F級の力
「先輩!返事をしてください!」
「…」
「グオオオオオオオオオオオオ」
泣きながら遺体を揺するみのりんに先輩からの返事がなく、代わりにエンシェント・ベアが咆哮した。
(まずい!)
みのりんの声が大きかったためか、エンシェント・ベアはみのりんの方に向き、走り出した。
大解放状態の俺でも魔物の動きを捉えるのがやっとで、みのりんは魔物が背後にいることに気が付いていない。
(くそ。間に合わない…)
今の俺なら100m走を3秒台で走ることができるけど、あと0.5秒足らない。
(何かないか…)
思考を巡らせ策を練る。石を投げるか?いや…。大した時間稼ぎにもならないし、拾う動作のほうが無駄になってしまう。
(遠距離攻撃があれば…)
めぐみんのように電撃を放てれば遠くから威嚇できるのに。ただ、残念なことに俺にはそんな力はない。
(本当に俺にはそんな力がないのか…?)
俺の中に何か能力がある気がする。だが、なんだ…?
俺はふとリリーの言葉を思い出す。
『蓄積は他人の力を奪うことができるけどコントロールが難しくて自分の意思とは関係なく力を奪ってしまうケースがあるわ。解放は奪った力を使うことが出来るけど、暴走しやすい』
(まさか…)
俺の中に眠る力の正体に気づいた俺は、その力に賭けた。
「『大気爆破』」
俺は手をエンシェント・ベアに向け言い放つ。すると、エンシェント・ベアの顔面から爆発が起きた。
どうやら、屋上で俺が暴走しかけたときにファントムの男3人組の能力を蓄積していたらしい。そのおかげで彼らの能力を使うことが出来る。
これで0.3秒稼げた。だが、まだ間に合わない。エンシェント・ベアは怯んだが、すかさず手を振り下ろしていた。
「『テレポーテーション』」
今度は自分自身を瞬間移動させ、みのりんの前に姿を現す。そして、振り下ろされる手に蹴りをいれる。
(くそっ。なんて力だ)
俺の蹴りが押し負けそのまま攻撃を食らいそうなので、連続で同じ場所を蹴り続ける。
計7発をぶち込んだところでやっと相手の攻撃を相殺できた。
「あ、あなたは…」
「俺は神崎黒人。早くここから逃げろ!!」
「先輩が…。先輩が…」
正気を失い号泣している彼女に何を言っても無駄か…。俺もここ最近めぐみんの死を目の当たりにしたからわかる。だけど、今はこの場を離れないとまずい…。
「もう、彼は死んでいる…。だが、俺たちが生き残れればまだ助けられる可能性がある」
何を言っても無駄なら、彼女に希望をちらつかせて誘導するしかない…。それに、死んでから1時間前後なら助けられる。まだやられてから10分も経っていないので聖女の力が適用されるはずだ。
「ほ、本当ですか?」
「ああ。だから、今は生き残ることだけを考えろ」
「…わかりました。その、ありがとうございます」
彼女はお礼を言い、立ち上がる。
「ひぃ…」
だが、みのりんが正気に戻ったことで、目の前のエンシェント・ベアがいかに恐ろしいか実感したみたいだ。
「グオオオオオオオオオオオ」
「っち…。『物体生成・操作』」
エンシェント・ベアがこちらに突撃してくるので、俺は屋上の男が使った能力を見様見真似して100本のナイフをぶつける。
(まじかよ…)
ナイフがエンシェント・ベアに突き刺さることなどなく、全てはじき返された。
「『テレポーテー…』」
瞬間移動能力を使い、みのりんを遠くに移動させようとしたとき出来ないことに気づいた。蓄積された能力は1回限り使用可能で、2回目は使えない。つまり、ファントムの男3人から奪った力はもう使い尽くしてしまった。
(くそ…)
みのりんを守るため俺は避けることを諦め、向かってくるエンシェント・ベアに真っ向から勝負に挑む。もしも、俺がやられれば後ろにいるみのりんも一緒となって死ぬことになるだろう。
エンシェント・ベアが手を空高く上げて振り下ろす。さきほどと同じように蹴り7発食らわし止めにかかるが…。
(相殺できない…)
エンシェント・ベアの攻撃を防ぎきれなかった俺はガードの体勢を取り、待ち構える。
「グオオオオオオオオオ」
「ぐはっ…」
今の俺は耐性が上がっているにも関わらず、エンシェント・ベアのかぎ爪によって胸元を思いっきり引っかかれた。
「黒人さん…!」
後ろからみのりんの心配する声が聞こえてきたが今は答えられる余裕がない。
迫りくる追撃に俺は為す術がなく、再びガードを取り防ごうと試みるが、後方へ吹っ飛ばされた。
「早く…。逃げろ…」
地面に這いつくばり、みのりんに向けて言った。
「あぁ…」
また泣き出すみのりんに俺は寝ている場合じゃないとすぐに立ち上がり、エンシェント・ベアに立ち向かう。
「君が…。泣き止むまでなら、守ってやる。だから早く!」
「は、はい…」
俺の勇姿に感化されてか、みのりんが立ち上がった。そして、立ち去ることを確認した俺は、今度はこちらから攻撃を仕掛けた。
まずは、エンシェント・ベアの懐に潜り込み、足に目掛けて拳を打ち込む。当然ビクともしないので何発も殴る。
必死の攻撃により、エンシェント・ベアが一歩後退した。
そのまま手を休めることなく、何度も殴り続ける。
俺の攻撃中に俺の後方から人の気配が感じ取れた。やっと、『魔物特殊殲滅隊』の応援が来たか!
