28話 登校日
気持ちの良い朝だった。
だが晴れているわけじゃない。
車のフロントガラスを打つ雨の音を聴きながら、俺はぼんやりと外を眺めていた。
狩人学校の多くは送迎用のバスが用意されている。何故かと言えば、その馬鹿高い学費の使い道もそうだが、ひとえに彼らは武装しなければならない、という点だった。
街中での武器の携行はたとえ狩人であっても平常時は許可されていない。
だが、狩人学校では武装前提の訓練もあることから、校内に備蓄された武装だけでは賄いきれないことが多々ある。
そのために生徒は武器の携行を勧められ、学校指定のバスや一部の経営タクシー、事前に許可を得た近親者の送迎のみが主な移動手段となる。
俺の場合は月詠家専属のタクシーだった。
家の負担になることに抵抗があるが、腐っても護国十一家の一柱と言うことか、これを拒否したところで家が大いに助かるかと言えばそんなことはあり得ないだろう。
運転手は月詠家の給仕長、自称メイドのカエデさん。
夜中に玄関を叩くのも悪いと思いずたぼろの服のままに朝帰りした俺を呆れた顔で受け止めてくれた度量の深い女性である。
服は一つ下の妹セツナに見付からないように処分してもらい、再び新しい物を用意してもらった。
この短期間で何回換えるのかと自分でも呆然としたくなるが、一度は死んで、一度は死合ってのことなのでどうしようもない。
「セツナ様がお怒りでしたよ」
前を見たままカエデさんが助手席に座る俺にそう話しかけてくる。
耳の痛い話だ。
雨音で聞こえなかった振りをしたいくらい。
「十五なら、朝帰りくらいしますよ」
「色気のある話ならまだわかりますが、そうでない場合、私も気が気でならないのです」
三月の終わり頃。凍てつき、雪が染みたぼろぼろの服で明け方に帰ってくる名家の長男。
確かに異様かもしれない。
「……私にも、言えないことなのですか」
「折を見て話します」
「…………そうですか」
それ以上カエデさんが追求してくることはなかった。
俺の返答が望んだものでなかったとしても、メイドの領分を超えることはない。
レベルが0を下回って以来、セツナともカエデさんとも段々ぎくしゃくし始めているような気がする。
素直に話せば楽になるのだろうか。
誰かが解決してくれるのか。
あり得ない話だ。
俺のレベルやステータスが狂ったからと言って、大局的な問題が出るわけではない。
俺が突然死ぬかもしれない身体になったところで月詠の体の良い駒が一つ減る可能性があるだけだ。
親父に伝えたところで外法に近いこんな力ではかえって月詠の評価は地に落ちるだけで歓迎などされないだろう。
魔力を必要とせず、予備動作を必要とせず、使用制限すら無い。
知られれば良くて拘留監禁、特殊異能実験体で研究所暮らし、普通は処理されて終わりだろう。
ただ静かに、あの雪の中で剣を振るっていたい。
そんな甘えを世界は許してくれない。
「それでは、いってらっしゃいませ」
今日も始まる。心落ち着かない日々が。