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逆行聖女は剣を取る  作者: 渡琉兎
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第2話:少女アリシア 1

「…………と、とりあえず……ここは私の家、だよね?」


 木造の家に懐かしい天井、何度も嗅いできた部屋に飾られている花の香り。

 ここはアリシアが聖女として過ごしてきた聖教会の一室ではない。

 彼女の故郷であるディラーナ村の、家族で過ごしてきた家だった。


「……あれ? 声も、変わってる?」


 慣れ親しんだ声とは異なり、懐かしい響きの甲高い声に変わっている。

 ここまでぼんやりとしか考えられていなかったが、徐々に思考がはっきりし始めると、キョロキョロと周りに視線を向けた。


「あった! 鏡!」


 ベッドから飛び降りたアリシアだったが、思っていた以上に高かったベッドに転びそうになりながら、やや前のめりで鏡に映り込んだ。


「…………子供だ」


 彼女の体は子供の姿に――正確には一〇歳の頃のアリシアの体に戻っていた。

 大きな瞳と小さな鼻、寝起きだからかぼさぼさになった銀髪が映しだされている。

 懐かしい自分の姿をしばらく見つめていたのだが、不意にその瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


「……生きてる。……でも、どうして? どうして子供の姿になっているの?」


 自分の体が一〇歳の頃に戻っていることはなんとか理解できた。

 しかし、どうしてこうなってしまったのかまでは全く理解できていない。

 そもそも、ここが本当にディラーナ村なのか、故郷の家なのかという疑問も浮かんできてしまう。

 困惑が尽きないまま鏡の前で立ち尽くしていると、部屋のドアがコンコンと音を立てた。


「……は、はい」


 心臓が早鐘を打ち、頭の中で音を響かせる。

 いったい誰が姿を見せるのか、その者は味方なのか敵なのか。

 死ぬ間際に見たものは魔獣の群れだった。ということは、相手は魔獣なのだろうか。

 思わず返事をしてしまったアリシアの頭の中には、恐怖と不安で押し潰されそうになっていた。


『――おっ! 起きていたか。開けるぞ?』


 しかし、ドアの向こうから聞こえてきた声を耳にした途端、アリシアの恐怖も不安も一瞬で吹き飛んでいった。

 ずっと聞きたいと思っていたその声は、一筋だった涙をさらに流させることになる。

 だが、これは恐怖から込み上げてくものでも、ましてや悲しみから込み上げてくるものでもない。

 この涙は、嬉しさからくるものだった。

 キィィと留め具が音を立てた途端、アリシアは走り出していた。

 小さくなった体は動きにくく、ここでも転んでしまいそうになったが、構うことなくドアへと走っていく。

 そして、声の主が姿を見せたところへ――体いっぱいに飛び込んでいった。


「お父さん!」

「おっと! ははは、どうしたんだ、アリシア?」


 突然アリシアが飛び込んできたことに驚いた彼女の父――アーノルドだったが、彼にとっては小さな子供を受け止めることなど容易だった。

 大きな体でアリシアを受け止めたアーノルドは、小さな体を抱き上げて快活な笑みを浮かべた。


「……お父さん」

「……おいおい、本当にどうしたんだ? アリシア、泣いているじゃないか」

「ううん、なんでもないの。少し、怖い夢を見ていただけよ」


 アリシアの涙を見て慌てて床に下ろしたアーノルドだったが、彼女は涙を拭うと満面の笑みを浮かべて彼を見つめる。

 やや強面のアーノルドが慌てている姿は少しおかしくもあり、アリシアは徐々にクスクスと笑いだした。


「……そうか? それならいいんだが、何かあれば相談するんだよ? まあ、父さんに相談しにくいことだったらおばさんたちだっているし――」

「本当に大丈夫! それに、何か相談することができたら必ずお父さんに相談するわ!」

「……アリシアは本当に優しい子だな」


 アーノルドの大きな手が、アリシアの柔らかく美しい銀髪を優しく撫でる。


(……お父さんの手、こんなに温かかったんだ)


 アリシアは頭を撫でてくれているその手を自分の手で包み込み、自然と笑みを浮かべていた。


「さあ、朝ご飯だ。今日は失敗せずにできたんだぞ?」

「お父さんの料理に失敗なんてないわ! 毎朝が楽しみなんだからね?」


 ここが本当にディラーナ村なのか、故郷の家なのかという疑問は、アリシアの中でどうでもよくなっていた。

 誰よりも大好きで、誰よりも大事に思っていたアーノルドと同じ時間を過ごせる時が再び訪れたのだから。

 今だけはこの幸せを噛みしめてもいいかと、アーノルドの腕を抱きしめながら歩き出した。

ご覧いただきありがとうございます。

もしよろしければ、ブックマークや★★★★★をいただけるとありがたいです。

何卒よろしくお願いいたします。

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