季節外れの転校生
入学式から3日目。今日は転校生がやってくるらしい。めぐみんから噂を聞いただけなので、本当かどうかはわからない。ただ、めぐみんの情報網は優れているので、多分本当なのだろう。
(この時期に来るなんて、イレギュラーな香りがプンプンします…)
季節の変わり目に転校してくるならわかるけど、新学期が始まってすぐにやってくるのはどう考えてもおかしい。それに、1クラスに来るらしいので実力もあるみたいだ。
「それで、その転校生の性別は男ですか?女ですか?」
もうすぐHRが始まるので、聞かずとも結果がすぐにわかるけど、いち早く知りたいと思う気持ちが勝り、めぐみんに問う。
「男らしいよ。しかも、身長もなかなかあってなんといってもイケメンなんだって」
めぐみんも実際に見たわけではないらしく、人から聞いた情報を俺に話してくれた。
(イケメン…。ましろやめぐみんが目移りしたらいやだなぁ…)
昨日、彼女らと付き合うことになった俺は愛想を尽かされないか心配だ。といっても、俺なんか何も取柄もないので、今でも付き合っていること自体ドッキリではないかと疑ってしまう。
「大丈夫よ。ひより。何があっても私はあなたを愛しているわ♡」
先ほどから俺の腕にコアラのようにへばり付くましろ。誰この人…。こんなキャラだったっけ?
「ましろんばかりずるい!私もっ」
逆サイドにはめぐみんが抱き着いてきた。
「尊い。尊いですわ」
北条さんが双眼鏡でこちらを覗き込んでいる。この距離からだと近すぎて逆効果なんじゃないかなって思う。自己紹介で彼女はガチ百合だと公表していたけど、百合なら自分でなくともいいらしい。
そうこうしている内に予冷が鳴り、二階堂先生が来たことによってHRが始まった。
「今日は転校生を紹介するぞ。入ってくれ」
二階堂先生に呼ばれて、教室内に入る男。たしかに、高身長のイケメンだ。
彼は赤い長髪に、誰も引き寄せない鋭い目つきをしていて、なんだか怖い。
教壇に立たされた彼は、心底どうでもよさそうに軽く自己紹介をする。
「東雲司だ。お前らと馴れ合うつもりはないから話しかけてくんな」
「「きゃー♡」」
「イケメンきた~♡」
「噂通り本当にかっこいい」
「罵られたい」
自己紹介を終えた東雲君は、先生の指示によって窓辺の後部座席に座った。クラスの女子たちはイケメンクールキャラが好きなのか、悲鳴を上げて彼の行動を目で追っていた。
(めぐみんとましろはどう思っているのですかね…)
二人を見ると、めぐみんは転校生に興味があるらしく、手に顎をついて彼のほうを見ていた。それとは対照的に、ましろは、スマホをいじっていて全く関心を寄せていない。
「パチモン~」
ましろの席から、『パチモン』のTOP画面を開くときに流れるメロディが聞こえてきた。いや、気のせいだろう。いくらましろが『パチモン』好きでも、HR中に、しかも最前列で堂々と『パチモン』をするわけがない。
『ピロリンッ』
今度は俺のスマホからメールの着信音が聞こえたので、メールを見てみると、ましろからだった。
メールの内容は特に書かれておらず、代わりに『パチモン』のましろが所持しているSSRキャラのSSが送られてきた。
このSSRキャラ、ましろの家で『パチモン』をやったとき持っていないキャラだったよな?
まさか、今ガチャしたのか…?
