死にたいんなら今死ねよッ!」



そう言って首に巻いた端末でディスプレイを投影し、何かを操作し始める。

最初の爆破は陽動程度だったがまさか本命があるのか。

何にせよ逆に出しきってくれるならそれはそれで───



「さあ蹂躙しろ!

デミドラゴン(・・・・・・)!!!」



すぐ向こうの人工湖が爆発する。

現れ出でたのは異形だった。


爛れた肉が上から張り付けられた巨体。

瘴気を放つ歪んだ大きな口。

窪んだ眼孔には機械部品のような物が埋め込まれている。

背には一対のボロボロの翼が成り、ふらふらと奇妙にも飛行を可能としていた。

蜥蜴に羽根を生やせばこうなるだろうと言った風体。


五十年前に行われた掃討作戦により地上から姿を消したはずの『竜』の姿がそこにはあった。

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