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100話 不死者

飛来する風の魔法。

薄緑のエフェクトを纏ったそれは俺たちが見慣れたものだ。

人種、国籍が違おうと、人間に許されるのは6種5段階の魔法だけ。



「よっと」



ハクさんの軽い掛け声と共に、横凪の風の魔法が俺たちに向かってきたものと相殺する。


俺とハクさんが並び立ち、その後ろにはこおり会長と黒鯨こくげい

少し立ち回りづらいか。



「き、北インド、星央寺院……?

あの、六海むつみ先輩、それって何かの間違いじゃ……」


「…………ま、無理もない反応かな」



『北インド星央寺院』。

世界で同時多発的に発生した竜災後、残された土地と水源を発端として、旧インド地方は戦乱に包まれた。

東西に別れ各国の支援を受けながら5年続いた争いに終止符を打ったのはどこからか現れた一人の仏僧だった。


汚染されたインド洋から北上し、再統合された民は集い、ヒンドゥー、イスラムの教えを排すという奇異な仮定を経て現在の国名に至る。


歴史書に記されているのはこの程度のことだ。

そして今現在、北インド星央寺院は世界でも最も穏やかな国(・・・・・・・)として注目を集めている。


曰く、『癒しの国』。

立ち寄れば風光明媚な自然と旧時代の建造物に出迎えられ、アジア圏屈指の高い医療レベルも相まって、心身ともに療養可能とすら言われる観光大国。

日本からも毎年数万人が旅行に訪れ、互いを友好国として認めるほどに関係は悪くない。


そんな国が、日本に侵略を?

郡会長が疑問に思うのも当然だった。



「───……、──、────」


「聴かれてますね」



現れたのは男二人と女一人の計三人。

全員が金色の錫杖のようなもので武装しており、纏う服は揃って灰色の僧衣だ。

一番前に立つ男が耳に巻くタイプの携帯端末を触り、そして他の二人と会話をしている。



「自動翻訳にしたって、随分と音を拾うね」


「軍用端末にしてもこの距離で高精度な翻訳が出来るとは思いませんが。

迂闊なことは喋らない方が良さそうですね」



相手は侵略者。

そして今なお肥大化し続ける『アジアの濁流』だ。

技術力も想定を超えていても何の不思議もない。



「───!」


「来るか」


「少年、サナのこと任せていい?」


「はい」



相手は三人、守るもの無し。

こちらも三人、だが雰囲気的に郡会長は実戦経験が多くなさそうだし、何より黒鯨を傷つけられてはちょっと困る。

ハクさんは武器も何も持っていない俺を多少は信用してくれているのか、大事な役割を俺に任せて前に出る。



「さあ、ご覧あれ。君たちもよく知っているだろうけどさ!」



ハクさんのご機嫌そうな声。

ポケットに突っ込んだ手、そこに握られていたのはつい今しがた黒鯨内で見せてもらったあの猫のキーホルダー。

新しい武器区分である『天解機装フリードウェポン』、猫を象った直剣『火紛ひまぐれ』。



「───、───!!!」


「──────」


『やはり猫か。落としたのは失敗だった。

だってさ』


「おっ、この距離ならアストライアでも訳せるのか」


『そりゃあれだけ叫ばれたらこの端末のマイクでも拾えるからね』



アストライアが北インド星央寺院の『戦僧ハサドゥ』の会話を拾って訳してくれた。

落とした、要はこの蛇の大地から猫型の機械の獣をハクさんの管理室まで魔法で落としたのは彼らで間違いないようだ。

しかし、彼らはどうやってここを見つけて、そしてどのようにしてここまで来たのだろう。



月詠つくよみ君は知ってたのかな?」


「何をですか?」


「……北インド星央寺院が侵略を始めたってこと」



俺の背後から郡会長が声をかけてくる。

荒事の経験が無いわけではなさそうだが、如何せん相手に戸惑っているようだ。



「だって、つい最近まで外交関係だって良好で、斑鳩校の生徒だって旅行に行ったとよく話していたり……。

それがこんな突然豹変して」


「郡会長、豹変ではありませんよ」


「……えっ?」


「彼らはハナから侵略者です。

ただ、とある理由から見逃されています」



魔法を伴う武力行為は国際社会では大いに非難される。

汚さず、目立たず、予測できない魔法による制圧は攻撃する側が圧倒的有利であり、ゆえに仕掛ける者が存在しないよう世界は立ち回らなくてはならない。


そんな中でこれほど堂々と侵略行為を働いて見逃されるなんて甘い話、普通はない。



「少年、そっち行った!」


「了解」



三対一であろうと当然のように優位に戦いを進めていたハクさん。

その戦闘力の開きを見て、まともに相手をしても仕方がないと判断したのか。

一人が脇を抜けて俺と郡会長の方へと向かってきた。

若い男の戦僧だ。手足は細く、僧衣は少し汚れている。

ジェスチャーで郡会長を下がらせ、グローブで隠してある左手に力を込める。



「───!」


「錫杖、叩きつけ」



工夫も何も無い、無さすぎて逆にフェイントの類いを疑う一撃。

左手で受け止め、目が合う。



「──?────!」


『しーじゃ? 多分武器のことかしら、どうやって素手で? みたいなニュアンスね』



どうやって素手で? 俺が受け止めたことに疑問を持っているのか?

