大切な思い出
「もしかして…。ましろさんですか…?」
「そうだけど…?それより、試したいことって何かしら?急にひよりの姿になって。なんか少し雰囲気が変わったようだけど…」
俺の問いに疑問符を浮かべるましろ。
「まじろぉさぁん~」
ましろの言葉の意味を考えるより先に彼女に抱き着いた。ましろが…生きている。夢なのか、現実なのかわからないが、目の前にましろがいる。ただそれだけで嬉しい気持ちと謝りたい気持ちでいっぱいになった。
「わぁたし…。ずっと…」
泣きじゃくる俺の頭に手を差し伸べてあやすましろ。
「作戦が失敗したのなら逃げましょう。めぐみの稼いだ時間が無駄になってしまうわ」
ましろの一言でめぐみんに似た女の子が倒れていたことを思い出した。原因は近くにいたエンシェント・ベアのせいか…?SS級の魔物だったよな。
状況から考察すると、倒れている女の子はめぐみんで、目の前にいるのがましろ。もしかして…。
(『時間跳躍』を使ったんですね…)
3年前の俺が『時間跳躍』を使ったのだとしたらこの状況に納得がいく。窮地に立たされた3年前の俺が賭けにでて能力を使ったのだろう。たしか、時間跳躍は3分で効果が切れるので、その前にあの魔物を仕留めなきゃならない。それに、俺はましろに伝えたいことがたくさんあるので今は時間がおしい。
「『解放』」
俺が黒人の姿に戻ると、ましろが驚いた顔を見せた。
「もしかして、黒人…」
「ああ、俺は3年後から来た神崎黒人だ」
ひよりの姿は今も昔も大差がなくてわからなかったみたいだな。でも、黒人の場合は身長が180cmはあり、顔つきも変わっているので違いに気づいたみたいだ。
「3年後の黒人…。そうなの…。じゃあ、さっきあなたの考えていたことは…。近いうちに私はこの世からいなくなるのね…」
俺から思考を読み取ったましろはぽつりとつぶやいた。
「…すまない」
彼女の切ない言葉に心が苦しくなった。
二階堂との戦いの際にましろが言った言葉を思い出す。
『黒人が私のことを忘れてしまうぐらいなら死んだほうがマシだわ。もしその力を使って生き残れたとしても、もうあなたと恋人だって言えなくなるもの…』
俺には守れる力があった。その名も『記憶蓄積』。守りたい人との記憶を全て失う代わりに、超能力者の頂点、X級への領域に踏み入ることができる。今まで使ったことのない能力だが、能力の解放条件が整ったとき、能力者は自分がどんな能力が使えるのかある程度わかるのでとてつもない力を発揮できることを知覚している。
この力を使えば二階堂を倒すことができた。いや、力の加減が出来ない能力なので殺すことになったはずだ。そのせいで、能力を使うことを躊躇ってしまい、結果、ましろがいなく…。
気づけばもう残り時間2分ぐらいか。そろそろ目の前の魔物を仕留めないとな。
「ましろ。今は目の前の敵を先に片付けてくる」
俺はましろから離れて一息つく。
「『ライトニング・ステップ』」
俺自身が雷を纏い、高速移動で敵を殴る。
「グアアアアア」
「『ライトニング・ステップ』」
吹っ飛ばされるエンシェント・ベアの背後に回り込んだ俺はすかさず敵の背中を殴り、今度は逆のほうへぶっ飛ばした。
この『ライトニング・ステップ』はめぐみんの能力を蓄積して得た力だ。めぐみんとは常に一緒にいるため、それなりに蓄積しているので残量を気にせず使える。
また、この技はB級のめぐみんが使えば高速移動の負荷で身体にダメージを受ける。でも、今の俺はSSS級の能力者なので耐久度が上がっており、リスクなしで使用することができる。
「すごい…」
ましろが驚嘆の声をあげ俺の戦いを見ている。
よし。このままいけば、あと20秒ぐらいで倒せる。
『黒人!あれ!』
心の中にいるリリーの声に聞き、視野を広げた。
(あそこにいるのは…。女の子に、死人か…)
ボロボロになった女の子が成人を越えた男性の遺体を背負ってこちらを見ていたことに気づいた。
「くそ…」
きっと彼女らも救う対象なのだろう。だが残り1分もない。エンシェント・ベアを倒すだけの時間はあるが、聖女の力を使って彼を救うことはできない。
