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22話 降るものたち

分厚い迷宮の床をぶち抜き落ちた先は、一面の銀世界だった。


「…………はあ」


そうですかとしか言えない。

高い天井から深々と降る淡雪。積もったそれをウサギ型の獣がかき分け跳ねている。

天迷宮ダンジョンの光源と言えば、赤黒い壁に通る静脈のようなラインだが、この階層では一際強く感じる。


何より驚くべきことに、この階層では木が生えていた。

何を栄養に育ってんだよと言いたくなるが、まあ多分魔力だろう。

松? 柿の木? よくわからないが既存の種かどうかも怪しい。


「…………綺麗だな」


不可思議と理不尽ばかりで諸手を上げて称賛はしたくないが、この階に広がる景色はどこか浮世離れしていて心地よかった。

異世界の筈なのに、どこか懐かしい気もする。

多少肌寒いが、申し訳程度の変装のために学校指定の狩人装束の上から上着を被っていた甲斐あり動けないほどではない。


迷宮の冷たい壁に背を預け座り、チョーカー型携帯端末『NeXT』で投影した画面から時間を確認する。

午後四時前という微妙な時間だ。

親父には見向きもされなくなったことによって、門限は無くなった。

いざとなればもぬけの殻とは言え、引っ越し先である月詠傘下の会社のマンションの一室にでも帰ればいい。

というか休息は必要なのか?


「…………いや、要るか」


疲れとは必ずしも肉体に限ったものではない。

どちらかと言えば心労の方が実感する機会が多いまである。

心落ち着く場所で目を閉じ耳を塞いで、しがらみから一時的に逃れる。

それはどれだけ精強で心根の強い者でも不可欠な儀式だろう。


「心落ち着く場所、か」


どこなのだろうか、それは。


特異な異能を代々持つ家に生まれて剣を振るうしか能が無かった。

それだけに留まらず、奇妙なことにレベルは下がりステータスにはあり得ない数値が記載されている。


誰に打ち明ければいい?

打ち明けて自分だけ楽になって、相手に何を背負わせる?

それを考えると口外なんて出来ない。

抱えて生きていくしかない。

最大体力0のまま、いつ整合性の確認で命が終わってもおかしくない恐怖と孤独感は拭えない。


家のことだってそうだ。

母さん達が遺して繋いだ月詠という家名と家格。

護国落ちという未来を回避するために誰もがやりたくないことをやっている。

才能が無いからと言って責務を妹に押し付け裏方に専念するなど虫のいい話だ。

だからと言って表だって出来ることは限られている。


「…………つめた」


いつの間にか髪に積もっていた雪を払う。

そうか。

こんなことを改めて考える余裕なんてここ半年はどこにもなかった。

多分、ここが俺にとって心落ち着ける場所なんだろう。


一時も気の抜けない超高レベル帯の天迷宮ダンジョンの片隅が唯一休まる場所とは皮肉が利いている。


耐久限界の迫るトコハの曲剣を抱くように持ち、目を閉じてみる。

降る雪の音だけが聴こえる。

何も見なくてよくなった世界は、とても暖かかった。


いっそこのまま降り積もる雪の中で。


「………………ぁ?」


まどろみかけたその時、座り込む俺の眼前に気配を感じる。

大きい。

このまま食われるのだろうか。


「…………鹿?」


全身の毛並みが白で覆われた鹿だった。

鼻先で俺の頭をつついているが、攻撃らしい攻撃はしてこない。

全ての獣には人間に対する敵対意識が設定されていて、種によって異なるのはその適用距離だけだ。

これだけ近付いて俺を敵として認識しないとはどういうことなのだろう。


いや、これも『侵食更新アップデート』絡みの何かか。

天迷宮ダンジョン内に配置される新しいNPC(モブ)か何かだろう。


「いだっ」


普通に横からどつかれた。

地に伏せた顔に冷たい雪が触れる。

やっぱり敵じゃねえか。


だが、白い鹿はくるりと背を向け歩きだしてしまう。

何がしたいんだ? こいつは。


「…………?」


行ったかと思えば、今度はぴたりと止まる。

立ち上がり雪を払っている俺を振り返りじっと見つめてくる。

まるで俺を待っているかのような。


「……………………わかったよ」


観念した。

俺が歩み出すと、白い鹿もまた歩き出す。

超危険地帯である迷宮の中で、敵対生物である獣に導かれどこかへと足を運ぶ。

異様なれど、悪い気はしなかった。

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