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ソラノアオサヲ




「……いやあ、たしかに。多少抜け駆けしてボクだけの思い出にしようとした事は確かだ」



「ただこればかりは予想外というか…ボクもかなり牽制したしその上で連絡手段の妨害もしたんだけれど…まさかここまでされるとは」



「つまり、故意的ではないのですね」



「まさか!そんなことして何の得があるんだい。菜種さんだってわかるだろう」



「そうですね。……ところで、同盟だのなんだのぬけぬけと言っておいて、この有様ですか。抜け駆けだの、なんだの悪びれも無く」



「おお、怖い怖い。ただそれについては謝らないよ。どうせキミもそんな事はしてるだろう?いや、『これからする』のかもしれないけどね」



「………」



「だから、それを許すよ。

今回に免じてね」





電話を切った。確認が取れたのならばこれ以上会話をする必要はない。


どうしても話を聞く必要があった。一度見た光景。そしてその後に、彼本人から聞いた話について。



あの日、あの時。もし迷惑でなければと土産を持って彼らの家に向かっていた時。彼らの家の前で見たのは、見知らぬ女性がシュウに礼を述べている姿。


顔を見てすぐにわかった。

ああ、あの女性はきっと。

きっと、私と同じようなものだ。

もしくは、そうなるものだと。


ただそれでもそれに水を差す事は出来なかった。それを止める事は出来なかった。




彼は人を助ける。

ライフワークのように、もはや強迫観念のように、何かを見たら身体が動くような人だ。


ただその行動が単純に褒められたり、感謝される事は、母数に比べてとても少ない。

いいや、もっと多いのは感謝もされずに去られたり、怖がられて距離を取られる事だ。

泣き出されてしまう事すらある。中には、通報されそうになる事もいくつか。


だからこうして、助けた人に感謝をされる事は彼にとってとても嬉しい事であり、時間なのだ。だからそれを邪魔して無くしてしまう事は、とても偲びない。


それをただじっと見つめていた。心に沸々と、何かがおかしくなっていくのを感じ取りながら。



きんこん、とインターホンの音。はっと、鬱屈としていた心がそっちに取られる。そうだ、こんな事を考えている場合では無い。


急に心が弾み、少し息が切れるような足早さで玄関に赴く。扉を開ける前に、姿見で自分の髪を少し整える。


よし。

扉を開ける。




「どうぞ、いらっしゃい…ませ?」



「ああ、お邪魔します」




そこで微笑んでいる人は、笑顔のよく似合う、とっても大きな男の人でした。空の青さをそのままにぎゅっとしたような、爽やかな人。







……




「お邪魔します」



さて、俺は今アオの家に来ている。

というのも年始に差し掛かり始めて少しくらいの頃に、アオに彼女の家に招待されたのだ。


家庭教師として面倒を見てもらっているのも当然ながら、学校でも色々と様子を見ている事について礼を言いたい、との事らしい。


礼を言われるような事ではない、むしろこっちが助かっているとそれまでは返していたのだが、再々の提案を断るのも失礼だと思い、喜んで行かせて貰うことになった。




「すみません。本来なら家族の皆で感謝をという話だったのですが、急に予定が入ってしまったらしく」



「あれ、そうなのか。

残念だな…一度お礼をと思ったんだけど」




いやに静かな宅内を怪訝に思った俺を見かねて、アオがそう補足してくれる。

皆さんに挨拶をしたかったけれど、それはまた別の機会になってしまいそうだ。



「その分、私がオモテナシします。

そこは安心してください」



「はは、期待しておく」




そう、するすると家の中を先導されてついていく。気付けば一つの部屋に辿り着く。

アオの部屋らしい。



「いいのか、入っちゃって」



「ハイ、どうぞ」



真っ直ぐに眼を見られて言い切られてしまっては、入らない理由もない。

なんだかよくわからない罪悪感みたいなものを抱きながら部屋に。



………


…一瞬、黙ってしまった。

その部屋はなんというか…

…最大限オブラートに包んだ上で、非常に殺風景と言う他無かった。


びっくりするほどに物がない。

最低限の寝台、机、本棚くらいしか無く、そしてその本棚もガラガラな上に占めている物は殆ど教科書などの教材だ。

あ、壁にチープなひょっとこの仮面が掛けてある。ただ本当にそれくらいだ。





「……綺麗な部屋だな!」



「そうですか?

そう言って貰えると嬉しいです」





無表情のまま嬉しそうに身体を揺らす所を見るとこの反応は正解だったらしい。

…今度、何かゲームや本でも勧めてみようか?



