29話 委員会
魔力に見初められた魔法使い達を狩人と呼び初めて一世紀近くが経つが、その定義は時節によってまちまちだ。
大魔法の撃ち合いをしていた頃は兵士として、人々が超常の問題に立ち向かいつつあった頃は解決人として。
正しく狩人であった頃は、『竜』の大量発生に際しての大規模な掃討作戦の時くらいだろう。
現代では狩人とは主に魔法とレベル、それからステータスや異能と言った魔力由来の自称に何らかの形で携わる人々のことを指す。
つまりは何にでもなれる。何としても使われる。
それゆえにこの国立狩人養成所斑鳩校のカリキュラムは浅く広く組まれている。
「なあ、ハガネ。戦闘基礎って要ると思う?」
隣の席に座る茶髪の男子生徒、利根サカキがそう俺に訊ねてくる。
時刻は十時過ぎ。次の授業までの休憩時間だ。
「俺なんかはちょっと魔法の才能があったから養成所に来ただけでさ。
誰かのために戦うつもりも無いし、そもそもこの学校じゃ平均よりちょい上程度だし」
言いたいことはわかる。
人類は久しく戦争というものを控えている。
水面下での小競り合いは当然あるものの面立って殴り合う国家単位の組織はこの二十年ではほとんど存在しない。
そんな時代で戦う力などつける意味はあるのか。
「誰しもが魔法という凶器を懐に隠して生きてるんだ。
数式の羅列を覚えるよりかは護身術の一つでも齧ってた方が身のためじゃないか」
「優等生の解答だぜ……」
項垂れるサカキ。
確かに戦闘訓練など学生が行うものではない。
いざという時、とは言うが、そのいざになる前に未然に防ぐのが『護国十一家』や『守護の一族』に連なる者たちの務めだろう。
つまり俺の仕事だ。
「あーあ。探検家とかありゃあ即就職待ったなしなんだけどなあ」
「…………そうだな」
この世ならざる景観に蔓延る異形。
奥地には強敵が潜み、倒した暁には貴重な武具が手に入る。
都合の良い夢だ。
「そういやハガネは先輩たちに会ったか?」
「ああ、今日からか。会ってないな」
一学年だけ施設の利用方法や授業のあらましなどを実地で教えるために他学年の始業よりも早く登校していた。
ゆえに一週間経ってようやく先達との邂逅となる。
狩人学校では『現地訓練』により、たった一年でそれまで生きた何倍もの経験値を得ることが出来ると言われている。
一年違うだけでその力量差は歴然らしく、明確な優劣が存在する。
「クラブや委員会も今日から見学できるらしいぜ。
つっても委員会関連は怖い人ばっからしいけど……」
「怖い人、ね」
国立狩人訓練所斑鳩校における委員会は上に三つの組織があり、そこから枝分かれして五つの計八つとなっている。
総会などを取り纏める『評議委員会』。
校内の治安の維持や、新しい規則の打診の受け付け、もといその精査を行う『風紀委員会』。
クラブ活動や学外活動を支援、統括する『文化委員会』。
いずれも生徒査定に響くと言う程ではないにしろ、その肩書きは安いものではない。
特にそれぞれの会長を務めさえすれば卒業後の進路に困ることはそうそうないとされている。
だが、俺には関係の無い話だった。
家が忙しいからとか、メリットを感じないからとかではない。
「……ハガネ君は、『あれ』だよね」
サカキの後ろに座る、癖毛を弄る女子生徒、上木シイナが眠たげに言う。
あれ、とはなんなのか。わからないわけではなかった。
「…………あー、ハガネはそうか。
御愁傷様」
「随分な言い様だな」
とある年度に限り八つの委員会に加え、一つの機関が増設される。
無い年もあればある年もある。
それが機能することは稀だが、往々にしてあれば困りごとは減るであろう委員会。
「『執行委員会』だっけ。しかも今年度はたった二人だけの」
「……護国十一家、序列一位『音冥』……、先輩、だよね」
護国十一家の直系が在籍する期間に限り、『執行委員会』は設立される。
該当生徒の入会は半強制的なものであり、断る者はいない。
俺も入学前から決められていた。
そして俺たちの一つ上の代にも十一家の跡取りが在籍している。
つまりは俺と彼女の二人だけ。
しかも十一家内での序列一位と十一位という開きがある。
下手をすれば家格に響くのは間違いない。
執行委員会の役割と言えば、恐ろしいことに特に決められてはいない。
十一家に連なる者なら自分で決めろと言う自主性の強要なのか、駆け込み寺として存在していればそれでいいのか。
まだ俺には判断できない。
「挨拶しにいかなきゃな」
「……うわ。俺だったら絶対嫌だわ」
俺もあまり乗り気はしない。
なにせ相手はあの『音冥ノア』だ。
全ての才を持った少女。
鬼神。神に愛された剣士。
「ハガネは会ったことあるのか?
同じ十一家だろ?」
「ないな。あの人はどういうわけか表舞台にあまり出てこない」
本当は幼少の頃、音冥家と月詠家の密会のような形で出会ったことがある。
と言ってもおぼろ気であり、相手も覚えていないだろう。
長年序列六位以下、つまりは下位に甘んじていた音冥家は、この五年で瞬く間に序列を上げた。
緊急時を除けば年に一度、『十一会合』と呼ばれる十一家の各当主のみで開かれる会議にて序列は決定付けられる。
その家の表あるいは裏への影響力、財力を自供し合い腹を割って共有する。
馬鹿正直に全て伝えているのかは会議に出ていない俺は知らないが、序列に応じて様々な特権が与えられる辺り駆け引きのやりようはあるのだろう。
そんな家格決めにおいて何より重視されるのが、『問題解決力』である。
魔法という既存の枠組みから大きく外れた武力による国内外問わずの脅威から、護国という大義のもとにどれだけ国土と国民を守護できるのか。
音冥家の躍進はそこにあったと聞く。
「音冥ノア先輩だよな。なんかすげー怖い人らしいけど」
「……最強、でしょ。あだ名が。
ハガネ君、頑張ってね」
「二年生にして学内最強かあ。
それって先生とかも含めてなのか?」
サカキとシイナの会話は今他のクラスの生徒も似たような内容で盛り上がっているであろうものだった。
強さと言うものはいつだって人をときめかせる。その刃の向き先が自分ではない限り、頼もしくありがたいものだろう。
だが、二人の会話の中に一つ間違いがあることを俺は知っている。
厳密には、音冥ノアは学内最強という表現は正確ではない。
彼女は国内最強の狩人である。