強者
「グオオオオオ」
魔物は雄叫びをあげてこちらの様子を伺っている。行動に移すなら今が絶好のチャンスだけど、気迫に押され身動きが取れない。
「私が行きます!」
ハンマーを構えた少女が素早く立ち向かう。魔物との戦闘経験があるためか俺らとは違い、強い敵に出くわしても怯むことなく動いた。
「『ジャッジメントハンマースラッシュ』」
先ほど熊を倒した技だ。S級の魔物とは言え、彼女の技を食らえば多少のダメージは期待できるだろう。
全長5mはある魔物のエンシェント・ベアに多数の星が直撃した。しかし…
(うそです…)
魔物は、少女の攻撃を防いだわけでも避けたわけでもないのに無傷だった。そして、魔物の口に巨大なエネルギー源が貯まっている。
(まずいです…)
魔物が背を仰け反らせ溜をつくった。そして、瞬時に前かがみになることで口に溜まっていたエネルギー源が少女に向かって発射された。
「危ない!」
めぐみんが注意を呼び掛けるが、すでに砲弾は少女の目の前まできている。このままじゃ直撃だ…。
「よっと。おい。大丈夫か?」
着弾する寸前に知らない男が少女を抱きかかえてその場を離れた。
「せ、先輩!」
先輩と呼ばれた男は少女と同じ『魔物特殊殲滅隊』の制服を着ていたので同業者のようだ。何はともあれ少女が無事でよかった。
「君たちは下がっていなさい」
後ろから声を掛けられ振り向くと、『魔物特殊殲滅隊』の人たちが4人やってきた。
「はい…」
俺らは彼の言う通りにして魔物との距離をおいた。
「お前もさがっていろ」
「先輩!私も戦います!」
「相手はS級だ。お前がいても足手まといになるだけだ」
「…わかりました」
先輩の指示に従い少女は俺らのところに戻ってきた。
「先輩たちが来たのでもう大丈夫ですよ。あ、紹介が遅れましたね。私の名前は『桜井みのり』です」
「うちは桃園めぐみだよ。よろしくね。みのりん」
「私は神田ましろ。よろしく。桜井さん」
「わたしは神崎ひよりです。よろしくお願いします。そ、その。みのりん!」
俺より年下みたいなので思い切ってめぐみんと同じようにあだ名で呼んでみた。大丈夫かな…?失礼だったかな?超能力に関しては先輩なのかな…。だとするとまずい…?ひぃ…。
「何怯えているの?ひよりん」
「えっと…。その…」
「どうやらS級の魔物が怖かったみたいね。ひより、大丈夫よ。漏らしても替えの下着は用意しているから」
親指を立ててこちらに向けるましろ。いや、確かに怖いけどさ…。そうじゃない。あと、模擬戦の黒歴史を掘り返すのはやめていただきたいです。
ましろはどこからか知らないが布切れを取り出し俺に渡してきた。ガチで下着持っているのかよ…。しかも、これ、ドラゴンパンツじゃねえか。
レアなパンツは置いておいて、戦場を遠くから見る。先輩と呼ばれた男を含む計5人のパーティーとエンシェント・ベアはすでに激戦を繰り広げており、一見先輩たちが有利だ。
「よし。このまま押し切るぞ」
「「「「了解!」」」」
先輩がエンシェント・ベアを引きつけ、残りの4人が後方から支援する。
「すごいです…」
「先輩はS級超能力者なんです。しかも、他の方も全員A級です。負けるはずありません!」
俺がポツリと目の前で起こっている戦闘に対して感想をつぶやくと、みのりんが自慢するように手を腰に当てて言った。
これなら後は時間の問題だ。やっと戦闘も終わる。そう思っていたのだが…
「グオオオオオオオオオオオオ」
魔物が再び叫ぶと、先ほどよりもさらに大きくなった。
「何?」
「た、隊長。これは…」
「どうやら…。SS級の魔物みたいだ…」
遠くから聞こえてきた言葉に耳を疑う。SS級って…?S級が最高なんじゃないのか?
