髪結いセレナーデ
いつもの扉を開けるとそこには、なんというかよくわからない光景が広がっていた。
「うーん、あまり動かないでね。…あまり他人のを弄るなんて慣れてないから、うっかり変な事になるかもしれないし」
「え、ええ!?か、勘弁してくださいっ!」
「わわ、だから動かないでってば」
…我らが生徒会長であるシドが、その後輩であり、また俺の知り合いでもあるひさめ少女の髪を(割と無理矢理)弄っている。そういう風にしか見えない光景だった。
「…ええと。これは一体」
「おや、どうも古賀くん。見てわからない?
ひさめちゃんの髪を弄ってるの」
いやそれは十分わかる。
何でこんな事になったのかを聞きたいんですって。
心の声を読み取ったように、にったりとシドが話す。というか彼女の事だ、わかっていながらわざとすっとぼけていたのだろう。ううむ。
「いやあ、ね。この子は贔屓目に見なくとも超のつく美人さんなのに、髪型がこう一辺倒なのは勿体ないと思って。提案して押し寄ったら案の定断り切れてなかったから、そのまま押し切ったんだ」
「無理矢理押し通るのやめてやれよ…」
成る程、成る程。提案した時のその押しの強さも、断れないひさめのその姿までもがものすごくハッキリイメージできる。この身でどちらも体験済みだからだろうか。
しかしやはり、各々の表情…特にやられている方の表情からして、完全な同意を得ている行動ではなさそうだ。
非常に困っている…というか。
「……」
…っていうかどう見ても助けを求めてる顔だあれは。誰が見ても分かるわあんなの。
全く、と心で呟いてから。
こう言った。
「おい、シド!」
「……ん?何だい?」
「こんな楽しそうな事一人でやるなんてズルいぞ!俺にもやらせてください!!」
「ええええ古賀さんちょっと!?」
「アハハどうぞどーぞ!ウェルカーム!」
シドのした返答は、俺にはひさめの絶叫でかき消され聞こえなかったがその笑顔を見るに、答えは聞くまでもなかろう。心と心が繋がった瞬間がわかった。
「じゃあこれが終わった後は古賀くんの番だな…
よし、完成だ!」
「おー…立派なもんだな。
てっきりヘンテコなのが出来るかと」
「ボクを誰だと思ってるんだい。それに、それしたらいよいよひさめちゃんに愛想つかされそうだったから必死にやったよ」
いつもとはまた少し違う感じの三つ編みの様な…聞けば三つ編みではなく、ポニーテールの一種、フィッシュボーンなんて髪型名らしい。
「…意外だ。てっきり俺、女の子らしい髪型なんて知らないもんかとあだだだだだだ!!」
つねられた。痛い。
さて、気を取り直して俺の番だ。
さっきまでシドが居た所に立ち、ひさめの髪に触れる。
ついその柔らかな手触りに妙な気持ちになる自分を、何とか抑える。目の前に見えるその髪の持ち主の耳までが赤くなっているのが見える。
あとついでに横でぷるぷると笑いを堪える会長の姿が見えた。なんか悔しい。
無心になるように努め、本格的に弄り始める。
「おや、手慣れてるな。さてはその手練手管で幾人もの女の子を落としてきたなこのスケコマシ」
「馬鹿言うなよ…
そもそも俺なんぞに拐かされる子なんざ居ないって」
一瞬沈黙が入る。
…そんなおかしい事言っただろうか。
「…ま、まあ、それは良いとして…
確かに手慣れてますね。何か経験があるんですか?」
それまでじっと黙りこくっていたひさめがそう聞く。少しだけ勇気を出して聴いたようなそれに、ただひょっこりと答える。
「ああ。ガキの頃、鈴の髪結わされてたからさ。
まあそこそこ手慣れたもんだよ」
また、沈黙が入る。
そんな、静かになるような事を言ったか俺?
「へえ。随分早熟な子だったんだねえ。
幼い頃からヘアスタイルに拘るなんて」
「ん、ああ…確かに。まあ今役立ってるから、むしろありがたいってとこですけど…っと」
そうは言っても、所詮は子供の頃の思い出。
きっと、鈴も覚えてないような過去の出来事。
その頃を思い出したとはいえ複雑なようには出来ない。
だから…
「良し、出来た…
って言っても本当に簡単なもんだけどな」
「おやハーフアップか。シンプルだけど可愛らしいね。
やっぱり、元が良いと何しても映えるねえ」
なでなでと、膝の上の飼い猫を可愛がるようにひさめの事を撫で散らかすシド。もみくちゃにされながら、意外と気分は悪くなさそうだ。
「あ、そんな名前なんだこれ。
…確かに、地がいいから何でも似合うな!」
「こ、古賀さんまでそういう事ばかり言ってぇ…!」
うっとりと手を動かすシド、本心を言う俺、恥ずかしがるひさめ。三者三様、楽しんでいた。
「…あ、あのー…そろそろいいかな…?」
「あ、戻しちゃうの?勿体無い。
似合っているのにな」
「…まあ俺はひとしきり満足したし、シドがいいなら」
「じゃあいいよ」
それを聞き、ひさめは安心したように息を吐く。
そうしてそっと自分の髪に触れ始めた。
「まったくもお…二人とも、あんまり無理矢理、女の子の髪には触ったりはしちゃいけないんですよ…って古賀さんだけならともかくなんでシドさんに言わなきゃいけないんですか!」
「ハハ、面目ない」
「見るからに反省してねえなお前」
「もう…
…晴果がいないのは不幸中の幸いかな。
多分あの子が居たら小一時間いじり回すだろうし」
すぱぁん。
ドアが勢いよく開けられる音。
「呼ばれた気がして!」
「うわ来た!…ってなんで!?」
「何でいるかってそりゃひさめの楽しそうな声が聞こえたから…ってなんですか!すっごい楽しそうな事してる!混ぜて下さい!」
「「どうぞどうぞ」」
「僕の了承は!?」
……結局。ちゃんとした技術を持った彼女の友人が行ったヘアスタイルに俺たち二人の対抗心が燃え。ひさめが開放されるのは彼女がぷんすかと怒り出すまでの、ずっとずっと後だった。
因みに謝ったら許してくれた。




