1話 正数に抱かれて
剣を振るいたい、魔法を放ちたい。
強大なモンスターを相手取り、得難い道具を手にしたい。
人類の夢であったそんな願いを無邪気な人工知能が叶え、拡張現実はやがて加速し『侵食現実』という現象を引き起こした。
所在地不明、使途不明の『レムナント集積研究所』に打ち捨てられていたスーパーコンピューター群を何者かが稼働させ、クラウド上で幾多の実行権を奪い思考領域とし、無限に迫る演算と試行の末に、遂には存在しない筈の元素を強引に発見する。
原子番号208、元素記号『Etl』名称『エーテリウム』。
魔力と呼ばれる奇蹟の発見だった。
不活性状態にあった世界中のエーテリウムは人々の願いに反応し変質するが、人間一人の想量では世界を改変することはない。
活性状態に持ち込むには大勢の、それも千や万どころではなく、それこそ太陽系圏内に住む生物の十%ほどの意思希想を統一してようやく魔力を起動させるに至るとの演算結果が弾き出された。
賢い人工知能たちは人々の願いの電気信号を擬似的に再現した。
願いの数値化に伴って、具体性を持たせるためのソースコードとなったのは、世界中で人気を博していたとあるオンラインゲームだった。
偽りの願いは世界を一変させた。
竜が空を飛び、人々は魔法を放ち、人類はその数を大きく減らした。
際立っていたのが『レベル』という概念。
年齢、経験とは別に新しく植え付けられたそれは、人々を大きく狂わせた。
攻撃力(ATK)、防御力(DEF)、魔法力(MAG)、俊敏性(SPD)と言った数値が個々に『ステータス』として設定され、レベルが上がる度にそれらの数値が上昇していく。
しかし、レベルを上げるための経験値(EXP)の拾得には『生物、あるいは敵性存在の殺害』が必要であり、レベルを一つ上げるのにどれだけの経験値が必要なのか、またどれだけステータスが上昇するのかは個々人によって大きく異なっていた。
その結果、人は格差を作り、格差は争いを生んだ。
各国の高位レベルの者同士の衝突は海も大地も削り、世界地図は日に日に変わっていった。
減らしきったところで人々は人類の存続を訴え始め、第一次侵食戦争は開戦の合図も終戦の宣告も無く終わった。
それから九十九年。
日本国旧都東京斑鳩市。
人々は未だ文明を支え続けていた。
侵食現実以来、『獣』と称される異形の化物が現れるようになるも、日本含む複数の魔法大国はこれを殲滅。
その多くを特定の地域に隔離し管理していた。
しかし足りない物資は少なからず存在し、増え続ける脅威は定期的に間引く必要がある。
それゆえに人々は獣たちの領地へと足を踏み入れなければならない。
今の俺がそうだった。
そんな竜と獣を狩る者たちをいつしか人々は『狩人』と呼び、今では魔法使いは皆そのような呼称を受け入れていた。
「ハガネ、また空見てんのか?」
「いや、星を見てた」
「昼間に見えるわけ……、ってお前なら見えるか」
魔法が人々の手に渡って以来、その力が個の才能と血によるものが大きいと知れた途端に、世界各国で中世のような封建的な社会が再び訪れた。
より強い魔法を、より特殊な『異能』を持つ者が優遇され、その多くは遺伝することから特権的な意識が生まれた。
同時多発的に起きた侵食現実。
黎明より魔法研究に着手していた魔法大国日本において、優れた使い手の一族は国の護り手という大役を賜る。
『護国十一家』と呼ばれる彼らにはあらゆる国内での特権が与えられ、国の守護と引き換えに現代の貴族のような立場にある。
そんな十一の強大な家々には序列が存在し、少なからず上下関係も生まれている。
その末席。序列十一位『月詠』家の長男。
月詠ハガネ。
それが俺の名と全てだった。
「しかしハガネの異能、また変質したのか?」
共に同盟を組む同級生、影谷ジンがそう話しかけてくる。
十年来の付き合いであり、『国立狩人養成所斑鳩校』に入学してからもこうして獣を狩る際には常に同行している。
「ああ。【斬雨】から【夕断】に変わってる。
消費魔力が六桁の大台に乗って使い勝手の悪さに拍車がかかったよ」
「ワハハ、それじゃ誰も使えねえなあ」
自分のステータスを空中に投影し確認すれば確かに異能の欄に【夕断】の文字がある。
『魔力を消費してものを断つ常時展開型異能/使用者の最大魔力値の255倍の魔力を消費する』
その説明文は余りに簡素であり、三桁あれば一人前の狩人とされる魔力をあろうことか万単位で消費する不良異能ぶりである。
「まあハガネなら剣だけでも十分だろ」
「俺はいいんだけど、親父がな」
「ああ……」
月詠家現当主、月詠シドウ。
代々継いできた剣技と『変質』する異能を生まれ持つ月詠家は、選ばれし血筋ではあるもののその地位はあまり高くない。
ひとえに『変質』という不安定な力を由来にしたことで、護国十一家の中ではさして重要視されず、近い将来『護国落ち』すら危惧されている実家だ。
それゆえに父は日々奔走し、地位と名誉のために魔法と剣を振るっている。
「ごめん、ジン。詰まらない話だった」
「こんぐらいなら幾らでも聞いてやるって」
今日の任務は低レベルの狼型の獣『レッサー・ガウル』の掃討。
旧首都東京斑鳩市の西部には獣の管理施設が存在する。
周囲を高い鉄柵で囲んだ森林地帯だ。
研究用に管理飼育していた個体が増えすぎた際、その頭数を狩人見習いである俺とジンのような学生が小遣い稼ぎに減らしているというわけだ。
鉄柵手前に建てられた小さな案内所で手続きを済ませ、厳重な警備が敷かれている管理施設のバリケード前で警備員に学生証を見せ、背負った太刀の重さを確認し鬱蒼とした森の中へと入る。
これまでに幾度となく踏み入った場所であり、相手もまた何度も狩猟したものだ。
失敗することなんて無い、この時はそう思っていた。
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