「あの…。SS級って?」
俺は近くにいたみのりんに聞いた。
「魔物にはランクがあるのは知っていますよね?S級を超える存在をSS級、さらにその上がSSS級。そして、最上級の魔物をX級と呼んでいます。これは超能力者にも言えることですが、政府が測定できるランクがS級までなので世間一般ではS級までしか公表されていません。でも、実際はさらに上があるのです…」
S級よりも上があるだって…?屋上でS級相当の相手を3人倒したから俺強いんじゃね?と浮かれていたけど、まだまだ強者が存在するらしい。
「あと、S級とSS級の差は天と地の差があります。S級が10人いたとしてもSS級には勝てません…」
「え?だとすると今戦っている人たちじゃ…」
「…はい。絶対に勝てません…」
「そ、そんな…」
俺は戦場に目を向けると、あれ…。
先ほど戦っていた男5人の胴体が真っ二つに引き裂かれバラバラになって地面に転がっていた。
「え…」
先ほどまで優勢だったのに、何が起こったのか全く理解できない。
「せ、先輩!?」
「せ、聖女の力を使えばまだ間に合います!」
「だ、だめよ。行ったら確実に殺されるわ…」
「で、でも…あっ」
俺は慌てて駆けつけようとするがましろに腕を掴まれた。死者を蘇らせることができることはましろも知っているけど、蘇生する前に殺されるのは一目瞭然だ。それに、ましろを見て初めて敵の強さを実感した。
ましろは震えていた。あのましろがここまで恐怖を感じているのだ。それだけ目の前にいるエンシェント・ベアは強敵であることがわかる。
俺は冷静になり、今は逃走に専念することにした。
「各自別々に逃げましょう。そのほうが1人でも多く生存できるわ…」
「ごめん、ましろん。うちはひよりんと一緒にいく。一人で死にたくないし、ひよりんが危ない目にあったらうちは体を張って阻止する」
「わたしも、みんな一緒がいいです」
最悪俺が解放を使ってやつを食い止める。時間稼ぎぐらいならできるはずだ…。
「わかったわ…。みんなで逃げましょう」
「ひよりん。何しているの?早く行くよ!」
「あ、でも。みのりんが…」
俺らが会話している間にみのりんが先輩の元に飛び出して行ってしまった。
「みのりん!」
「先に逃げていてください。私は…。先輩を…」
一人の少女を置いて逃げるのか…?俺は助けを求める人を救うために『超能力者取締特殊部隊』になろうと決めたのに…。
幼い頃、幼馴染と遊んでいる途中、犯罪者に人質にされて…。俺には何も力が無くて大切な幼馴染を守ることができなく、俺自身も死ぬと思っていた矢先に『超能力者取締特殊部隊』の人に助けられた。そのときに俺もこの人みたいに強ければ大切な人を守ることができたのに、自分の無力さを痛感した。でも、今はあの時とは違う。俺には力がある。なら、例え勝機が薄くても手を伸ばしたい。
「いかないで…」
俺の顔をみためぐみんは腕に抱き着いてきた。
「もう、ひよりんが傷つくところなんて見たくないよ…。お願い…」
「めぐみん…」
「ここで桜井さんを置いて逃げたとしても、誰もあなたを責めたりしないわ。だから逃げましょう」
「ましろさん…」
二人が震えていて今にもすぐに逃げ出したいという気持ちが伝わってくる。でも俺は…。
「大解放」
男の姿に戻った。俺がどうするかは2人もわかったはずだ…。
「やだよぉ。ひよりん!」
「黒人…」
「ごめん。二人とも。俺の目の前で誰かが死ぬところなんてもう見たくないんだ…。だから行ってくるよ」
「行くなら絶対…。勝ってね。死なないで。約束だよ?」
「わかった。約束する」
「生きて帰ってきたらご褒美に私の胸を好きにしていいわ。そのほうがやる気が出るでしょう?男の子だものね」
「ああ」
勝てるかわからないが彼女なりに俺を奮い立たせてくれたみたいだ。
「それならうちの胸も好きにしていいよ!」
「え?まじで?」
めぐみんの胸だと…?勝たなければいけない理由ができてしまったな。
「ちょっと。やる気の度合いが違う気がするのだけど?」
「キノセイダヨ」
「まったく。ちゃんと生きて帰ってくるのよ?」
「任せろ」
俺は二人の頭を撫でて、すぐにエンシェント・ベアに向かって走った。




