アオキユメミシ
この作品では『』は英語でお願いします。
…この状況は一体なんだろう。
俺は今どういう状況にあるのだろう。
『シュウ先生。
これで合っている、のでしょうか』
「え、ああ合ってると思う。
うん、オーケーだ」
『ありがとうございます。先生のおかげです』
「……先生、かあ…」
面映いような、嬉しいような。自分にはどうしてもあわないような複雑な気持ちになってしまう。
俺が今いるのは自分の部屋。
自分の部屋にこんな少女が上がり込んでいる様子は見る人が見なくても事案を想起するような状態であると思う。なんなら、俺がこの様子を見たら即通報ものだ。
目の前にいるのは、美少女。
髪を横に結び流して、整った顔立ちはまるでモデルのようですらある。
そして何よりその眼。
その眼は、青い眼をしている。青空のような、海のようなその色は本当に綺麗だ。ハーフでありながら、髪色は黒。目の色は青と、それぞれの特徴をそれぞれに出した、とても珍しい見た目。一見アンバランスにも見えるが、そのような状態が不思議な調和を生んでいる。
…なんで俺の周りには変わった眼の色をした女の子が多いんだろうか?
閑話休題。
彼女の名前は菜種アオ(本当はミドルネームやらがあるらしいのだが、長ったらしくつい忘れてしまった)。親戚の女の子である。
アオちゃんは、ちょうど俺の1年くらい下。小さなころから外国で暮らしていたのだと言う。
それがつい最近、日本に戻ってきた。
そして、この辺に住み始めた。
どうもまだ小学生にもなっていなかったような頃、此処に住んでいたとかなんとか。彼女たっての希望だったらしい。少しでも馴染んだ場所が良かったのだろう。
で、本題。
どうしてそんな少女が俺の部屋にいるのか?
合縁奇縁、というべきか。
この少女の顔は、ひさめに少し似ている。表情や言動が異なり、雰囲気レベルではまるでそうは見えないが、まじまじと見てみると、目尻などのほんの少しの所だったりがにている事に気づけるだろう。
それは当然といえば当然だろう。彼女…アオは、ひさめとは親戚関係であるのだ。
経緯としては、こう。ひさめが、最近少し成績が上がったという事を家族に話したのだという。どうも、教えてくれる人のおかげだとも言ったらしい。
するとそれが伝言ゲームでアオの家にまで伝わってしまった。ちょうど、日本語学の初歩的な部分につまづいてしまっていた娘がいる家に。
……我ながら、何を言っているんだという経緯だ。下手なファンタジーよりも余程ファンタジーだと、言っておきながらそう思う。だが、実際そうなのだから仕方がないだろう。本当に、どうなってこうなったのだろうか?俺も断れば良かったのだろうが、誰かに頼られているのだと思うと、どうにも断りきれなかった。
ただ、まあ。国語の先生なんて出来るほど頭が良くないと思ってはいたが、思ったよりも初歩の初歩的なところであったため、今のところはつつがなく『先生』が出来ている。何より彼女自身の飲み込みが早い為、こちらも教えがいがあるというものだ。
『…!』
「…シュウのおかげ、です。
ありがとう」
「…ん?ああ、違う違う!英語がわからなかったわけじゃなくて、ただボーッとしてただけだから!ごめんな?」
そう。彼女自身、日本語が話せない訳ではない。むしろそこそこ、流暢に話せるのだ。ただどうしても、話す時は第二言語であるという感覚が抜けきれず、ぎこちないのだと言う。
だからアオは基本的に話す時は英語。日常と少し程度は話せるのでその点についても彼女とコミュニケーションが取れて良かったとは思う。
「ボーっと?
気が抜けているという意味ですね。
疲れてしまいましたか?」
「いや、そういう訳でもないんだが…
ただそろそろ休憩にしてもいいかもな」
と、瞬間。コンコンとノックの音が響く。
このノックの音は、彼女だろう。
「失礼します。お茶を持ってきましたよ」
俺の返事を待たずに、扉を開けて鈴が入ってくる。その手には菓子と茶が乗ったトレイを持っている。
「お、ナイスタイミング。
ちょうど休憩にしようかと思ってたんだよ」
「あら、それなら良かったです。
…変なことはしていませんよね?」
「変なことってなんだよ…」
「あら怖い顔。冗談ですよ、冗談」
かちゃりかちゃりと机の上にカップが置かれていく。そうしてその様子を、少し落ち着かないような様子でアオが見ていた。
それを見て鈴が、軽く会釈をする。
『こんにちは。勉学の方は捗ってますか?』
『!…ハイ、おかげさまで。
こちらの先生は優秀ですね』
『フフ、そう言ってもらえると私も嬉しいです』
『?私はシュウを褒めたのに、スズが嬉しいのですか?』
『そういうものですよ』
『…うーん、少しまだわかりません。
またシュウに教えてもらおうと思います』
『ええ。兄も人に教える事で色々と覚えるでしょうし、良い機会ですので、よろしくお願いします』
英語でのすらすらとした会話に、にこりと爽やかな笑み。うーん、我が妹ながらなんとも出来る女のスタイルだ。
その様子をぼけっと見ていると鈴に睨まれる。
「…何をじっと見ているんですか。
気恥ずかしいんですけど」
「悪い、なんか久しぶりにそんなカラッとした笑いの鈴を見た気がしてな。…あっそれ俺が台所に持ってこうか」
「ああ、お願いします。
…なんですかまるで私がいつも怖い顔をしてるみたいな」
そう軽口を叩きながら、さっきのティータイムに置かれていた空いた食器を片付けるべく二人で部屋を出る。アオも一人の方が気が楽じゃないだろうか。
「…あとなんていうか随分アオに優しいなーって。思ってさ。なんか最近の鈴、常に仏頂面のイメージあったから」
廊下で、また少し話す。
そう話すと、またムッとした顔をする。
ほら、そういう顔そういう顔。
「誰のせいですか誰の」
「お、俺のせいだっていうのかよ」
「…ええ、まあ…」
「というか、優しくもなりますよ。
だってほら。顔見知りじゃないですか」
「……?そうなのか?」
「……え?まさか覚えてないんですか?」
「え、何を!?
