感情
「お母様―!頑張ってください!!」
ゆかりからの声援を聞き、しっかりしなきゃと自分の頬を叩く。所詮俺はF級超能力者。どう足掻いたところで、勝機は薄いけど、みっともなく逃げるわけにはいかない。
(何かいい手はないですか…?)
模擬戦で精霊と一緒に戦うのは許可されている。でも…。
チラリとゆかりを見る。こんないたいけな幼女を戦わせるなんて俺にはできない。1人でなんとかしなきゃ。
何の策も思いつかないまま、覚悟を決めた俺は北条さんに正面を向けた。
「神崎さん。あなたの能力は称賛に値していました。でも…。がっかりですわ」
どうやら、北条さんは1クラスにいる俺が能力値1だということに落胆しているらしい。それもそのはずだ。1クラスの卒業生は一流の超能力者として世間に知られていて、在校生は1クラスだということに誇りに思っている。なのに、何の能力も持っていないただのF級能力者が1クラスにいたんじゃ、示しがつかない。
「隠していたわけではありませんが、失望させてしまったのならごめんなさい。でも…こんなわたしでも頑張ろうって決めたんです!」
F級能力者だとしても、努力次第ではD級、E級ぐらいの実力にはなることができる。それに、ましろの言っていた能力の進化だって今後は起こるかもしれない。
1クラスとの実力差は絶大だし、みんなにとって厄介者かもしれないけど、俺にとっては1クラスにいるこの環境がチャンスだから、自分の成長のために頑張りたい。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですの?もっと早く言ってくれれば………。でも、もう覚悟は決まっていますのね…」
「はい…。どんなに辛くても、わたし頑張ります!」
彼女は観念の臍を固めた。
「どうやら何を言っても無駄のようですわね。非常に残念です。わたくし。神崎さんはガチ百合ハーレム女王だと思っていましたのに…。男の人が好きだなんてショックですわ」
「え…?」
あれ?なんか話が嚙み合っていない気がするのだが、気のせいだよな?
「北条さん、今の話ってわたしの能力のことですよね?」
「ええ。あなたの『女の子を虜にしてしまう能力』を買っていましたのに、まさか殿方が好きだとは予想外でしたわ」
つまり、F級能力者の俺にがっかりしたってわけじゃなくて、ガチ百合じゃなくてがっかりしたってこと…?全然話が噛み合ってなかった。予想外なのはお互い様です。
そもそも、なんでそんな勘違いをしているんだ?もしかして、ゆかりが俺の子供だと思っているのか?それで、男がいると思い込んで…。そういえば、ましろがゆかりについての説明をしていたときに、北条さんは暗い顔をしてぶつぶつ何か呟いていた気がする…。
「ちょっと待ってください。わたしは男なんて好きじゃ…」
「もう何も聞きたくありません!男との惚気話をされても迷惑ですの!わたくしの純情な想いを無下にしたあなたを許しませんわ!!」
「…」
怒りの矛先をこちらに向けた北条さんにかける言葉が思いつかなかった。
「そろそろ始めていいか?」
二階堂先生が割って入り、試合開始を促した。
「あ、はい」
「いつでもいいですわ」
今は模擬戦に集中するとしよう…。
「よし。じゃあ、二人とも。はじめ!」
開始とともに後方へ下がる。
(解放)
北条さん相手に出し惜しみはしない。最初から全力でいく。でも…
(前より…力が弱い気がする)
不良に絡まれたときに女姿の解放を使ったことがあるけど、それより力を感じない。むしろ、身体能力強化されている気配がない。なぜだ…。
たしかに能力は発動したはずだ。その感覚はある。でも、動きにキレがない。
「さっさと能力を使ったらどうですの?こないならわたくしからいきますわよ!!」
いや、使っています…。使用しているのにまったく変化ないだけです。さすがF級!いや、F級能力者にも失礼だな。
「『ファイアバレット』」
多数の火が迫ってくる。北条さんは属性魔法の能力者か。
火属性は属性魔法の中でもランクが低いほうだ。でも、俺にとっては脅威に代わりはない。
「ひ、ひぃい…」
火玉の速度が速すぎて身体能力強化されてない俺の目では追えない。なんとか、奇跡的に避けることには成功した。
地面をみると、芝生が抉れて窪みができている。今の俺が当たったら一溜りもないだろう。
