模擬戦
教室から抜け出してしまった俺は、戻るのも気まずいので廊下にあるロッカーから着替えを取り出し、そのまま女子更衣室に入った。室内に誰もいないことを確認し、素早く着替えて校庭に向かう。
(1クラスの皆さんと対等に戦うことが出来るでしょうか…)
東雲君を見返すために模擬戦で活躍し、F級の俺でもやれることを証明する意気込みだったけれど、まだ自分の超能力について全く理解していないし、女の姿じゃ戦えるとは思えなかったので、冷静になった今では自信がなくなり臆してしまう。
(あっ)
考えながら移動したからか、いつの間にか集合場所に着いていた。
入学してから特に気にしていなかったけど、校庭の一角には手入れの行き届いた人工芝が緑一面に広がっている。
日差しの眩しさと気持ちのいい風によって、この芝生で昼寝したい気持ちにそそられる。
少し横になって気分転換してみようかなと思ったところで、ましろとめぐみんがやってきた。
「あ、ひよりん~。もう来ていたんだね。飛び出して行っちゃったから心配したんだよ?」
俺が泣きながら逃げ出したので心配をかけたみたいだ。それなのに、ゴロゴロしようとしていたなんて申し訳ない。
「ごめんなさい…」
「無事だったのならそれでいいわ」
素直に謝ると、ましろが俺の頭を撫でてきた。俺が落ち込んでいることに気づいて慰めてくれたようだ。
それから1クラスのみんなが徐々に集まり、最後に先生が来たことで模擬戦をすることとなった。今回は1対1で行われる。
「じゃあまずはそうだな…。神田と桃園。最初はお前らだ」
二階堂先生はましろとめぐみんを指名した。
「ちょうどよかったわ。ひよりの正妻ポジションがどちらかハッキリさせたかったところよ」
ましろは腕を組みながら敵意に満ちた目でめぐみんを睨め付ける。
「ましろん。わかっていないなー。ひよりんは嫁だよ。嫁」
呆れたように言うめぐみん。
バチバチといがみ合う二人に、「が、頑張れですー」と応援しておいた。
二人は準備運動に移り、準備が整ったようなので先生が確認する。
「お前ら。準備はいいか?」
「いつでもいいわ」
「あ、ちょっと待って」
ましろが準備できたのに対して、めぐみんはこちらに駆け寄ってきて、
「充電~♪」
俺に抱き着いてきた。
「ひよりん。うち。頑張ってくるね♡」
「は、はい…」
めぐみんの行為にましろが鋭い目つきこちらを見ている。
「先生。私もまだだったわ」
今度はましろもずかずかと近寄ってきて、俺に抱き着いているめぐみんをひっぺがし、俺の肩に両手を添えた。
そして、そのままましろのほうへ引き寄せられ、
「ッ…」
唇に…、キスされた。
「ま、ましろさん…?何を…」
「いってきます、のチューよ」
「何ですか。それ。はぅ…。わたし、キスされたのはじめてです…」
唇を手で押さえ、湯気立つほど熱くなる俺。
「私も初めてよ」
ましろも勢いに任せた結果キスしてしまい恥ずかしかったのか、俯いて顔を隠す。
その場の光景を一部始終見ていたクラスの男子たちは騒ぎ始めた。
「神崎さん。ファーストキスだったんだ…」
「写真は?写真は取れたか?」
「いや、誰も取ってないって!」
「おい!カメラ班はカメラも持たずに何しているんだ!」
「いや、模擬戦だし…」
「馬鹿野郎!戦場にカメラ持っていくのがお前らの仕事だろうが」
「じゃあお前が持ってこいよ!お前だってカメラ班だろう!」
「だって俺、盗撮担当だし…こんな公の場で撮れねえよ。ちくしょう」
「いや、それ犯罪」
男子たちが騒ぐ一方で、めぐみんはぶるぶる震えている。
「あ、あ…。うちのひよりんが汚された!!あ、でも…」
一瞬ショックな顔を見せるめぐみんは悪巧みをしている顔に変貌した。
「ひよりんっ。ばっちいばい菌が付いちゃったね?消毒しようね~」
