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あなたが私にくれたもの











「鈴って髪型変えないのか?」



「…?」



「いや、そんなよくわからないみたいな顔を向けないでくれよ。わかんない事でもないだろ」



「はあ、すみません。何故そんな事を急に?と思って。随分とまた急ですし」



「ん、なんかこう俺の知ってる鈴っていつもその髪型だからさ。長さ的に色々出来そうなのにしないのかなって思って…」



さらり、と自分の髪に触れてみる。

定期的に自分で手入れして長さをあまり前後させないようにしているが、気付けば肩よりも下に来ている。今回に限ってはその長さが功を奏したようだ。




「ふーん…

…他の髪型にしてるところを見たいですか?」



「え?あ…ああ。見たい…かな?」



「じゃあ、嫌です。

別にそこまで見たいわけじゃないようですので」



「ああ待った!見たい!本当に見たい!」



ぷいとわざとらしく向けた背中にかけられたその焦った声に、ちょっと笑う。

微笑ましく思い、嬉しくなって、焦った姿にちょっと悦んで。




「…まったく。それなら、もっとちゃんとそう言ってくれればいいのに。そっちの方が嬉しいですよ、私は」



「ご、ごめん」



「謝らなくていいです。

…喜んでるんですよ、これでも。

それなら色々やってみましょうか」



そう言いながら兄の手を取る。

え、とキョトンとするようにしているその顔の横に沿って囁く。



「ほら、兄さんも手伝ってくださいよ。久しぶりに私の髪を弄ってみるのも、また一興じゃないですか?」



「え、あんま女の子の髪にゃ触らない方がいいんじゃ…

…うーん、まあいいか。確かに久しぶりだな」




そうだ。

子どもの頃、まだ貴方のその顔に火傷の跡が無かった頃。まだ無邪気に爛漫に貴方の顔を見る事が出来た頃。

私は、何度も貴方に髪を結う事をせがんだものだ。おしゃれで、飽きっぽかった昔の私は事あるごとに色んな髪型に変えてもらっては、崩してしまって自分で治せず、また貴方に結ってもらってをくり返していた。


ずっと、もうしていなかったけれど。




化粧台の前で、私の後ろに兄さんが立つ。

その巨大な気配に、なんとも言えない安心感を感じて、こそばゆくなる。


さわ、と頭に、髪に触れられる感触はただくすぐったいだけでなくどことなくぞくつくような、何か弱みを握られてるような気持ちになった。それはただ、嫌な気持ちでは無い。




「それじゃ、やるぞ」



久しぶりに触れるから、ということもあるかもしれないけど、あの時にとっても上手だと思っていた兄はどこかぎこちなく、完成した髪型も少しずつよれついていた。


ただ完成度とかそういうのは関係なく、私の髪を四苦八苦しながら、綺麗にしてくれようとしている兄の姿が、そのまま嬉しかった。




最初は、シンプルな後ろ纏め。



「おお、なんかスポーティな感じだ。

鈴は運動も得意だし、似合うよ」




横に流す、一又の編み込み。



「へえ、だいぶ雰囲気が変わる…

なんかいつもより真面目そうに見える。

いやいつも真面目なんだけど」




少し趣を変えて、お団子。



「またどっと感じが変わるな。

…うん、可愛らしい。

キュートで、こういうのも良いな」



それならと可愛い路線で、ツインテール。



「はは、更に若く見えるな。

…え?違う違う、バカにしたわけじゃなくて。昔のお前を思い出してたんだよ。

あの時は元気な子でなあ…」




…なんとなく悔しく、おさげに。



「お、大人っぽい。

それで本を読むだけで相当サマになるぜ。

伊達メガネでもかけてみるか」




最後に、紙紐やらを外して、そっと流す。

いつもの髪型に戻してもらう。

最後に、櫛を通してもらいながら。





「…うん。

やっぱり、その髪型がしっくりくるなあ。

鈴といえばそれって感じがする」



「…そうですね。

私もこの髪型が一番お気に入りです。

散々やってもらって悪いですが、これから変えるつもりはありませんよ」



「はは、そんなこったろうとは思ったよ」




笑いながら、ぽん、ぽんと頭に手を当てられる感触。それにまた自然と頬が緩んでいく。そんな自分を鑑みて、咳払いをして喝を入れる。




「ほら、満足しましたか兄さん。それならそろそろ、ご飯の準備をしてください」



「…あ、もうそんな時間が。

悪い悪い、すぐやるよ。他は…」



「もうやってあります。

洗い物も終えてるので、料理だけお願い」



「さっすが、仕事が早え」




そうして背中を向ける兄の見えないところで、私はまたにこにこと、微笑みが止まらないような心地になる。


さっきまでのことを思い出す。私の髪を必死に、可愛くしてくれようとしてたこと。痛くならないように気遣ってくれながら髪を触っていたこと。


そして何より、どんな髪型をしても私を褒めてくれた。どんな見た目でも私を、可愛らしいと褒めていってくれた。

その事実が、ぽうっと胸を温かくする。




「あ、そうだ」



「ひやあっ!な、なんですか!」



「何をそんな驚いてんだ…

いや、ちょっと気になっただけのことなんだけど、何で鈴はその髪型が気に入ってるんだ?」




急な振り向きに驚きながら、そんなことを質問される。

それを聞いて、ああやっぱりな、と呆れるような、納得するような、これだから、と諦めるような気持ちにもなった。




「覚えてるのは、いつも私だけなんだから」



「覚え…俺がなんか言ったっけ?」



「…いーえ、なんでも。

ただこれが一番楽だからですよ』




兄さんは覚えてないかな。

ずーっと前に言ってくれたこと。にっこりと笑顔を浮かべて私に言ってくれた事。




…あなたがこの髪型を好きだと言ってくれたから。私はずっと、これから変えないんですよ。








……






『…うん!やっぱ鈴は、それがいちばん似合うな!おれ、それがいちばん好きだ!』




『ほんと!?えへへ、嬉しいなあ!

じゃあ、私ずっとこれにしちゃう!』




夜半に、昔の記憶を夢に見た。

無邪気に笑う私も兄にも、今私が懸想しているようなこんな邪な感情など何処にも無くて。


今のこの私が何処か恥ずかしいようなそんな気がしながら、髪に触れた。



そうして、貴方に触られた感触を思い出し、幸せな気持ちになって、布団に潜った。







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