それに、聖女の力を使えば力の代償によって気を失ってしまう。
『わたしが力の代償を引き受けるわ。だから、黒人は目の前の敵を倒すことだけ考えて』
「…わかった。頼む。『ライトニング・ステップ』蓄積」
俺はすぐに遺体を抱えた彼女の前に高速移動し、ひよりの姿に変わった。
「『リジェネーション』」
能力を発動し、死者を蘇らせる。
「う…。うぅ」
「せ、先輩!よかった…先輩…」
息を吹き返した男性を見て、女の子は号泣した。
「あの、ありがとう…ございます」
「まだ安心するのは早いです。その人を連れて病院に向かってください」
「…はいっ」
俺の指示に従い、彼女たちはこの場を離れた。
『…しばらくお別れね。絶対勝ちなさいよ』
「ああ。ありがとう」
聖女の力の代償を肩代わりしてくれたリリーは半年ほど眠りについてしまうので、しばらく会話ができないな。リリーが起きたら我儘に付き合ってやるか。
「解放」
再び黒人の姿に戻った。もう残り10秒。このままだと勝てない。でも、『記憶蓄積』を使えば話は別だ
(今度は絶対守ってみせる)
「『記憶蓄積』
俺は能力を発動させた。能力を使い終わったときには、ましろとの思い出を失うことだろう。
(俺の…。大切なましろとの記憶がたとえ失ったとしても、目の前にいるましろが生きていてくれれば俺は喜んで大切な思い出を差し出そう)
「行くぞ!!え…?」
気づけばエンシェント・ベアの巨体が塵となって消えていた。殺そうと思った瞬間相手は死んだ。
(X級にもなるとSS級を殺意だけで殺せるのか…)
あっけなく勝敗がつき、残された時間がわずか。
まだましろのことは…。忘れていない。
「ましろ…。ごめ…」
「大好きよ」
記憶蓄積を使ったことに謝罪しようとするが、ましろの声に遮られた。
「ああ、俺も大好きだ」
「たとえ、黒人が私のことを思い出せなくなったとしても、私はずっとあなたのことが好きだから…」
「大丈夫。3年前の俺はましろのことちゃんと覚えているから」
「ううん。何年後の黒人だろうと、私は黒人が好き」
「俺も、何年前のましろでもましろが大好きだ」
「ロリコンだものね」
「おい…」
二人して笑うと、俺の身体が徐々に粒子化していく。
「お別れの時間だな…」
「…そうね」
「最後に、3年前の俺に伝言を頼めるか?」
「何かしら?」
「『二階堂を殺せ』って。じゃないと後悔するって」
「…わかったわ」
「ありがとう」
その後すぐに俺はこの世界から消えた…。
「…言えるわけないじゃない。私を救うために、大好きな人に人殺しをしてくれなんて…。きっと、3年後の私もそれが嫌であんなことを…」
◇◇
「何ぼーっとしているの?ひよりん?というか、何で男の姿になっているの?」
「えっと。なんでかな…?」
時間跳躍から3年後の世界、つまり俺のいた元の世界に戻ってきたのだが、過去に行ったとき何をしていたのかまったく思い出せない。
「チューするのやめる?」
「え、いや、するよ」
めぐみんが悲しそうな表情を見せたので俺は慌てて答えた。
「黒人は私としたいのよ。めぐみ、あなたは邪魔よ」
綺麗な女性がめぐみんを押しのけこちらに顔を向けて目を瞑る。
(誰だ…?この美人は…)
彼女は俺のことを知っているみたいだけど、俺はこの人を知らない。
「…私のこと忘れちゃったみたいね」
なんでそんな切ない顔をするのだろう。この人は誰なんだ…?
「忘れてしまったのなら、今度は忘れられないぐらいイチャイチャしましょう?」
再び目を瞑り、顔を近づける彼女にどうすればいいかわからない。
(もしかして、記憶蓄積を使ったのか…?)
この人が守りたい大切な人で、俺がその人を守るために力を使ったのなら記憶がないのに合点がいく。
「ましろんのこと忘れちゃったの?」
めぐみんが心配そうに聞いてくる。
「…ああ。でも、これだけはわかる。君が俺にとってとても大切な人だってことは」
大切な人との記憶でしか、記憶蓄積は発動できない。つまり、目の前にいるこの女性は俺にとって大切な人なのだろう。
正面に立つ美人が俺の顔に近づいてきて
ちゅっ
俺の唇を奪った。
次回、日常パートきたあああああああ。
この話長かった。。




