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そこに座りなさい



「集、シュウったら。

ちょっとそこ座んなさい」


「えっ?ああ、うん」


ある日のこと。

珍しく早めに帰宅した古賀集青年は珍しく家に帰っていた母親に、嬉しい顔をして話しかけたが、その返答で来たのはそんな言葉。

なんだろう、と思いながらいつも明るい母の深刻な顔を不審に思いながら、促されるままに席に着く。



「どしたの母さん」


「聞きたいことがあります」


「えっ長くなる?それならちょっと冷蔵庫に…」


「いいから」


「あっはい。わかりました」



有無を言わさずの様子。立ち上がることも出来ずに、ぴりと気を引き締めた。このような様子は、以前母のケーキをうっかり食べてしまった時以来だった。



「オホン。まず前提として。母さんはここで話した話は他の人には全く漏らしません。なので、真実を話してもらえると嬉しい」


「ウソなんて!……場合によってはつくかもしんないけど…まあ基本つかな…場合によるわ」


「うん、ほんと正直な息子だあんた。だからこそ、そんなあんたを信じてるから質問するわ」


そう前振りをされると、かえって怖くなるというものだ。むしろ頭ごなしに怒鳴られた方が安心する、というのは皮肉なものだ。



「…シュウさ…そのあんた…」


「うん」



ゴクリ。

唾を飲む音が耳の中に響く。




「あんた、何人の子と付き合ってんの?」


「は?」



訳がわからなくて、ただ一言とぽかんと開けた口だけが、古賀青年の全てになる。

だけれど集の母はそれに構うこと無く続ける。



「私もあんたの様子を見れてあげてる訳ではない、それは言い訳も出来ないし、しない。本当に申し訳ないことだと思ってる。鈴と一緒に家事も任せちゃって、本当にありがたくて、恥ずかしいことだと思ってる」


「…だからってさぁ。あんた何人も女の子連れ込むのはさぁ。わかる?自分の息子が気づいたら学園ラブコメの末期みたいな状態になってた気分!」


「ま、待った、待った。なんの話だ!?母さん待ってくれ!話についていけてない!」



お互いがお互い、冷静さを欠く状態になっているぞと何やら落ち着かねばならないと立ち上がっていたそれぞれを座らせ、息を吐く。

そうしてから、また話が再開した。



「ほら、居たじゃない?去年の文化祭だったっけ、一緒に回ったって後輩の女の子」


「ああ、ひさめ」


「そうそうあの子。かわいい子よね〜それはそれとして家にも連れ込んだらしいじゃない!!あの子と付き合ってんじゃないの!?」


「えぇ、付き合って…?」



そう言われ、集は戸惑ったように考える。

ふと、思い直す…




……




「あ、古賀さーん!

えへへ、ありがとうございます!

来てくれたんですね、嬉しいです」


「…ん、そうですね。

僕が呼んでこなかった時は、ないです。それもいつも嬉しいんです。毎回毎回、常に。僕のために来てくれたそれが、いっつも、ずっと」


「だから僕も、古賀さんを助けたいんだけど…助けられてばっかりで、うまくいかないなぁ」


「……そんな、いつでも頼ってなんて。

いつも、そういうこと言うから僕は好…」


「…え゛、あ、その…す…いやしんらい!信頼してます!とっても!心から!だからその…これからも…」


「できればずっと、一緒にいたいです…

いつでも、呼んでもいい、ですか…?」




……



「…違う違う、違うって!

あれは宿題手伝ったり、生徒会の仕事手伝ったりしてるだけだ!確かにめちゃくちゃ可愛くていい子だけど…そういうのじゃないって!」


「そうなの?

あらやだ、母さんったら早とちり!」


「ああ、なんてったって信頼してるって言ってくれたから!俺はその信頼に足る男であるためにひさめをそういう目では見ないようにしないとな」


「あら〜立派じゃないあんた」



そうして親子はあはははは、と笑い合った。ただ団欒とするように。



「そしたら話は終わり?」


「まだよ座りなさい」


「あっハイでしょうね」



再び、着席させられる。

それはそうだ、一人だけなら何人と付き合ってるんだという問い詰めはないはずだから。



「じゃあ、あの子は?ほら、あの子よ。前、私に挨拶してくれた生徒会長の…」


「シドのことか」


「あら、それあだ名?」


「ああうん。九条…さんのことだろ?」


「そうそう、その子!あの子良い子ね〜!性格も良くて顔も良くて、完璧って感じ!」


「…良い子かぁ…」


「なにその釈然としなそうな顔」


「いやなにも」


本性を知っているのは、集のみ。

苦々しい顔をした。


「だけれど!挨拶であなたの息子さんとおつき合いさせて貰ってますって言っていたのよ!どうなのよこれは!」


「はぁ!?」


そう言われると、意識をしてしまう。

直前の彼女の様子はどうだったか?

ふと、思い返す…




……



「ボクが君を好きかって?