(やっぱり戦うなんて無理です!!わたしにはどうすることもできません。大人しく降参しましょう。カッコ悪くても命のほうが大切です…)
今後クラスで『ひよりチキン』と呼ばれようが構わない。『ひよりってひよこみたいだな。だからチキンなのか』と罵られるだろうけど、死ぬよりかはマシだ。
俺は両手を上げて降参した。でも…
「やっと能力を使う気になられたようですわね。ならわたくしも本気でいきますわ!」
「え…?違いますよ!降参って意味で…」
勘違いされている。両手を上げて能力を出そうとしていると思われている。こんなダサいポーズで使うやついねえよ…。
このままじゃまずいと思った俺は、二階堂先生に救済を求める視線を送った。
「S級の能力。見させてもらう…」
俺には聞こえない声量でポツリとつぶやいている。わかったのは、助ける気がないということだけだ。
「これで終わりですわ!私の全力…『ファイアストーム』」
うず巻く炎が目にも止まらぬ速さで迫ってきた。
(あ、死…)
何か行動を起こそうとしたときにはもう目前まで来ていて、死を直感した。もう、男に戻るしかない。
「解…」
だめだ、発動が間に合わない…。
やっぱり、F級の俺が1クラスにいる優秀な生徒たちと一緒に指導を受けるなんておこがましかったのかな。罰が当たった。
俺は諦め、目を瞑った。
父さん、母さん、妹よ。今までありがとう。俺は『超能力者取締特殊部隊』になりたくて、家を出て超力高校に入ったけど、夢が叶わなかったよ。
めぐみん。
めぐみんが模擬戦で勝って、俺にしてほしかったことってなんだったんだろうな…。
成り行きとはいえ、俺の彼女になっためぐみんに彼氏らしいことなんて1度もしてやれなくてすまない。めぐみんからしたら『ひより』の俺が彼女ポジションらしいけど。
それから…
ましろ。
初めて会ったときは無表情で何を考えているかわからないと思っていた。でも、関わっていくうちに怒ったり、泣いたり、笑ったり…そんな表情を見せる彼女が脳裏に浮かんだ。
『好きよ』
ましろからの告白。最初は戸惑いが大きかったけど、嬉しかった。その時は俺自身ましろのことが好きかわからなかった。でも…。
『私は黒人が好き』
俺も…。
(死ぬ前にましろの顔みたいな…)
そんな想いから、俺は目を開けた。ここは死の世界だろうか。目の前にましろがいる。やっぱり俺は死んだんだろうな。
告白の返事、恥ずかしくて言えなかったけど、伝えられるときにちゃんと言わなきゃ…。
「ましろ…。俺も好きだ!!」
心配そうにしているましろに抱き着き、今になって告白の返事をした。
「ちょっと…?ひより?あなた、今『ひより』なのよ…?」
「え…?」
両手を見ると、『黒人』にしては手が小さい。つまり、死後の世界でも俺は『ひより』なのか…?
「あなたは生きているわ」
「え…。生きて…る?」
「そうよ…」
「え…。やばいですぅ!!蓄積」
自分でも頭が混乱していて、今は女の姿をしているのに男になっていると勘違いしてバレたらまずいと思い、蓄積を使ってしまった。
「ひよりが無事でよかったわ…あっ」
「ましろさん!?大丈夫ですか?」
「少し眩暈がしただけよ」
よろめくましろを支えて、状況を整理する。
今は…。そうか。模擬戦の最中だった。北条さんの魔法が一直線に向かってきて為す術がなく、死を覚悟したはず。それなのに、なんで助かったんだ…?
「他の人から見たらひよりの行動は理解できないかもしれないけど、心を読める私ならあなたの伝えたいことがわかったわ。だから、助けに入ったの」
そうか…。俺は助かったのか。
「はぅ…」
「ちょ、ちょっと。ひより!?」
安心したせいか、腰が抜けてその場にへたり込んだ。支えがなくなったましろは俺に追いかぶさるように倒れ込む。
「「あ…」」
顔が密着しそうな距離にあり、赤く染まった顔が視界に入った。
「ごめんなさい。今どくわ」
「はい…。…あれ?」
ましろが立ち上がり、俺も立とうするのだが、力が入らない。
「すみません。手を貸してもらえますか?」
足腰が立たなくなった俺は、自力では起き上がれなかったのでましろに助けを求めた。
「ええ。って、ひより?あなた…」
「はい?」
驚く彼女に疑問を掲げる俺。何をそんなに驚いているんだ?