今度はめぐみんが目を瞑り、自分の唇を近づけてくるのだが、これ以上の辱めを受けるわけにはいかなかったので、近づく顔を両手で押さえた。
「や、やめてください…」
「ひよりん。うちとは嫌なんだ。ましろんはよくてうちは嫌なんだ!!」
拗ねためぐみんはこれ以上迫ることはせず、代わりにましろに向かって言い放つ。
「ましろん。勝負に勝ったほうがひよりんを好きに出来るってのはどう?」
「いいわね。受けて立つわ」
「あ、あの…」
「先生、早く初めて頂戴」
二人の勝負に戦利品が贈呈されることになったのだが、俺の意思は尊重してくれないらしい。
「よし。二人とも準備はいいな?はじめ!」
先生の掛け声とともに、二人は距離を取った。
先手を取ったのはめぐみんだ。彼女の手から雷撃が生み出され、相手に向かって一直線に飛んでいく。
ましろは相手の考えていることを読むことが出来るので、難なく躱し、そのまま至近距離まで近づき蹴りをかます。めぐみんは腕を十字にクロスさせ蹴りを防御したが、反動で足が宙に浮き隙ができた。
「終わりよ」
ましろは一回転し、遠心力を利用した回し蹴りを繰り出す。
「甘いっ!」
ましろの足を踏み台にして蹴り飛ばし、空中でくるっと回って着地した。
その後も、めぐみんの雷撃は当たらず、体術戦でも決定打になることはないので、時間だけが経っていく。
「なかなかやるわね」
「そっちこそ」
「小手調べはこの辺にしましょう」
「そうだね」
小手調べだったのかよ。
次元の違いについていけない俺は、二人の戦いに目を見張った。
彼女たちはお互いに目を瞑り、集中力を高めているようだ。一体何が起こるというのか…。
「「精霊召喚!!」」
二人は同時に掛け声を出すと、ましろには巨大な狼、めぐみんには猿が召喚された。
(精霊召喚…?)
聞きなれない単語に、見たこともない精霊…?が現れ戸惑う俺。
「あ、あの。精霊召喚って…?」
近くにいた人に話を聞いてみた。
「え?精霊召喚を知らないの…?精霊召喚ってのはね…」
聞いた話をまとめると、超能力者は精霊を召喚できるらしい。ただし、召喚できるのは同一の精霊で1体のみ。いわば自分の分身みたいなものだとか。
召喚できる精霊は自分の超能力数値に左右され能力値が高い人ほど優れた精霊を呼ぶことができる。ただ、F級の能力者は召喚できても小さな虫とか蛙で、知能の低い精霊のため言うことを聞かないし弱い。
(わたしにも、召喚できるのでしょうか…)
一応俺も超能力者である。でも、能力値が1しかないのでいい精霊を召喚できるとは思えない。
「ははっ!これで終わりだよ。ましろん!」
「くっ…」
精霊召喚に気を取られ、気が付くとましろが劣勢となっていた。
「雷猿!!」
雷を纏った猿が狼に乗っているましろ諸共吹き飛ばし戦闘不能になったため、めぐみんの勝利となった。
「ぬかったわ。卑怯よ。こんなもので釣るなんて」
「戦いに卑怯も何もないよ。勝てばいいんだよ」
ん…?ましろが手に持っているものは、どこにでも売ってそうなチューインガムだ。
(いや…あれは…!)
シリーズ第2弾。『パチモン』シリアルコード付き限定チューインガムだ。ここらの店だとすぐに完売で入手困難な代物を餌にましろの油断を誘ったらしい。
「これ…使用済みじゃない!!」
過去一番に怖い顔をしているましろを無視して、めぐみんはこちらにやってきた。
「ひよりん。勝ったよ♡」
「おつかれさまです。めぐみんって強かったんですね」
「まぁ…。それほどでもあるかな?どこかのペチャパイよりかはね~」
「め、めぐみん。その…。精霊召喚ってどうやるんですか?」
「えっとね…」
めぐみんは説明がうまく、精霊召喚をしたことない俺でもできそうだ。
「じゃあ、やってみます…」
説明を聞き終わった俺は、深呼吸する。そして…
「精霊召喚!!」
俺の目の前には幼女が現れた。




