let's dance! 後編
学園祭、二日目。
今日も今日とてクラスに向かう。
そして当然の如くまた燕尾服を着せられた。
…いや、流石にもういいだろ!
「ボクの目の保養になるから着てくれよ。…あとそれを見てギョッとするお客さんの顔が面白いから」
着るように言ってきた張本人に聞くには、そういうことらしい。
「後ろの方がメインだろおめえ!
というか俺なんか保養にならないだろ!」
「あー。はは、そうかもねえ」
少し寂しげに笑いながら、そう返してくる。ははーん、騙されないぞ。そうやって少ししょんぼりとした様子を出せば俺が流されると思ってるんだろう。
「…え?よく、分かったね。おくびにも出さなかったつもり…だったんだけど」
俺がそういう旨の事を言うと。キョトンと一瞬の間を空けて、びっくりしたような顔で、そう言った。その反応は随分と想定外というか…考えても居なかったもので、逆にまたこちらが動揺してしまう。
「え?わざとそういうフリをしたんじゃなくってか?」
「馬鹿言いなよ、そうした所でなんの得が…
いや、そうしたら多分君はボクの言うことを聞いてくれるか。確かにその手もあるね」
…裏を読もうとしすぎて、ただ厄介な事に気づかせてしまったかもしれない。ううむ、馬鹿の考え休むに似たりといった所だろうか…
「…うん。今日はまあ、もし嫌なら。その服装じゃなくっていいよ」
ぐ、と渋面をしていると。シドはふと思いついたように、そんな言葉を口にした。
それは待ち望んでいたことではあるが、一方で意外な事でもあり、まあ動揺をする。
「え、マジか。いや嬉しいけど…いいのか?」
「ああ、今は機嫌がいいのさ。…嬉しいもんだね。好きな人によーく観察されてるってのは」
と、こちらを真っ直ぐ見ながらそう言ってきた。なんの話だかいまいち解らないが、少し考えると、思い当たる節があった。
「…あ、ひょっとしてシドの親御さんが来てるのか?忙しいらしいって言ってたけど」
「ぜんぜん違うよ、ばあか。
…全く。敏感なんだか鈍感なんだか」
少し強めにデコピンをされて、額が少しだけひりひりとする。その様子がどこか可笑しかったのか、シドがくくっと笑った。
それを怪訝な顔で見ながら、まあいいかと、いそいそと準備をする。
「あれ、結局着替えないのかい」
「折角お前に作ってきて貰ったものだしな。
少なくとも働いてる最中は着る事にしたよ。
…この後学校を回るときは着替えるけど」
「へえ。大切にしてくれてるんだ?そりゃ結構。学園祭が終わった後も持っていってくれて構わないよ」
「……か、考えとく」
…
……
「いらっしゃいま…おや」
「どうも」
私、古賀鈴は高等部の方へと足を運び、そして兄のクラスに来ていた。そこでは外装、内装共に凝った軽洋食店が開かれており、中から聞こえてくる音から、中々盛況のようだ。
そして、受付をしているのは、一度ならず顔を見たことがある人。赤い虹彩が、嫌に脳裏に残る。
「これはこれは。古賀くんの妹さん…鈴ちゃん、だったかな?先日はすまなかったね」
「…いえ、史桐さんが謝るような事ではありません。むしろ、勝手に怒ってしまった事を謝るべきは私ですから」
心の中を落ち着けながらそう言った。
実際、そう思っている事は確かなのだ。
「うーん、いい子だねえ。君みたいな妹ならボクが欲しかったよ。…ああそうそう。お兄さんは今、裏方にいるよ。折角来て貰ったのにごめんね」
「いえ、ちゃんと皆さんの役に立っているのならば良かったです」
「…なんというか、しっかりものの妹どころか、妻じみてるなあ」
