34話 廃教会にて
旧都東京、常葉市某所。
五十年前に世界各地を襲った竜の群れの行進、通称『竜災』の爪痕を色濃く残す場所が常葉市には存在する。
公安からは『吹き溜まり』と呼ばれ、なんらかの事情で表舞台に立てなくなった者や世間を追われた者達が集まり潜む廃棄区画。
政府もまたこの場所を知っていながら特に手を入れようとは考えていない。
臭いものには蓋をして、ろくでもない者は一ヶ所に集めてしまえばいい。
そう考え、ある種のガス抜きのように世を捨てた人間達の逃げ場所として機能させていた。
当然監視の目は高級住宅街のそれに匹敵するほど徹底されており、廃墟と言えどもある意味一定水準の安全は保証されていると言ってもよかった。
だが、当然綻びは生まれる。
廃教会の大広間。
壁際にくくりつけられたライトで照らされるその場所には二十人以上の男女が集っている。
神父の如く壇に立つのは若い男だった。
「よく集まってくれました、同盟者諸君。
今宵の邂逅、母星様もさぞ喜んでおられることでしょう」
『解放同盟エルシア』
新興ながらに世界で広く普及した思想集団。
『強大な魔法の行使は地球を傷付ける』と言った理念からなり、ハハボシ様とは彼らのイコンにして還る場所とされている。
多くが狩人社会での挫折を経験した脱落者で形成されており、魔法や戦闘行為に抵抗を持つ者がほとんど居ないということから、武力行使のハードルが他の思想集団や反思想組織と比較しても低く、規模と危険性から国際手配組織として各国でその動向を追われていると言うのが実態だった。
「力を求め狂う悪しき教えの蔓延る世界。斑鳩はその最たる地でしょう。
貴方を嘲った者、貴方を嗤った者。彼らは今もなおのうのうと息をして、ハハボシ様を痛め付け権勢に酔っています」
誰かの奥歯を噛み締める音が聴こえる。
その若い男の煽りを流せる者はこの場にはあまり多くなかった。
それぞれが思い起こす苦い記憶。
嫉妬と羨望から道を踏み外し、挫折に泣いた日々がフラッシュバックする。
弱った心を癒してくれたのは『母なる地球のために、強者を討ちなさい』という蕩けた言葉。
その大義名分によって弱さが正しさとなり、与えられた使命を疑う思考は容易く奪われる。
「悲しいことに、かの狩人養成所においてまた今年も新たな厄災の火種達が燻っています。
我らの度重なる警告を無視し、破壊者を際限無く生むおぞましき機関。
ですが、此度の『説伏』によりそれも終わりを迎えるでしょう」
虚ろな顔の男女らの瞳に火が灯る。
その心には何にも代えがたい悦びがあった。
天命のもとに、かつて自分を踏みにじった明るい世界の住人を蹂躙すること。
口惜しい過去との決別を、彼らは今かと待ち続けていた。
「とある『同盟者』の助力もまた母星様のご加護と言えるでしょう。
この青き星のために、愚かな彼らを赦して差し上げるのです」
その言葉を皮切りに一人また一人とその場から立ち消える。
かつて弱者と貶められた者たちによる誰かへの復讐は、こうして始まっていた。