ならばこの錫杖は素手では受け止められない何かからくりがあるのだろうか?



「少年! あんまりその棒には触らない方がいい!

どうやら魔法でコーティング出来るみたい!」


「なるほど」



一人、ハクさんが相手をしていた女の戦僧がみぞおちを蹴り抜かれ転がり悶絶している。

あの人のステータスで本気で蹴ればブーツの先が胴体を貫通しているだろうから相当手加減しているのだろう。

倒すのは簡単でも、探れるだけ探ろうという考えかな。



「なら、俺もそれに乗ろう」


「──!」


「いや、離さない。

こうしてド突きあってると、言葉の壁も無いようなもんだな」


「──! 『──』!!」



俺が左手でがっちりと錫杖を握れば、完全な膠着状態だ。

おそらく今、この男は魔法の類いを使い、さっきハクさんが言っていたように錫杖に魔法を纏わせようとしたのだろう。



「──!? 『──』!『──』!!」


「なるほど、面白い汎用武器だな。

ならこの場合はどうなるんだ」



握り返し、力を込める。

左手のグローブの下から銀色の光が漏れる。

雪禍せっかの異能を錫杖に込める。



「───!!」


「遅かったな」



錫杖を伝って男の右腕が凍り付く。

蒼白の上に苦悶を浮かべる顔、浅黒かった肌の上に水泡が浮かび、それすら音を立てて凍っていく。

後ろで見ていた郡会長の小さな悲鳴。

そんなものを無視して、思い切り男の腹を蹴り抜く。



「───!!!!!?──!!!!」


「──!?」



凍った腕は錫杖を握ったまま、主の胴体から分離した。

俺の左手には錫杖と、それを握る誰かの腕が引っ付いている。

かなり大袈裟に蹴り飛ばされた男は右肩を押さえながら、全身で息をしている。

患部が凍っているため出血はほとんど無い。


錫杖を持ったまま、前で戦っていたハクさんの方へと向かう。



「惨いことするね、少年」


「命のやり取りで半端なことは出来ません」



そう言うハクさんだったが、こちらはこちらで歳のいった男が自分の血で僧衣を赤く染めている。

直剣による肩口の傷。

唯一、辛うじて動けている女の戦僧が、二人の重傷者を前に決断を迫られている。



月詠つくよみ君! 大丈夫だった!?」


「え? ああ、俺は平気ですよ」



大勢が決したと見て郡会長が後ろに追い付いてくる。

確かに、一見すれば戦いは終わりだろう。

一人は腕をもぎ取られ、一人は浅くない創傷を負わされている。

逃げることも難しいだろう。

だが、



「『──、───、──』」


「……? 彼らは、何をして……?」



女の戦僧が膝をついた。

投降ではない。

何かを唱えている。



「少年、やっぱり」


「はい、彼らも可能なようです」



女の戦僧の首にぶら下げられていた黒いひし形の何か。

それが陰鬱な光を放つ。

知っている、俺は。

これが何をしているのか。



「──、『──』!!」



女の手から漆黒の泥が溢れ出す。

それは蛇のように地を這い、倒れ伏す二人の男に纏わりつく。



「………………嘘」



郡会長が言葉を失う。

無理もなかった。


男二人が立ち上がる。

その額には未だに脂汗が滲んでいる。

が、その表情には嫌な笑みがあった。



「見たかい、サナ。

これがあるから、世界は彼らを罰せない」



俺が相手をした男が、郡会長の愕然とする表情を見て笑う。

五体満足(・・・・)になり、随分と気分が良さそうだ。




「彼らは、『治癒魔法』を使える。

不死しなずの国の住人だ」




失われた筈の腕も、深く抉られた創傷も。

何もかもが無かったかのように元通りになっている。


欠損すらも癒す力。

それは、あってはならない魔法だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 完全に凍らせてから砕いたらどうなるんだろ… T-1000みたく解凍された肉片が集まりだすのかな()
[良い点] 土魔法が無いようにオーソドックスだけど無いとされている、あってはならないとされている魔法か。連続投稿感謝!
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