からかいの言葉は無視する事にした。いちいち反応してしまったらキリが無い。それよりもここに来たのは、兄に逢いに来たのとは別に、もう一つ理由があるのだ。
「一つ、聞こうと思っていた事があるんです。史桐さんに」
「おや、ボクにかい?なんなりとどうぞ。
あと、気軽にシドと呼んでいいよ」
「…他のお客の方もいるので手短に。
…あの燕尾服を着せたのは、史桐さんですか?」
質問を聞くや否や、にやりと、意地の悪い笑みが目の前に展開された。口が三日月のように歪められ、伴って眼も細まる。
「その質問は当然、彼の…
古賀集くんの事を指してるんだよね」
「聞く必要もないでしょう」
「クク。ああ、そうさ。ボクが着せた。すこーしだけ恥ずかしがってるようだったけど、最終的には気前良く着てくれたさ」
笑みを崩さず、そして誇らしげにすらなりながら、彼女は言い張った。その態度を見てるとまた、ふつふつと熱いものが丹田から湧き上がるようだった。
だが、それよりも色濃く湧き上がるものがある。それは怒りなんかでは無い。
「史桐さん…いえ、シドさん」
「ん?おや。この手は…?」
私はこの人が好きではない。いや、どちらかと言えば、かなり嫌いかもしれない。
なんでも見透かすような態度や、心の底で自分以外の全てを嘲るようなその精神性が気に入らない。私なんて眼中にも無いといわんばかりの余裕綽々の態度が、私を逆撫でしてくる。
ただ、今回は。
間違いなく、今回ばかりは。
「…どうもありがとうございます…!」
ただ、感謝の念だけがある。
言葉は無く。一対の女子生徒の間に、爽やかなハイタッチの音だけが鳴り響いた。周囲からの疑問符まじりの目線が痛かった。
…
……
13:00の鐘の音が鳴る。それは、俺の働くべき時間が終わった事を記している。少なくとも、昼の間は自由時間だ。
ただ周りを見ると、どうも予想を超える盛況であり、相当に忙しそうに見える。
「さあて、取り敢えずボクの仕事は終えたかな。古賀くん、キミもそろそろだろ」
「ああ、ただ昼時なのもあって少し忙しそうだからな…俺はまだ手伝っていこうと思うよ」
そう伝えるや否や、目の前の生徒会長はシワっと額に皺を寄せ、呆れたような目で此方を見る。『またか』とでも言いたげだった。
「…いいかい。キミの『誰かの役に立ちたい』我が儘で他の人に迷惑をかけるんじゃないの。キミが居なくても大丈夫なシフトにはしてあるんだから、余計なお節介だよ」
「…でも…」
「でももヘチマも無い。休む時に休まれないってのは管理する立場からすると迷惑この上ないんだからな」
どす、どす、と言葉が刺さっていくようだった。…確かにこれは俺の自己満足なのかもしれない。それにより周りが少しでも助かるならまだしも、迷惑とまで言われればぐうの声も挙げる事は出来ない。
「…それに、キミが来るのを待ってる子だって居るだろう。ちょっと早めに待ち合わせ場に行くくらいしてやりなよ」
最後に、そう言って教室から出ていく。…確かにその通りだ。俺はいつも遅れたり、そうでなくても鈴を待たせてしまう事が多い。ならば今回くらいは先に着いていても良いだろうか。
「…あ、そういえば。
シドは何処に行くんだろ、アイツ」
…
……
「い、いらっしゃいま…あっ」
「おや。おやおや、おや!」
…ボクが麗しの後輩の元に行き最初に出迎えてくれたのは、フリフリの服装で、ぎこちない可愛げのあるポーズをしてくれている和風メイド。
おさげ髪と、ほんの少しズレた眼鏡がキュート。何より『あっ』と声を上げたきり赤くなりショートしてるその姿が最高に可愛らしかった。
「…うーん、そこの店員さん。
この子持って帰ってもいいかな?」
「な、何を言ってるんですかシドさん!