「えー…あ、そうそう。

お土産があるんだ」




俺にはだいぶ小さい机に座り、荷物を置いている時に今思い出したようにそれを出す。




「チョコレート、ですね?」



「ああ、うん。以前ちょっと手助けした人がお礼にって渡してくれたんだけど…美味しそうだし、折角だからみんなにも食べて欲しくてさ」



包装を剥いていくにつれ、無表情なアオのその目にキラキラと輝きが入り始める。

やはり彼女も、女の子の多分に漏れず甘いものはかなり好きみたいだ。



「…食べてみようか。

ちょっと残しておいてな」



「ハイ、そうしましょう」



そうして、幾つもある粒の内の1つを手に取り、二人で口に入れる。

とろけるような感覚と上品な甘味は香ばしく、とても美味しいものだった。


ちらりとアオを見てみると、まるで周りにパァと輝く表現がされたように、明らかに高揚していた。好物も好物だったらしい。



結構大きいサイズのパックだったが、中途で彼女が紅茶を淹れてくれたこともあり、二人して美味しいとかなり食べてしまった。

うーん、たまにはこんな贅沢もいいだろう。




「…とても美味しかったですね。もてなすつもりが、すっかりもてなされてしまいました」



「そんな事無いさ。俺の方こそ嬉しかったし」



「?紅茶、良かったです?

もう一杯飲みますか?」



「いや大丈夫。そうじゃなくて…チョコ食べてる時凄く嬉しそうだったろ?アオのそういう嬉しそうな顔を見れて、凄く嬉しくってさ」



「嬉しそう、でしたか…」



「ああ、うん。あんまり自覚はないかもしれないけど、そう見えたよ」



「そうですか。

…でも、確かにそうでしょうね」




少しだけ釈然としないような答えを聞きながら、微笑む。少しだけ服をパタつかせる。


ふと、彼女の顔が少し…いや、結構赤いことに気がつく。



「…顔赤いけど大丈夫か?

体調が悪かったりしないか」



そう聞いてみると、少しぽーっとしたようにゆっくりと口を開く。



「暖房を、効かせすぎたかもしれません。

少し暑いです…」



「あ、アオもそう思うか?

やっぱり暑いよな…」




ふむ、俺だけじゃ無かったみたいだ。

暖房の温度は少し下げたもののすぐに適用されるわけでは無い。ちょっと失礼して上着を脱いだ。


そしてアオもそれと一緒に上着を脱いだ。

…ちょっと待った!?




「まま、待った!ほら、俺の目もあるからちょっと我慢してくれ!」



「ガマン…?」



「暑いのは確かに嫌だけど、ほらその…その下結構インナーっぽいっていうか!布地がだいぶ薄いから…とりあえず着て、な?」




あたあたと今脱いだ上着を再びアオに被せる。

うーん、服が薄い…目のやり場に困る…


被せた瞬間、上着がまたぱさりと落ちる。そしてまたその上着に手をかけようとした時、ぐいとその手を引っ張られた。

前のめりに、おととっとバランスを崩す。




「そんなに、ワタシの肌が嫌いですか。

そんなに見るに堪えないですか…」



「へ」



『私は全然いいのに。

貴方にだったらいくらだってもう!』



「いや、ちょっ…」



「それなのに何がガマン!

ガマンしなくてはいけないほど嫌ですか私が!それならそうだってちゃんと言って下さい!」



急に、見たことも聞いたこともないようなアオの感情の爆発に当てられて、驚いて思考が数秒すんと止まった。

なんだ、何が起きてる?




「それは嬉しそうな顔もしますよ私は!うれしかったのは、これが美味しかったのも確かだけれど!シュウと一緒に食べれたからなの!どうしてわかってくれないの…」



怒っていたと思えば今度はくすん、くすんと涙を流し始めてしまう。顔はもう、さっきよりもさらに真っ赤っかだ。



…おかしい…いや、流石におかしすぎる!