「見てください。今!少年が1匹の魔物と交戦中です!!」
マスコミらしき人たちだった…。ちくしょう。
「悠長に見てないで逃げてください!!!」
怒気を交えた俺の叫びにマスコミたちは慌てて逃げだす。
「グオオオオオオオオ」
「させるか!『明鏡止水』」
逃げ出すマスコミたちを逃すまいとエンシェント・ベアが俺から彼女らに標的を変えたので、阻止に向かう。
神経が研ぎ澄まされ、時間軸が変わる。この世界で自由に動けるのは俺だけなはず…。
「グオオオオオオオオオ」
(まじかよ…)
俺のスピードに余裕でついてくるエンシェント・ベア。今までは本気を出していなかったのか…。
敵の攻撃が何発も放たれ、為す術がなく、全て食らった。
「うっ…」
残された切り札もすべて使い切った俺は、吹っ飛ばされて地面に転がり込む。
もう勝機もなく、逃走もできない。
さすがに今回ばかりは死ぬんだろうな…。生き残ったと思った矢先に死ぬのか。
『行くなら絶対…。勝ってね。死なないで。約束だよ?』
めぐみんとの約束。守れそうにないな…。
『生きて帰ってきたらご褒美に私の胸を好きにしていいわ。そのほうがやる気が出るでしょう?男の子だものね』
もう指一本も動かせないや…。
エンシェント・ベアのとどめの一撃が俺に向けられた。
「ライトニング!」
電撃がエンシェント・ベアを襲った。
「ひよりん!ましろん。ひよりんをお願い」
「わかったわ。黒人を安全なところに連れて行ったらすぐ戻るから…」
「こんな相手、うち一人で平気だよ。だから…。ひよりん。そんな顔しないで」
「めぐみん…。やめろ。早く逃げるんだ…」
それから、めぐみんは何も言わずにエンシェント・ベアに電撃をぶち込んだ。しかし、当然ダメージを与えることが出来ず、反撃を食らう。
「あ…」
めぐみんが吹っ飛ばされる。
このままじゃ、めぐみんがまた死んでしまう…。
「俺は…。何もできないくせに何で立ち向かったんだろうな…」
ぽつりと呟く俺にましろが、
「いいえ。何もできなかったんじゃないわ。ほら、あっちを見て」
ましろの指差すほうに顔を向けると、みのりんが心配そうに此方を見ながら走っていた。
「一人の命を救えているわ」
「そうか…」
みのりんを救うことが出来た。でも、代わりにめぐみんが窮地に追いやられている。
(俺にもっと力があれば…)
聖女の力。魔王の力。その転生体である俺はこんなにも弱いのか。
(まあ、F級だしな…。でも何でF級なんだ…?)
聖女と魔王の力がF級ってのが引っかかる。今はそれどころではないが、何故こうも気になるのだろうか…。
『鳥だってどうやって飛べばいいか自然とわかるものでしょ?能力者も同じでどうやって能力を使えばいいかわかるものなのに…。あなた、自分がなんの能力を使えるか知っているの?』
リリーから言われた言葉。何でだろう。俺の中に何かを力を感じる。
(もしかして…)
全てを出し尽くしてやっと気づくことが出来た。もしかしたら、魔王の力が強大すぎたせいで気づかなかったのかもしれない。
俺自身の能力。
F級の…力を。
「黒人?」
「ましろ。悪い。試したいことがある。少し離れてくれるか?」
「わかったわ…」
この力を自覚したときには、どんな能力かハッキリわかる。さっきまでは知らなかったのに。
「すぅ。はぁー」
俺は深呼吸して心を落ち着かせた。
「頼むぞ!!!!!!!!3年後の俺!!!!!『時間跳躍』」
俺はこの世から姿を消した…。
お久しぶりです。無理なく投稿していこうと思います。
よろしくお願いします。




