11話 日常
五十年前の『竜災』による西日本の壊滅的打撃を受け、日本国では首都を北部へと移し、旧首都東京は行政ではなく狩人の養成育成の聖地となっていた。
斑鳩市はその題目とも言える場所であり、市井の人々の多くは狩人に連なるか縁の深い者となっている。
『国立狩人養成所斑鳩校』
それが俺が通っている高等学校の正式名称。
と言ってもまだ一年目の一週間だが。
上級生には会ってないし、高名な狩人揃いの教師陣の顔も把握してない。
馬鹿みたいに大きい校舎は正方形を描くように四つの棟で形成され、中央の窪地には芝生のグラウンドが広がっている。
斑鳩市を、ひいては東京を代表する狩人養成所というだけあって、金に糸目はつけていないらしい。
第一校舎の玄関を土足のまま通過し、二階にある教室へと向かう。
俺の在籍するクラスは『1―A』。
狩人養成所の多くは教育の進行の都合上、足並みを合わせるためにアルファベット順に優れた生徒を配置していく。
天才が凡才に混ざり置き去りにされないよう、その逆もまた起こらぬように、反対の声も少なくはないがある意味生徒のためを思っての制度なため、今現在でも存続している。
『A組』というのはその代の成績優秀者の集まり。
同年代と比較して高いレベルを持つ者、レベルに依らずステータス値が高い者、特異な異能を持っている者など。
非常に濃い構成となっている。
立て付けの良い引き戸を開け教室の中に入れば、一週間とそこらながら既に見慣れた光景が広がっている。
「おっ、大将!」
「……月詠君、おはよ」
「大将はやめろ、サカキ。それとおはよう、シイナ」
明るい髪色のムードメーカー的存在である男子生徒、『利根サカキ』。
いつも眠たげな小柄な女子生徒、『上木シイナ』。
二人だけでなく他のクラスメイトにも挨拶を返し、自分の席に座る。
狩人養成所の学習机は少し変わっている。
まず平面ではなく、楽譜立てのような『投影台』が付けられ、紙とペンを使うことをあまり想定されていない。
ひとえに授業内容が魔法や獣狩り等に偏ったことで、紙の教科書では追い付かないことが多いためだった。
「あれ、大将。『ネクスト』変えた?」
チョーカー型携帯端末『NeXT』。
剣と魔法が急速に広まった現代でも科学は今まで通り、ないしは今まで以上に人々の生活に欠かせないものとなっている。
とりわけ多様な情報社会の中で、通話や通信機能を備えた携帯できる端末の進化は著しく、この十年で遂に手に持つ必要すら無くなるほどに軽量化されていた。
その中で最も主流となったのが、首に巻くタイプのチョーカー型であり、犬歯を鳴らす事で操作の代替とする『歯音制御』や、声紋を登録する高精度な音声操作を主軸にしたことにより簡単な操作であれば両手が空くことから、日常から仕事場あるいは戦場まで幅広い場所で携行が当然となっていた。
操作画面は従来の液晶画面から空中投影へと変わり、投影されたタッチパネルを用いてのより具体的な操作も可能となっている。
「昨日鍛練中に壊しちゃってさ。
予備の安物でも意外と不便はないな」
当然嘘である。
いくら頑丈に作られているとは言え、昨日の大量の獣による襲撃で愛機は破壊されていた。
バックアップは常に同期しているためデータに不備はなかったが、設定から何まで初めからというのは中々に面倒だった。
「いや、ネクスト壊れるってどんな鍛練よ」
「……月詠家の鍛練。気になる」
右隣には先ほどから『大将』と呼んでくるサカキ。
その前の席にはシイナ。
「ハガネ君。貴方、また無茶したの?」
そして俺の前の席のこの女。
国を護る『護国十一家』と対を為すとされる一族の総称。
人、あるいは狩人を護る『守護の一族』と呼ばれる『風霧』家の一人娘、風霧セラ。
今日も今日とてストレートの銀髪とあり得ない美貌を振り撒いている、ジンより古い俺の幼馴染。
「死ななきゃ無茶とは言わないからな」
「死ななきゃ自分が馬鹿だと気付かないみたいね」
椅子に横掛けし呆れた顔で溜め息をつくセラ。
自分で言っておいてなんだが、死ぬような無茶は実際した。
その結果滅茶苦茶な身体になったし。
「……セラ、怒ってる?」
「あら、シイナ。この顔がそう見える?」
「……こわ」
百人いれば九十九人が見とれるような微笑みで圧をかけたセラ。
シイナは残りの一人の方だったのか、ただおののいていた。
「うっす、皆早いな」
「おはよう、ジン」
大きめの肩掛けカバンをどさりと置き、俺の後ろの席に腰掛けたジン。
今日も今日とて同じような一日が始まりそうだった。
「そう言えば、お前ら昨日常葉の管理所行ったんだよな。
今朝臨時閉鎖の通達が来てたんだけど、なんか知ってる?」
俺とジンが揃ったのを見てサカキが訊ねてくる。
ジンと一瞬目配せをして、語れることを語る。
「俺達が帰ったあとにトラブルでもあったんだろう」
「俺もハガネも大して狩れなかったから、今日の昼飯はグレードダウンだぜ」
今回の件の情報の秘匿は義務ではない。
狩人養成所に通う生徒らは一般人と言うより、狩人側、『ステータスや魔法に依存する不思議人間』側である。
多くの人は多少魔法が使えたとしてもそれで飯を食おうとも日常生活に活かそうとも思わないのが今の世界の現状だ。
安全性の観点から市街地での魔法の使用は禁止されているし、武器の携行も当然NG。
飛び抜けたステータスを持つ、言うなれば『拳一つで街を破壊できる人間』は隠しカメラどころか国防衛星で半ば強制的に政府の監視下に置かれている。
剣と魔法とステータスが全ての世界でも、人はそれだけでは生きていけない。
「管理所の発表では管理獣の生態系のバランスに乱れが出来てるとかではぐらかしてたな。
実際はなんだろ」
「……でた。サカキお得意の陰謀論」
サカキとシイナは魔法訓練校の中等部の馴染み同士だったために、双方遠慮が見られない。
勝手に場を回してくれるから俺としては助かるが。
「そろそろ一項目が始まるから、お喋りはその辺りにしておきなさい」
優等生を絵に描いて大袈裟に脚色したような存在のセラがそう言えば、皆椅子の向きを正し前を向く。
誰一人として俺の異変に気付くことはない。
そのことがとても嬉しく、若干寂しくもあった。