いや、文化祭の時に出会ったのは覚えてるぞ?
あのぶつかった時の人だよな?」
俺がそう答えると、鈴は食器を持ちながら頭を抱えて(器用だな!)ため息を吐く。
「…あーあ、気の毒に…同情しますよアオさん。
兄さんってばひどい男ですね」
「な、なんだよその反応!それまでに会ってたりするのか、もしかして?知ってるなら教えてくれよ!」
「だめです。それは自分で思い出すべきです」
何度か質問をしたが、それの一点張りで答えてはくれない。意地悪をするくらいならひどい男だなんて言わないでくれよ!
そう話している間に、片付け終わる。釈然としないまま俺だけがまた部屋に戻り、鈴はひらひらと1階に行ってしまった。
再び俺の部屋に。
するとアオはなんというか…
顔を軽く逸らして、お茶菓子にあまり手は付けていないみたいだった。
「あー…『お菓子は食べないのか?それ美味しいからオススメだぞ?』
『…ありがとう、ございます』
少し、顔を下げる。いつも無表情な顔からは、相変わらずうまく感情を読み取れない。ただその様子からすると、恐らく…
『すまん、時間がかかってから不安にさせちまったか?他人の家だし、一人で置いてかれるのは嫌だよな』
『いえ。随分楽しそうな声が聞こえてましたので、不安感だとか心配はしませんでした』
…違ったようだ。
恐らくこうだろう、なんて思っておいて恥ずかしい。
『…ただ、何も言わずに部屋を出ていってしまったので。少し寂しい気がして』
そう顔を見合わせて俺に言うと、アオはまた顔を少し下げる。その無表情な顔は少し高潮しているようにも見えた。
「…寂しかったのか。すまなかったな」
そう、頭を撫でる。そうしてから、鈴がみだりに女の子に触れないようにと言っていた事を思い出す。けどまあ手遅れだろう。
「…いえ、大丈夫です。シュウ先生」
声がほんの少し震えているようだった。
どうも、まだ日本語に慣れないらしい。
…
……
『えと…「本日はありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ遅くまで引き留めちゃってごめんな。親御さん心配してるんじゃないか?」
「いえ、大丈夫です。恐らく」
ぺこりと、他人行儀気味に礼をする。
そうしてからアオは俺に抱きつき、頬にチークキスをした。
……外国の文化という事はわかっている。
わかっているんだが、その…なんだ。
少しだけ気まずいというか…
いや嬉しいんだが。嬉しいのが問題というか。
「………あー…なんだ。一応ここは日本だから、それはもうやめた方がいい、ぞ?」
「?何故ですか?」
「いや、こう…日本ではどっちかっていうとハグしたりだとかキスしたりとかは、好きな人に対してやるものだからさ」
「私、シュウ先生の事スキですよ?」
どきりと心臓が跳ねた気がした。
スキ、というのはLikeの事。そう、わかってる。わかってはいるが…さっきの事も含めてあまりにも刺激が強い。強すぎる。
「…そ!そういう発言もみだりにしないように!先生との約束だ」
「ハイ。約束、守ります」
そう言いながら軽く首を傾げる。
…全く。顔立ちはひさめに似ている筈なのに、本当に表情や言動が違いすぎて、そうは思えない。なんとも不思議な感覚だ。
「えっと…それじゃあな、アオ」
「ハイ。また明日逢いましょう」
そうして手を振り合う。
玄関の前で別れるだけであるのに、何故かどっと疲れたような気がした。
「………ん?また明日?」
はて。明日は家庭教師の予定を入れていなかったはずだ。アオの勘違いだろうか?彼女にもそのような事があるんだなと微笑ましく思う。
…なんだか嫌な予感がする自分を誤魔化しながら。
…
……
あんぐりと、口を開ける。
そうしか出来なかった。
「…なんと、今日の転校生は帰国子女さんです。みんな仲良くしてやってくれよー」
目と正気を疑った。
だがいくら目をこすろうが現実である。
「では、自己紹介をお願いします」
『ハイ』
「…アオと、言います。
これからこのクラスにてお世話になります」
可愛い女の子だ、人形のようだ。目が青で綺麗!とクラスがざわつく中、俺はただ疑問符だけが頭に浮かんでいた。
なんでこの学校に?
もっといいとこ通ってなかったっけ?
学年は?1つ下じゃなかったか?
年末の時間や日付関連で、アオがややこしい年齢になっていたという事を俺が知るのはこの転入の少しだけ後の事だった。
気付けば、アオは俺の目の前に居た。
そして…その目の前の席に着く。
なんでよりにもよって俺の席の周りが空いてるんだ。そもそも席が空くってなんだよ担任。もっとちゃんと人数管理しろ。
周囲の目が痛い。なんでお前ばっかり…とチクチクと言われているような気がした。あと背後からの視線が一番痛い。
『よろしくお願いします、先生?』
先生。
それで指していたのは、どちらの事だろうか。
…多分、俺の胃が痛くなる方面の事だろうなあと思う。
『……ああ、改めてよろしく…』
ただ、そう答えることが精一杯だった。




