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ソノコトバスベテ










「シュウは私のどこが好きですか?」



「ん?」



喉が乾いて、麦茶で潤している時の事。その質問は突然だったが、だからこそというべきか、すぐに答える事が出来た。




「うーん、そうだな。アオはさ、大人しそうでいてかなり活動的っていうか。結構行動的で情熱的だろ?」


「でもだからっていつもが大人しくて可愛らしいっていうのも間違いない。うまく言えないけど、そういうギャップみたいなとこが好きかな」




ぱっと、思いついた幾つかの内の一つを辿々しく口にする。

こんな風に、誰かに感謝や愛を伝える時、いつも心の内の10分の1も伝えられていなくて、もう少し本とかを読んでおくべきだったかななんて思う。



そう答えると、アオは無表情のまま顔をさっと下に逸らして、少しだけ手で隠した。それを微笑ましく思いながら見る。

それは彼女なりの照れ隠しである事はわかっているし、何より顔が隠しきれない程に赤い。


そんな姿にちょっと悪戯心が刺激されて、更に口走った。




「はは、まだ足りないか?

取り急ぎあと何個か言えるけど」



冗談と意地悪のつもりで言ったそれは、しかし俺が思ったような反応が返っては来ない。

ただ照れ臭そうに、そして困ったように黙って静かになってしまった様子を見て、何かまずかったかという気持ちになった。




「イエ…その、ありがとう、ございます。

とても嬉しいしなんだかもうこれでも良いかなとすら思うのですが…聞きたい事はそうではなく」



「あ、そうなのか」




そう言われると急に小っ恥ずかしい気持ちになる。まあ今更ではあるんだが。それにアオが嬉しがってくれていたの言うのならまるっきり無駄だったという事でも無いだろう。




「えっと…どこが好きかって聞いてたよな?意味が違うんならどういう」



「ハイ。何と言いますか。

私が聞きたかったのは」



「私の身体のどこが好きですか?」




「ゴフッ」





鼻から麦茶が吹き出た。








……




布巾を持ってきて床と濡れてしまった洋服を少し拭きつつ、話を進めていく。

正直なところ、なんの話だと思ってたが。




「…えっと…その、つまりなんだ。俺はアオのどこに肉体的魅力を感じてるかって事か…?」



「ア、それです。

つまりはそういう事です」



「誰に何を吹き込まれたんだ」



「?誰にも何を言われたわけでは無く、単純に私が気になっただけですよ?

単純に、何処に魅力を感じてくれているのかという質問です」



「……そ、そっか…」




安心したような、尚のこと逃げ道が無くなった絶望感のようなイマイチ釈然としない気持ちになってから、助けを求めるように上を向く。


何を見ているのだろう、と疑問に思ったのか、アオが座っている俺に目線を合わせようとしてくる。…結果的にその胸部が俺の目線に近付いて来た。


なんというかその、とても良くない事をしているような気がしてしまい、咄嗟に目を逸らす。




「…えーと、言いたくない…とかいうわけじゃないんだけどなんというか恥ずかしいっていうか…あんまりそんな言うべきじゃないかなって」



「シュウは私が好きじゃないと!?」



「違う!ワザと言ってるだろ!」




大仰によろめくようにして、ちょっと過激な冗談を言う彼女を見て、なんだが少し安心する。

なんだかいつの間にすごく普通の女の子らしくなったなと、嬉しいような気持ちになった。




「ちゃんと私も言います。なのでシュウも誤魔化さないでちゃんと言ってください」



「…は、ハイ…」





黄昏て、現実から逃れていた事を咎めるように更に追い詰めてくる。なんなんだ、俺が何をしたって言うんだ。目線がいやらしかったんだろうか。思い当たる節は…少しだけあるが。




「私は、そうですね。

全部…という答えはナシとしまして。シュウのその首が好きかもしれないです」



「…首?」




アオが口にしたのは、意外な部位。もちろん首が欲しい、とかの猟奇的な意味ではなく。シンプルにこの首に魅力を感じているようだった。




「はい。特殊なフェティズム、ではなく。その太太しいそれが、肩周りに繋がるラインがワイルドでカッコいいです」



「…そりゃ十分特殊なんじゃないか?」



「そうですか…そうかも…」




むう、と思案するように顎に手を当てる少女。そんな本気で悩むような事では無いのでは、と突っ込むことも野暮な気がしてならなかった。



「それで、どうなのですか?」



「ぐ」



「私はちゃんと言いました。

これでも結構、恥ずかしかったのですよ。その代価として、シュウのモノも教えてください。さあ」



「いや、ちょっ、待っ…」



冷や汗、というよりは脂汗。

追い詰められた時特有の、じんわりと身体が火照るような汗が出てくる。


どう答えたら良いものだろうか。

全身、という答えはやはりダメそうだ。

ならもっと当たり障りの無い部位を言うか。それは何処だろう。顔や足か?