僕は非売品!非売品です!」
「えー、そりゃ残念。
……残念…ッ」
「そんな無念そうな顔をしなくとも…
ええと、元気を出してください…」
そんな事を話しながら、ボクは唯一の後輩、村時雨ひさめちゃんの姿を目に焼き付ける。
さて。ボクが席に着くと周りの視線がこっちに来るのを感じる。同輩たちの黄色い悲鳴を押し殺したような視線。
いつもの事だ。無視して注文をする。
「この『お勧めの品』を頼むよ。
勧めるくらいだ、美味しいんだろう?」
「はい!美味しいですよ!きっとシドさんもほっぺが落ちると思います!」
にっこりと、まるで邪気の無い笑みを見ると心が洗われるようである。全くもって純朴な少女だ、この子は。
「ねえ、すこーしだけお話をしてもらっていいかい?勿論、手が空いてたらで構わないけど」
「え、今…ですか?…まあ、お客さんもあまり多く無いので、大丈夫かな?」
少なくとも今、この教室にはそこまでの数の客はいない一番需要があるだろう昼時を少し過ぎたあたりだからだろうか、居心地が良く、回転率という点では決してよくないからだろうか。
なんにせよ好都合だ。
「忙しかったら会話を切り上げてくれて構わないよー。ちょっと、暇つぶしに付き合って欲しいなってだけだから」
「それなら…はい!いいですよ。
ぜひ付き合わせてください!」
男子生徒がこれを聞こうものなら、卒倒しそうなフレーズだ。そう思い、少し笑う。
「ああ。それなら、遠慮なく。
…昨日の逢瀬は楽しかったかい?」
からんと、ひさめちゃんの手からお盆が取り落とされた。急いで拾いあげている。空気が冷えかえる様な感覚がした。おや、そんな恐ろしげな顔をしなくてもいいのに。
「…それ、は」
「はは、違う違う!責めたりとか、そういう訳じゃないさ!ただ感想を聞いてるだけだよ」
「……楽しかった、です」
「そうか。それはよかった。最近、ひさめちゃんは何か思い詰めてるみたいだったから」
びくりと、肩が震える所が目に付いた。
なんだかなあ。怯えさせるようなつもりは、本当になかったんだけれど。
「…まあ、思い詰めてるのが無くなったみたいだし、本当によかったよかった。
古賀くんがなんとかしてくれたのかな?」
だからこの質問も、嫉妬だとか、詰問だとか、そういうつもりは全くなかった。無意識にそうなっていたとかも、無い。
好奇心からの質問だった。彼が何をして、重荷を取ってやってあげたのか。
でもそう聞くと、ひさめちゃんからは震えが消えた。そして、手に持っていたお盆をぎゅっと両手で抱えると、ボクの目を真っ直ぐ見た。
「………言えません」
静かに、微笑んで。その笑顔はさっきまでの、邪気の全く無いあの笑みとはまるで異なっていた。そう。それは…
「あ、す、すみません!他のお客さんが来てしまったので…ええと…」
「…ん?ああ、どうぞどうぞ!