もしかして、先ほどの火魔法のせいで服に火がついているとか!?さっきから妙に下のほうが暖かい。
俺もましろの視線のほうへ目を向けると、ズボンが徐々に濡れていく。
「あ…あっ…。やだ。止まって!!」
気づいたときにはもう遅い。
死線を乗り越え安心したことによって、
………漏らしてしまった。
「うぅ…。見ないで…ください…」
俺は恥ずかしさのあまり手で顔を隠した。
「…」
ましろもどうすればいいかわからなくフリーズしている。
せめてもの救いは、芝生のおかげで地面に水たまりができるという事態は避けられたので、離れたところにいるクラスメイトたちには気づかれていないことだ。
しかし、クラスの皆は俺のことを心配してか、駆け寄ってくる。
(ど、どうしよおおお)
近くまで来られたら漏らしたことがばれてしまう…。俺が死にそうなときには来ないくせにこういうときに限って何で来るんだよ!ばか!!
「大丈夫ですの…?あら?この匂い…。美少女の聖水の匂いですわ!!」
対戦相手だった北条さんは近くにいたのでこちらにすぐ来た。え…。そんな臭う?彼女の鼻がいいのか俺の聖水がやばいのかわからない。
「お母様~!大丈夫ですかー?あっ…」
ゆかりは誰よりも早く俺を心配してこちらに向かっていたのだろう。俺のズボンをガン見している…。
「お母様…。その…。あ、あたしも!おねしょしたこと…あります!!(本当はないけど…)」
もう…許してください…。幼女に慰められるなんて精神的に参る…。
「うぅ…。死んだほうがマシです…。いっそのこと殺してください…」
これが物語でよく聞く『くっころ(くっ。殺せ)』ってやつか…。自分で言うとは思わなかった…。
「そんな冗談言っている場合?みんな来るわよ。北条さん。あなたの能力でひよりのズボンを乾かしてくれないかしら?」
「乾かすなんてもったいないですわ!!……わかりました」
北条さんの発言にましろが睨みつけることで拒否権を与えなかった。
小さな炎によって俺のズボンが乾き始めた。
「北条さん…。ありがとうございます」
「このぐらいどうってことないですわ。その…ごめんなさい。危うく神崎さんを危険な目に遭わせてしまうところでしたわ…」
「いえ…。わたしが弱いせいで心配かけました。すみません…」
先ほどは脅威に感じた炎も、今では火の暖かさによって彼女の優しさが伝わってくる。
「わたくし、百合のこととなると感情が昂って冷静な判断ができなくなってしまいますの…」
「そうなんですね…。でも、好きな事に打ち込めるのはすごいことだと思います」
「あなたが百合であることを勝手に期待して感情を押し付けてしまいましたわ。ごめんなさい…」
「あ、北条さん。わたし、男の人なんてこれっぽっちも好きじゃないですからね?」
「え…?それはつまり………ゆ・り♡」
そもそも俺は男だし…。なんて野暮なことは言わない。
「あ、あの…。北条さん?」
なんか徐々に暖かいから熱いに変わってきているのですが…?
「やはり!!神崎さんはガチ百合ハーレム女王だったのですね!わたくし!嬉しさのあまり心が爆発しそうですわ!!!」
「目の前の炎も爆発しそうな勢いですよ!?抑えてください!!」
彼女の暴走によりすぐズボンは乾いたけど、しばらく火は見たくない。
お漏らしの証拠がなくなったところで、クラスメイトたちがこちらに到着した。
「ひよりーん。大丈夫?」
「この僕が!来たからもう大丈夫さ」
「神崎さん。怪我してない?」
「はい…大丈夫です。ナントモアリマセン」
みんなにはお漏らししたことがバレずに済み、これ以上辱めを受けることはなかった。
その一方で、
「S級ってのはガセのようだな…。なら、こちらもやりやすい…」
どこからか、ポツリとつぶやく声に誰も耳を傾けなかった…。
読者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。
おかげさまでブックマーク100突破しました!すごく励みになります!!ありがとうございます。
これからもできる限り頑張って投稿していきますのでよろしくお願い致します。




