17話 降りず、落ちて
「『一閃・飛沫』」
月詠に伝わる剣技。
その中でも基本とされる最初の抜刀術。
トコハの曲剣に鞘は無いため、左腰に溜めを作るように構えて解き放つ。
蜘蛛型の獣『ロスト』の脚に当たる。
当たりはするが、甲高い音を立てて光が散るだけだ。
切断には至らない。
この『トコハの曲剣』も相当な業物だが、やはりロスト側に設定された防御力の数値が高すぎるのだろう。
武器耐久値は剣技を当てるごとに目減りしている。
「……そうだ! 武器異能!」
先程は確認を忘れていたが、Bランクの武器ともなれば武器固有の異能が備わっていたりするのではないだろうか。
そう思い立って、ロストと距離を取りトコハの曲剣の武器詳細画面を確認する。
───
【B】トコハの曲剣
耐久値:68/102
攻撃力補整+122
俊敏性補整+25
異能【炎弾】
(魔力を30消費して魔法力依存の威力の炎のつぶてを放つ)
───
ああ、使えないわ。
すぐ脇に見た今の俺の魔力は見慣れた0/0。
というか武器の補整値ってこれもしかして逆効果なのでは?
マイナスになればなるほど膂力が上がる今の俺の身体にプラスの補整を掛けたら駄目なのではないだろうか。
「うーん、頭が割れそうだ」
というか今の俺のステータスは……。
───
月詠ハガネ(15)
Lv.-69(総獲得経験値-9822pt)
体力:0/0 魔力:0/0
攻撃力:-265
防御力:-26
魔法力:-33
俊敏性:-498
異能【夕断】
───
「えっ」
マイナス69って何があったんだよ。
もしかしてさっきの『階層主』とやらの巨大花の経験値分だけでこんなことになったのか?
【夕断】を使って遠距離で両断してしまったからレベルだのステータスだのは確認できずじまいだったが、よく考えればレベル144の雑魚敵が蔓延るこの階層のボスを倒したらレベルが(マイナス方向に)跳ね上がるのも無理はないのか。
「…………ちょっと待てよ。拾得経験値は彼我のレベル差が計算式に割り込んでくるはずだろ」
自分より強い敵を倒せば経験値は多く、逆に弱い敵を倒せば少なくなる。
レベル144の敵とレベル-69の俺のレベル差は『213』。
つまり補整値に限度が無ければ拾得する(俺の場合は失うだが)経験値はとんでもないことになってしまうのでは。
考えている間にも馬鹿げた速さの大蜘蛛に襲われてる俺。
捌く度に剣の寿命を感じる。
しかし何も考えず受けていたわけじゃない。
この『ロスト』なる蜘蛛型の獣はやはり魔力から創造された産物なれど、今まで見聞きした獣たちと同じように現実世界に囚われている。
つまり、ゲームの中のように体力を0にしなければ倒れないと言うわけではない。
腕を斬れば怯み。脚を斬れば止まる。
喉を斬れば死ぬのだ。
あくまで体力とは後天的な観測要素の一つ。現象を説明しているだけの数値にすぎない。
なれば、この蜘蛛のおそらく膨大な体力も急所を抉れば無に帰す。
「刃が通るとしたら、一つ」
次の飛びかかりを待つために姿勢を低くする。
失敗すれば何が起きるやら。だが迷うこともないだろう。
一度死んで0になったこの身なら。
発達した鋏角で喰い破らんと突っ込んできた大蜘蛛の一撃を縦方向にかわす。
その頭上を飛び越えるように宙に浮き、空中で身体を捻り『トコハの曲剣』を両手で握り込む。
「背中ァ!貰うぞ!」
全体重全腕力をかけた一撃を大蜘蛛の頭胸部と腹部を繋ぐ間接部分に叩き込む。
いくら硬い装甲で身を固めようとも、生物を模している以上存在してしまう明確な弱点。
その身体は分断されど、生物的な内容物がこぼれ出すことはない。
淡い光となって散っていくその死体。
この世界に根差していない、魔力に依存した存在という証拠だ。
何にせよ、勝った。
これで常葉市に、ひいては日本に平和が訪れた。
めでたしめでたし。
「なんてわけ、ないよな」
ぼとり、ぼとりと背後で音がする。
そりゃそうだ。
蜘蛛型の獣『ロスト』は雑魚敵である。
それはつまり、降って湧いて出る使い潰しの存在であるということ。
「仕方なし、斬るか…………………………ってオイ待て」
ぼとりぼとりぼとりぼとりぼとり。
まるで止まない嫌な音。
一匹、また一匹と増えていくロスト。
苦手な人が見たら卒倒不可避の最悪の絵面だろう。
これは戦うとかそういうのじゃない。
逃げ一択だろう。
逃げる?
「どこへ逃げればいいのやら」
もう囲まれてる。
あの巨大な螺旋階段からはかなり離れてしまったため上にもいけない。
一見詰んでる。
天迷宮の無慈悲さを身をもって体感した。
横も駄目、上も駄目。
「だとしたら、下しか無いな」
一層一層味わって、宝を取って敵性存在を記録して。
そんな天迷宮の醍醐味に興味はない。
階層主を倒さなければ次の階層に行けないなんて、誰が決めた。
「【夕断】」