ましろから立て続けにメールが送られてきて、『今暇だったからガチャ引いたのだけど、11連でSSRがでたのよ』と自慢してきた。
「11連!?」
あの排出率が渋くて有名な『パチモン』のガチャを11連でSSRが出たというのか…。
驚いた俺は思わず大声で叫んでしまった。
「どうした?神崎。11連がどうかしたのか?」
俺の発言に二階堂先生が反応してきた。まずい…。なんて言って誤魔化せばいいのか…。
「あ、あの…。バイト『11連』勤きついなぁ~。なんちゃって。てへっ♪」
自分でもよくわからない言い訳をすると、二階堂先生が「学業を疎かにするなよー」とだけ言って事なきを得た。
ただ、クラスメイトの男子たちは、
「神崎さんがバイト!?」
「メイド喫茶だったら毎日行く」
「俺も夜のご奉仕されたい」
勝手な妄想を膨らませている。
「じゃあ、HRを始めるぞ。最近、能力者による犯罪行為が増えてきているから皆気を付けるように。そのこともあって、今日の1限目は急遽、模擬戦を行うことにする。各自、運動着に着替えて校庭に集合するように」
模擬戦は超能力者同士が能力を駆使して戦う訓練で、対人戦の力量を向上させる目的で行われる。
近頃、犯罪者が増えてきているので、いつ生徒が事件に巻き込まれるかわからないため、己を鍛えるべきだと教師陣が判断したのだろう。
とはいえ、俺の能力は、黒人に戻らなければ本領発揮できず、ひよりのままだと一般女性と変わらない。
そんな俺が模擬戦に参加したところでボコられるだけで終わりそうだ。
ただ、昨日ましろが話していた能力の進化について考えてみる。能力を進化させるには何らかの条件が必要なのか、それとも能力の使用回数によるものなのか、はっきりとした情報はまだない。なので、この模擬戦を通して何かわかればいいなと思う。
「それと、東雲は幼少期から『超能力取締特殊部隊』の隊員で、対人戦のプロだ。わからないことがあったら彼に聞くように」
「おい。おっさん。余計な事言うんじゃねえよ」
東雲君が不服そうな顔で反抗するけれど、二階堂先生は華麗に無視して、HRを続けた。
(『超能力取締特殊部隊』ですか…)
犯罪者を取り締まる、『超能力取締特殊部隊』の隊員。国が認めた実力者のみがなれると言われている俺の憧れている職業。そんな職に彼は幼少の頃から就いているなんてすごい。
HRが終わり、尊敬の眼差しで東雲君を見る俺に、ましろとめぐみんが
「「浮気はだめだからね(だめよ)」」
と言ってきた。別に恋しているわけではない。ただ、彼の話を聞いてみたくなった俺は、席を立ちあがり、東雲君の方へ向かう。
「あ、あの。東雲君」
「あ?鬱陶しいわ。散れ」
俺が声をかけると、東雲君は見向きもせず、手の甲だけをこちらに向けて上下に振り、あっちに行けとジェスチャーする。
「わたし、『超能力取締特殊部隊』に入りたくて、それで…、話聞きたいなって」
「聞こえなかったのかよ。話しかけてくるなって言って…るだ…ろ…」
どうしても話を聞きたかった俺は、引き返さず話しかけると、東雲君はこちらに振り向き、悪態をついてくるが、目が合うと徐々に言葉に覇気がなくなり、終いには頬を染めて目を逸らした。
「東雲君。諦めたまえ。神崎さんの前では対人戦のプロだろうがその可愛さに皆やられてしまうんだ」
小金井君は東雲君の肩をポンポン叩き、「僕らの同志よ!」と歓迎している。そんな小金井君の同情を彼は触るなと叩き落とした。
「お前みたいな、ちんちくりんには向いてねえよ。諦めろ。それに、お前は人を殺せるのか?この業界じゃ人を殺すのも、殺されるのも当たり前に起こる。お前みたいに何もわかっていないヒーロー気取りが入っても邪魔なだけだ」
たしかに、俺は『超能力取締特殊部隊』の人に助けられて、自分も困っている人を助けたい。そんな理由の志望動機だったけど。でも…
「うぅ…。そ、そんな言い方しなくてもいいじゃないですかああ」
俺は泣きだして教室から飛び出した。
たしかに彼の言った通り、ヒーロー気取りだったのかもしれない。でも、誰かを助けたいという気持ちは本物だ。
この気持ちがある限り、俺は『超能力取締特殊部隊』の道を諦めたりはしない。
こうなったら、模擬戦で実力を見せてやる!!




