31話 談合再び
きな臭い、を一歩通り越して鼻っ面に叩きつけられた気分だった。
護国十一家、その序列一位である音冥家がテロリストの招聘?
洒落になっていない。そして目の前の人物はこんな空気で洒落など言いそうにない。
「キミ達一学年の生徒は定期的に近場での狩猟訓練をするよね」
「そうらしいですね」
青天の霹靂もいいとこな暴露話を打ち明けられたかと思えば、今度は学業についての話題。
話がころころ変わっているようで、多分これも地続きなのだろう。
予感が段々と脳裏に浮かぶ択を絞り、最悪に近い答えをいくつか用意し始める。
確かに一学年は何度かある管理所での訓練を全て旧都東京内で済ませる。
近々控えた狩猟訓練も相当な近場だった筈だ。
そう、それこそ常葉や神田といった───
「そうだよ。襲撃日はキミ達が神田に訓練に向かう日だ」
頭の痛い話になってきた。
解放同盟エルシアと名乗る魔法武装組織による襲撃。
それも狩人養成所の学生の出向日に合わせてのもの。
それだけならいい。
何より面倒なのは、音冥という護国十一家の頂点に立つ守護者が事態を唆し静観していること。
もちろん彼女が言っていることが全て真実であればだが。
「父はね、今年度の新入生を測るためにこんな事を画策したんだけど、どうやらそれ以外の手合が良からぬ事を企んでるみたいでね」
「つまり、茶番が本番に変わりつつあると」
茶番と評したが、魔法と異能で武装したテロリストの都市圏での破壊行為は十分度を超えている。
だが、そう言ったある程度コントロールされた不測の事態に際してならば月詠である俺や風霧であるセラ、他の名の知れた有望株の実力を読み取る絶好の機会でもある。
各家の秘蔵っ子を無理矢理表舞台に引きずり出し、その実戦能力を把握すること。水面下で脛の蹴り合いをしている護国十一家らしい顛末に溜め息をつきたくなる。
おそらく唆したと言っても直接どころか間接的とすら表現できない遠回しなものなんだろう。
月詠家の守護圏内である旧都東京にて有事があれば未然に防げなかった失態を被るのも当然月詠だ。
事が大きくなりすぎた場合には音冥であるこの人に終息させれば家名は上がるという算段か。
ざっと考えただけでも無数の策謀が渦巻いている上に多分実態はこの程度では済まないだろう。
「うん。だからキミに何とかしてほしいんだ」
無茶を承知で言っているようには見えない。
どちらかと言えば出来て当然といった確信じみた言葉だ。
「お家の意向は無視すると?」
「私にはあんまり関係ないからね」
いや、貴方の家は困るでしょう。
と言いたいが、この人の力を以てして音冥は序列一位に登り詰めたわけであり、組織内においてもそれなりの権力と高い自由度を持つのか?
それにしても少し奔放すぎるというか、家格への関心の薄さが凄い。
「私が動けば面倒が起きるから、その場に偶然居合わせたキミが対処するんだ」
どのみちそういった事態ならば俺が当たらなければならない事案だろう。
期待されていない欠落長男だろうと月詠を名乗っている内はこの旧都東京は守護圏内だ。
知り合いの多いこの街で好き勝手されていい気などする筈もない。
「それで。対処して、その後どうしますか?」
「……へえ」
満月のような金眼が僅かに歪む。
愉しさを見出だしていると理解するのは難しくなかった。
身内がテロリストをけしかけるが、不明な第三者の介入によりその脅威度が跳ね上がるかもしれないから対処してほしい。
そこで話が終わる筈がない。
だったらこんな場を設ける必要はないだろう。
解放同盟エルシアを音冥家が唆したことを捕えられた賊が漏らし万が一にでも明るみに出れば、臨時の『十一会合』を開かなければならない程の大問題だ。
尻尾を掴まれるようなヘマをするとは思えないが、可能性の芽を一つでも残すことの危険性を知らない十一家はいないだろう。
「全員生かしてほしいんだ」
「わかりました」
殺すのはとても簡単だ。
ただ相手を欺いて、より強い力で叩けば終わりだから。
だが生け捕りとなれば難易度がぐんと上がる。
相手が殺す気で向かってくるのにこちらは無力化がせいぜいとは。
手足を斬れば出血で死ぬ、締めれば死ぬ、転ばせるだけで当たり所が悪ければ死ぬ。
簡単な話じゃない。
「じゃあ、今日のところは終わりだね」
執行委員会についての話はどこへ?
という言葉を噛み潰し、じっと彼女の瞳を見る。
何をする役員なのかはまるでわからなかったが、当面どうするべきかは何となく把握できた。
五日後の月曜日がメーデーだ。
当然、黙って待っている気など無い。
「それから」
席を立ち背を向けた俺にかかる声があった。
また爆弾発言でもされるのかと身構えそうになるのを堪え、半身だけ振り向く。
「またノアって、呼んでいいよ」
「……わかりました」
昔の俺は随分と怖いもの知らずだったようだ。