14話 その名は
尽きぬ泉の如く湧いて出るレッサー・ガウルたち。
管理所はなぜ大規模な掃討作戦を取らず、局所的な封鎖などという消極的な手を取ったのか。
答えは考えても出ない。
出ないなら見に行けばいい。
目の前に立つ獣だけを両断し、一気にバリケードの中に侵入する。
返り血すら振りかかる間もない突貫。
今さらだが疲れないだけでなく、やはり俊敏性も向上している。
『-133』という値だが、カタツムリになる心配は無さそうだ。
湿った管理所の土が獣で多い尽くされんばかりの海になる。
一際高い木に登りやり過ごしてはいるものの、もはや地上に居場所はない。
異常、どころではない。
「大抵の繁殖過多は餌の数の増加だが……。
こいつらの餌って言えば」
なんだ?
肉? 野菜? 骨?
「…………いや、待てよ。
そもそも、正常な繁殖なのか?」
『レムナント集積研究所』に置かれたスーパーコンピュータ群は、世界的な人気を博したVRMMO『ASTRAL Rain』を読み取り、人の意思の電気信号を擬似的に再現してこの世界に侵食を果たした。
最初に生まれた獣や竜の多くは魔力からと言われているが、現存する多くの異形は卵生あるいは胎生による雌雄を必要とする繁殖方法のはずだ。
だが、眼前の増え方はとてもそうには見えない。
「………………虫喰い」
世界の齟齬。
願いのソースとなった情報は完璧に読み取られたとされるも、それを変換する際に齟齬が発生する。
そうした歪みは虫喰いと呼ばれ、世界の破綻である以上迅速な修復が必要とされている。
「どこだ…………、世界の欠損は」
つぶさに注意深く、樹上を駆けながら探す。
雪崩込むように現れ、俺の匂いを嗅ぎ付け木に爪をたてる獣たち。
近い。
この辺りに歪んだ何かがある。
「【夕断】」
限界まで奥行きを拡張し、深い斬撃を生む。
狙いはレッサー・ガウルではない。
更にその下。
一撃ではなく、五メートル四方の四角い型を取るようにそこを暴く。
見えたのは、地下に続く黒い巨大な螺旋階段の一部だった。
「…………………………嘘だろ」
驚愕はそれが何なのかわからなかったからじゃない。
その逆。
何なのかわかってしまったからだった。
今の世界は獣や竜に脅かされない、平和で優しく、つい人間同士で争いたくなるほど退屈だと評されている。
一昔前までは狩人は宝探しも兼ねていた。
この世界に無数に存在するその場所には幾つもの財宝が隠されていて、中には世界を変えてしまうほどの力を持った『神器』と呼ばれる者も存在する。
だが、手にした者はいない。
なぜ存在すると断言されているのかと言えば、今の世界の侵食の大元であるVRMMO『ASTRAL Rain』のソースコードのほとんどは既に解析され、攻略本と言う程ではないにしろある程度実装されていたアイテムやモンスターは『星雨書庫』に纏められ開示されている。
しかし、その場所の多くは各国が派遣した精鋭達に探検しつくされ、いつしか人々はそこに夢を見出ださなくなっていた。
その場所の名は『天迷宮』。
世界で全ての場所が発見、報告し尽くされ、もはや未知のものは存在しないとされていたそれは、随分と呆気なく俺の前に姿を現した。