クク。君のことを呪いたいくらいだよ」


「まずボクの呼びかけをすぐ断るだろ?で、ボクの目の前でよく他の子とイチャつくわ、ボクを蔑ろにすることの多さったらない。

呪われる心当たりはあるんじゃないか?」



「ああ。じーっくり呪いたいくらい。

で、関係ない話なんだけどさ」


「呪い、とはまじない、とも呼ぶ。そして古来よりのまじないはつまり、何に一番用いられていたと思う?」


「…正解はね。男女の色仲に、だよ。人である自分たちが祝っても呪っても、まだ足りない。だから、彼らは人以外のなにかの力に願った。人以外のナニかにも仲を結んでもらっても、まだ足りない。そんな情念を呪うために、ねえ」


「んー?…言っただろう?

関係ない話、だってさ。ふふふ」




……




「あー…多分違う。むしろ俺ちょっと嫌われてるくらいあると思ってるよ」


「いやいやそんなことはないでしょ」


「だって、お前呪うぞ!なんて言われてるんだぞ俺。クラスメイトのよしみで仲良くはしてもらってるけど、そういうのは無い無い」


「えー?まずあんな良い子が『呪う』なんて言うこと自体あり得なそうだけど。

じゃこれも私の勘違い?でも…」


「ああ。おつき合いどうこうも冗談のつもりだったんじゃないか?なんでもできる凄い奴で、何よりマジでかっこいいやつだけど…俺と付き合うなんてないない」


「……そう?本当にそう?…うーんまあいいか」



あははは。と笑い合う。

ひと段落ついて、の団欒。



「じゃあ俺はこれで」


「まだよ」


「まだかぁ…長いなぁ…」



長くなってるのは誰のせいだ、とぶつぶつと母親にぼやかれ座らされて、再び話は続く。



「で、聞くけど。アオちゃんはどうなの」


「アオ。」


集青年は、ここで初めてぐむり、と口をつぐんだ。そうして、頭を抱える。



「……アオかあ…」


「思い付く節があるって顔をしてるわね!既に!ほーらこれは正解でしょう!!ほれほれ母さんに話してみ!!ね、何処までいったの!ほーれほれ!相談してみ!!」



もう趣旨変わっとるやないかと心で呟きながら、今自分の頭を抱えていた理由も含めて、記憶を回顧する。


少し前の出来事を思い返してみる…




……




「シュウ、せんせ」


「…抱き付かないでほしい?ハイ、わかりました。ところで本題なのですが。私、シュウのお陰でテストの点数が上がったんです。本当ですよ?ホラ、見てください」


「ええ、ふふ。

私だって胸が高いです。フフーン」


「ん?これ見よがしに胸を張らなくても?しかしこうするとシュウは喜ぶかと…そんなことがない、ならやめます」


「フム。確かに私はただのクラスメイト。教えてもらってる恩はありますが…別に私がこうしているのはそれを返すためとかじゃないですよ?」


「ンー。わざと目を逸らすのですね。いいですよ。私はその目を追うのも嫌いではない」



「…好きですよ、シュウ。私はその、あなたのいじっぱりな所も、大好きです」




……




「……うんこれだけは言い逃れできないわ」


「でしょ!?やっぱりでしょ!」


「でもしかし、俺は特になんもしてない!何もやってないしそういう事実はないんだ!だってそんなんしたら俺が、恩の元に純粋なあの子につけ込んでるみたいだろ!そういうのは絶対したくないって!」


「でも…あんたでも魔が刺すんじゃないの?だってあの子すんごいじゃない。」


「何処見て言ってんだよ母さん!」


「?顔よ、顔。すごい可愛いじゃない。

逆にあんたはどこだと思ったの」


「ぼ、墓穴掘った…!」



必死に話を逸らして。

否、むしろおほん、となんとか話を戻す。



「ただ間違いなく、俺はそんな気じゃない。あの純粋すぎるくらい純粋な子が次に、他の誰かを本当に好きになった時に胸を張れるように。俺なんかが手を出しちゃいけないんだ」


「……」


「……なんて信じられないか。たしかに俺も」


「信じるわ」


「…えっ信じるの?」


「だってあんた…アホ真面目だし。むしろ手出してたくらいの方が健全だなって安心するからいいんじゃない?私は一発ぶん殴るけど」


「じゃあよくないじゃん!」


「冗談よ冗談」



冗談きついよ、と話し合い。

あははは、と二人が笑う。



「まったく…話はこれでようやく終わりだな?

じゃあ今度こそ…」


「まだある」


「まだあんの!?」


「こっちの台詞よ!なんでまだあんのよ!」



逆ギレをされながらも、また着席。

立ち上がり、座りを繰り返したせいでなんだかむしろ逆に足が疲れてきたぞ、と。



「偶然通りかかったとこで見たんだけどさぁ。ほら、あんたと前歩いてたら大人っぽい…多分年上の…多分だいぶ上のお姉さんよ。

すごい良い雰囲気だったわよどうなってんの」


「…え?」


それまで、思い当たる節はあった。

しかし良い雰囲気になる、年上?

そんなもの、まるで思いつかない。


「えー、…え?本当に思いつかないぞ?