もしけは彼女と同じように首と言ってみようか?

頭がぐるぐると考えを回し始めるが、まるで役に立つようなものは出てこない。


目線が勝手に彼女の一部分に行く。

それは彼女の首の下。

そして、臍よりは上。

大きく、どうしても目線を引くそれを、質問の内容のせいかどうも意識してしまって……





「……ど、胴体…!」



……何とか絞り出した答えは、死ぬほど情けのないものだった。

顔は燃え尽きそうなほどに熱かったし、なんなら汗まで垂れていたような気がする。


目をぐっと瞑ってそう言う姿を、アオはどう感じただろうか。

言い終えた後に、怖いもの見たさというように、そろりと目を開けた。


するとそこには安心したような、もしくは勝利を誇るような顔で、少し微笑んでこっちを見ている彼女の姿があった。


…いや本当にどういう事を思ったのだろう。

ただ彼女の顔には今まで見たこともないような微笑みと恍惚が有った事だけは確かだ。




「…ハッ。…すみません、イジワルしてしまいました。私を見て、おろおろとするシュウの様子がどうにも可愛らしくて」




そう言うや否や、俺を抱き止めて、背中をぽんぽんとさすってくる。まるで、泣いてしまった子どもをあやす時のように。

その感触にまた恥ずかしくなりながら、ただなされるがままになる。




『……ちなみに、視線が何処を向いていたかはよく見えていたけど』




…されるがままの耳元に、そんな声が聞こえて来る。さらに顔には熱が溜まっていく。




「…し、失望させたかな。

いや、されても仕方ないと思う」



「!まさか。そんな事ないです。

そんな事あり得ませんし、むしろ今の一連でもっと貴方を好きになりました」




好きになった。

…本当だろうか。もし俺が逆の立場だったら少なからず相手に対して嫌な感情を抱いてしまいそうなものだが。それとも慰めでそう言ってくれているのだろうか。


そう思った俺の心を読みとったように、アオはこちらを見てまた少し微笑み、そして話す。




「嫌うなんてとんでもない。

私、とっても安心しました。

シュウは『これ』にちゃんと魅力を感じてくれてはいるのだな、なんて。ひょっとしたら貴方にとってこれはただ邪魔なものかと思ってまひたから」


「だから、ちゃんとシュウが好きになってくれていて、それでいてそれをずっと隠していてくれてた貴方の気持ちが嬉しいし、そうして接してくれていたことも嬉しいし、何よりとてもいじらしくて、可愛いと思いました」



「……俺はそんな大層な人間じゃないよ」




そうだ。アオの中では、俺はその胸に魅力を感じた上で、押し殺して接した人となっているのだろう。


そんなのは、まるで違う。

ただ俺は、アオという少女に、その肉体的魅力だけで語るにはもったいないほど、もっともっと素晴らしいところがあると思って。ただそこを観たいと願っていただけなんだから。


見た目の可愛らしさも。

その豊満な身体も。

それらが二番手以降になるほどに、君そのものが可愛い女の子だと思っていただけだ。


なんて事はない。ただの自分勝手だ。




そんな事を、懺悔のように言うと。


アオはぎゅっと、またこっちを抱きしめた。

チーク・キスをして、目を合わせる。

その青色の目に、心まで吸い込まれるようだった。




「……本当に、貴方という人は…」



「…ねえ、私、シュウが好きです」


「好きという言葉の持つ、全ての意味で貴方が好きです」





じっくりと、噛み締めるようにそう言われる。

ただただまっすぐにそう言われた言葉は、むしろ受け止める事が難しい。

だからこそ、精一杯にそれを受け止める。




「俺は…たまにそんなにも真っ直ぐに好きって言われるとどうしたらいいのか分かんなくなる時があるよ」



「それなら笑ってください。どんな顔も好きだけど、シュウの笑顔が一番好きだから」




そう言われながら、頬をぐっと指でむりやり上げられる。


必死にそうしているアオの姿が何処かおかしくて、ただ、心の底から笑った。






……




「シュウは意外とおっぱい星人ですよね」



「な、なんちゅう言葉を使うんだ!

どこで学んできたそんな単語!」



「……否定はしないんですね?」



「…………はい、できません…」







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