19話 装飾品
『ロスト』は青黒い甲殻に身を包んだ蜘蛛型の獣だ。
速さはレベル144という高さにしてはそこそこなものの、防御力という点で見れば雑魚敵として作られたにしてはいささか硬すぎる。
そして何より獲物に対しての貪欲な姿勢。
喰らうことでなく、殺すことが優先されている。
だが、目の前の『ノーブル・ロスト』という赤いオーラを纏った個体は少し様子がおかしかった。
俺を見て固まっている。
機を窺っているわけでもない。侵食プログラムの誤作動で命令中枢に異常でもきたしたのか?
「…………断つ」
このままにらめっこしていても仕方がない。
敵である以上斬るしかなく、止まっている相手を介錯するのに俺の異能は打ってつけだった。
燐光となって地に還ったノーブル・ロスト。
その亡骸があるべき場所には煌めく何か。
「金でも落としたのか」
罠ではないだろう。
近寄ってみれば、それは鋏角を模したモチーフが付いた銀の指環だった。
───
【S】八握爪
攻撃力補整値+5
異能【糸涙】
(希い能わず、汝哀しみの果てに──)
───
ノーブルの名に恥じないというか、驚くことにSランクの武具がドロップしていた。
だが、ステータス欄の装備確認画面に表示された詳細情報を見ても、何一つとしてわからない。
剣なのか?盾なのか?
確かに腕に嵌めるタイプの拳爪のような武器はあるが、指に嵌めるものなんてあったか?
それにもっと気になるのはこの異能の説明欄。
「…………哀しみの、果てに」
詩のようにも思えるこの一文に強い違和感を覚える。
異能の説明欄はいつだってお堅い文章と数字だけが並んだ簡素なものだ。
これほど要領を得ない、宙に浮いた文章など見たことがない。
使ってみるか?
「………………」
やっぱりやめよう。
分類分けされていない正体不明の武具(?)の怪しい異能。
こんな小さなアクセサリでもSランクというヤバい代物だ。
下手なことは出来ない。
あれ?
「アクセサリ?」
『ASTRAL Rain』のシステムはともかく、現実世界に装備数の制限はない。
だが、例えば同じ手に二つ武器を握った場合にはステータス画面にエラーメッセージが出ることがある。
あくまでメッセージのみで何かしらの強制力が働くこともないために、ただのシステムの残滓だと言われている。
俺は今、右手の人差し指に『八握爪』を通し、同じ手で『トコハの曲剣』を握っている。
だが、一つとしてエラーメッセージが出ることはない。
「…………アクセサリ判定なのか」
なるほど、解決だ。
よし、下層に行こう。
「……」
そう言い切れればどれほどよかっただろう。
武器や防具とは別、『アクセサリ』であれば、同一箇所の装備重複扱いにならずに警告のメッセージは出ない。
俺が今こうして警告無く装備していられるのもそのためだろう。
だが、一つ問題がある。
『ASTRALRain』に、『アクセサリ』という概念などは存在しない。