誰のことだ?」


「いやいや私見たわよ?あんたのうすらデカい身体を見間違えるはずないし。ほら前の休日よ」



休日、休日。

それを聞いて初めてぴん、とくる。


「あッ!わ、わかった!多分あれだ!先生!先生だよ!浮葉先生!学校の先生だよ!」



そう言われて、その日のことの記憶が蘇る。

思い返してみる…




……




「本当に、今日はごめんね集くん。

私、男手で頼れる人なんていなくって。家具とかの重い荷物ってなると困っちゃって、つい…」


「…ふふ。ありがとう集くん。その優しさに頼っちゃう私もよくないと思うんだけれどね…君ももっと、ちゃんと断る力をつけた方がいいわよ?じゃないと、いつか首が回らなくなっちゃう」


「む。断ってないわけじゃないなんてどの口が言うの!現に、私なんかに付き合ってるじゃない」



「……!また、そういうこと言って。あなたはいっつもそんな嬉しくなるようなことを女の人に言ってるの?それもよくないわよ」


「……そう。本当によくない。私が、優先度が高いだけ、なんて。そんなことを言われたら…」


「私も、諦めきれなくなっちゃうもの…」


「うん?

男手を借りる事についての話よ。うふふ」




……



「ないない」


「あらいつになく即答」


「だって教師と生徒だぞ?

確かに浮葉先生は…」


すう、と一口息を吸って。

そのまま一声で。


「美人で優しくて優秀で気が利いて力持ちで真摯でめちゃくちゃスマートな先生の鑑だけどさ。だけれど」


「うわ早口ねシュウ…いやわかったわかったその、先生のこと気に入ってるのは、もういいから」


「だからこそ俺なんて眼中にないって。

ないない!」


「まあ…確かに先生なら無いかあ…

…ん?でもならなんで」


プライベートで連絡を取れるくらいに連絡先をお互い知ってるのだろう。学校以外で出会ったりしたとかあるのか?そんな所まで考えたが考えすぎか、と思考を止めた。



「…今度こそ…終わりで大丈夫?」


「…いいよ」


「よっし!じゃ今度こそ冷蔵庫に」



「だけど最後に質問!」


「なに!?なんだよ!」



「………鈴の事。どう思ってる?」


「かわいい」


「そうね」


「世界一可愛い俺の妹。

宇宙一大事な妹だけど…

なんかそれ以上にあるか?」


「あーうん、えっと…」



その瞬間である。

がちゃり、と扉が開く音。

来訪者、というよりはもう一人の帰宅者。



「ただいま戻りました、兄さん…

あれ、母さん!帰ってきてたの?」


「あら、鈴!おかえりなさーい!」


「おお鈴おかえり。噂をすればだな」



噂をすれば、と言う集の言い振りと二人が何故か机にしんみりと座っているところを見て。

鈴はキョトンと首を傾げた。



「…?何か話してたの?」


「ん?あーうん。少しねー。

鈴はかわいいよねーって話を」


「何を馬鹿なことを…」


「馬鹿な事じゃない!

鈴は宇宙一かわいい俺の妹だぞ!」


「きゃっ…兄さんうるさい!」



急に大声で叫んだ集をがん、と持っているカバンで殴る鈴。外の寒さからか、鈴の顔は赤かった。



「あ、そうだ鈴。昨日ありがとな」


「いいえ、別に。

妹として当然のことですから」


「お礼代わりにさ。アイス買ってきたんだ、二つ。それぞれ分けて食おうぜ」


「!…まったくしょうがないですね。…うわ溶け始めてますよこれ。早いこと食べないと」


「アッ冷蔵庫に行かせてもらえなかったから…やばいな、開けちまおう。晩飯の前だけど。

…ほら鈴!お前、これ好きだったろ?」


「!…ふん。私がこんなので喜ぶ、と思ったら大間違いです」


「ふふ、嬉しいくせに無理すんなよ」


「違います。喜んでるのは、アイスがあるからじゃないですよー」


「じゃあ、なんなんだ?

あ、母さんが帰ってきてるからか?」


「んー。秘密です。

兄さんにだけは教えてあげません」



ひひ、といたずらに笑う顔。

その兄に向ける顔を、母親がじっと見ている。世界で一番かわいい娘。そしてそれを眺める先にはこの世で一番立派な息子。

そう、それでいい。

だけどその娘の、目つきと顔つきはまるで…



「……うーむ。

止めるべきか、止めないべきか…」


「まあいっか。鈴も良い子だし、

さすがに大丈夫でしょ。多分」



……たまには、晩御飯を二人に作ってあげよう、と腰を上げたが長いこと話をしたせいかどうにも疲れてしまった。


「ね、二人とも。今日久しぶりに外食しない?」


「!行きたい!」


「えっ、あっ私も行きたい」


「オケー、決まりね」



そう言って、外出の準備をしてしまう。そうして荷物を整えて、上着を着る際の姿見の前で、はぁ、とため息を吐く。


自分の息子の、あの状況。



「父さんに似たんだろうなあ…」



そうなるときっと、大変だろうなあ。なんて他人事に思えなかったのは、家族だからだろうか。もしくは過去の記憶からだろうか。


どちらでもいいや、と。

そうしてご飯を食べに行く事にした。


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