アオがこんな急に感情を露わにするのもおかしいし、それに、俺の身体も火照りすぎてる。暖房の当たりすぎって感じじゃない。これは…


ハッ、と思い当たる節を思い、さっきのチョコのパッケージをよく見てみた。

そこには、小さくアルコール分の表示が。




(……なる、ほどなぁ〜…)



なるほど、二人してかなり食べたから、酔っ払うには十分だったらしい。

俺は図体がでかいからまだマシだが、アオは…




「ねえ…答えてください…

私は貴方にとって厄介者ですか…そんなに近寄って欲しくないのですか…」



縋り付くような、彼女らしくもないぐすぐすとした泣き声が俺の胸元から発せられる。


いや。彼女らしくもない、というのも勝手に俺が思っていただけで、本当はこれが彼女なのかもしれない。勝手に俺は、理想のアオの像を押しつけてしまって居たのかもしれない…




「……ごめんな。今までそうやって離れるようにばっかり言ってたせいでもあるよな」



泣いている彼女をそっと抱き留めて、とんとんと幼児をあやすように身体に手を置く。

暖かく、柔らかいそれに出来るだけ何も思ってしまわないように。



「そういう訳じゃないんだ。ただ、君はその…色んな人にとっても、俺にとっても凄く魅力的だから。そう距離を近くにされてしまったら、君自身が悪意に晒されてしまいかねないから」


「そうしたら、アオ自身がすごく傷付く事になる。そんなつもりは無かったと言っても、そんな理屈は通じないかもしれない。だから…」



「私はシュウ以外にはこの距離をしませんしシュウには『そんなつもりは無かった』なんて言いません」



「ん゛ん…ちょっと待った落ち着こう…」




ぐいと、胸の内にいるアオがぐっと更に身体を押しつけながらそう言う。

困った、止まる様子が無い。



「私はこうすると男の人が喜ぶと聞いていたからこそ当てていたのですが…それは迷惑でしたか?迷惑ではないのですか?ハッキリ言ってください。いやならやめます」



どこでそんな事聞いたんだと思いながら、一つの判断に苛まれる。

そうだ、ここではっきりと言ってしまおう。周りの眼もあって迷惑だからと言えば彼女の行動を止めることが出来る。少しだけ心が痛むくらいは必要経費だ。さあ言え、言うんだ。




「…………迷惑じゃないです…」



俺の馬鹿!




「ならやめる必要はありません。それともシュウ個人が、私の事を疎んでいるのですか」



「そんな訳ないだろ!」



「ならば、尚更やめる必要は皆無の筈です。

ゆっくりしてください。今は、二人きりです」




いけない、だんだんと頭が働かなくなってきた。何も考えられなくなってきた。

もういいんじゃないか。


がばりと起き上がり、寝台に彼女を置く。

そしてそのまま、覆い被さった。



「ぎゃうっ…」



それをした時にちょっと出た悲鳴を聞き、俄に正気付く。そして、しようとした事の重大さに一気に青褪めた。馬鹿か俺は。


これはアルコールのせいだろうか。そのせいにしてしまいたい。




「ご、ごめん!急に驚いたよな!?

もう触らないから許し…」



語末が消える。すー、すーと平穏な寝息を立てているのは目の前の彼女だった。すっかり酔いが回り切ってしまったのだろうそれは、ちょっとやそっとには目覚めそうになかった。




「………はぁーっ…

なんというか…色々と……」




パン、と思い切り自分の顔を挟み潰すように叩いて酔いを醒ます。あと邪念を祓う。

ベッドの上で熟睡をしている彼女にそっと毛布をかける。あとは書き置きだけ残しておこう。今日は一度解散すべきだ。

また翌日に謝罪と説明をしに行こう…




「…またな、アオ」



『ハイ…待ってます…ずっと…』



びくり、と振り向く。起きているのかと思ったが、どうやらただの寝言らしい。


なんだか会話が成り立ってるような成り立っていないようなその寝言だけを背に聞きながら、俺はその場を後にした。

ちょっと色々と悶々としながら。

…しばらく寒空に当たってこよう。






……





『それで、酔って寝てしまったというわけですか…嘆かわしい』



「…すみません。

折角機会を作って頂いたのに」



お母様に今日はどうだったのかを聞かれ、説明をする。幸いというか不幸というか、酔ってしまった時の記憶ははっきりとありました。



『まず、失礼を謝るようになさい。

明日に改めて来るそうですから』



「…!あ、明日ですか…」




少し痛む頭を抑えながらベッドに行く。ゆっくりと寝ていたせいで眠気はまるでないが、そうする他無かった。




その手から愛を知って。

その声から安らぎを覚えて。


そして、貴方のその優しさがこのどうしようもなく溢れてくる暗い感情の訳を教えてくれた。


貴方がいるおかげで、感情というものを始めて知ったかのようだ。貴方に再び会えてから、私の心はどれだけ乱されているだろうか。



貴方のおかげで自分の海の狭さを知り、空の青さを知れた。そのおかげか、せいか。



どんな顔をして貴方に会いにいけばいいのか。自分の顔が赤く火照っている事は、わからなくなってしまった。



ああ、どうしよう…

布団の中で、暴れてしまいたいようだった。




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