ごめんよ、呼び止めちゃって」
「いえ、そんな事!ええと…ゆっくりしていってください!」
わたわたと応対をする彼女の姿は、さっきまでの無邪気な彼女そのままだった。
その背中をボクは、しばらく見つめていた。
長い間くつろいでから、店を出た。
廊下を歩きながら、顔を抑える。
全く後ろ暗い所が無い彼女の笑い顔はキュート。恥ずかしがりやのその姿は見ていてとても心が和やかになるものだ。
だが、新しい発見もあった。
ああ。あの何かを隠している笑み。
後ろ暗いところが、何かがあるあの彼女の笑み。それは、ボクがこれまでに見たどの村時雨ひさめよりもキュートだった。
クッ、クッ。
周りの目を気にしながら、含み笑いをする。手で顔の下半分を隠す。歪んだ口を誰にも見られてしまわないように。
あんな顔は、そうそう見られないだろう。
嗚呼。純朴な少女にあんな顔をさせるなんて、とんだ女誑しだよ古賀集。
あの顔をまた見たいなあ。あの可愛く、艶美な顔。
だからひさめちゃんにも、頑張ってほしいね。
ああ、当然。
だからと言って、譲りはしないけど。
絶対に。
…
……
「げ」
集合場所に、20分ほど前に辿り着く。
そこで俺は暫く待つつもり…だったが。
「あれ?随分早かったですね。
もう少し待つつもりだったのですが」
そこには既に鈴が何食わぬ顔でそこに居た。
…どれくらい前には居たのだろうか。
「ほら、これ。昨日のアクセサリーです。
私が居たから回収できたものの、もしそうでなかったら破棄するしかなかったんですからね」
「ああ、悪い。本当に俺の不注意だった…こっちもひさめに渡しておくよ。ありがとうな」
「ええ、まあ。
役に立てたのなら良かったです」
そう言いながら、前髪を少し弄る。
俺は知っている。
鈴は人に感謝されるような事を率先してやるのに、真正面から感謝を伝えられると、照れ臭くなって前髪を弄る癖があるのだ。
「…何をニヤついているんですか、気持ち悪い」
「え。いやいや、なんでもない。その…お詫びも兼ねてこれを鈴にプレゼントしようかなって思って」
「!本当ですか?」
「え、ああ…
いや、正直詫びにもならないと思うけどさ」
「…いえ、嬉しいです。
本当にいいんですか?」
「ああ、お前が喜んでくれるんなら幾らでも渡すさ」
と、いつもの癖のように頭を撫でようとしてしまう。だからそろそろやめとこうって、俺。少なくとも、衆人の目がある所では。
「……そういえばあの燕尾服じゃないんですね。ちょっと残念です」
「…お前そのゴッツいカメラなんの為に持ってんのかと思ったけどまさか…」
「折角友人から借りてきたんですけどね」
「やめろよ!せめて普通にケータイのでいいだろうが!ていうか昨日いっぱい撮ってたろ!」
「私用にと思いまして…」
他愛の無い会話に二人で笑う。
何がきっかけという訳でなく、自然に二人で歩き始め、構内探索を始める。
歩きながら、また話をする。
「ああ、そうだ。早く着いてた理由を聞いてませんでしたね。何かほかに用事があったのでは?」
「あー、そういうのは無いんだ。本当は早めに着いて鈴の事を待とうかと思ってたんだけど」
「へえ…兄さんにしては随分気が利くじゃないですか。明日は槍が降るかも」
「…それ、とっても嬉しいですよ。出来ればいつもそれくらい気を遣って欲しいですけど」
ニコリと、微笑んでから手を繋いで背中を向ける。その背中から上機嫌である事が伝わってくる。結局、そんな嬉しそうな鈴を前にしてシドのアドバイスだって事を言えず終いだった。
嬉しそうな姿を見られる事は微笑ましく、嬉しい事だったが、一抹の罪悪感も感じてしまった。
「兄さん?どうかしました?」
そうした罪悪感もまた、その顔を見るとすうと消えていくのを感じた。
鈴の笑顔は、やはり幾ら見ても嬉しいものだ。
…
……
…出来るだけ、人目に付かないような場所で私は静かにしていた。そんな事は無いと頭ではわかっている筈なのに、周りの視線がじろじろと刺さるような気がする。
土地と空気が変わると、世界そのものが変わってしまったようで、まるで息苦しい。
この町に戻ってきたのは、ごく最近の出来事。親の都合でこの町から出ていき、また親の都合でこの町に戻ってきた。久しぶりに来た光景は、小さな頃の私から風景とはまるで違って見えた。
訂正。この町にまた来た事は、私のわがままだ。親も、あまり自分の意見を言わないワタシの意見ならと快諾してくれたのだ。
戻ってくればあの人に、また逢えるかもしれないと。そんな、夢見がちな少女のような事を思い、ワタシは此処を希望した。
人が集まる場所に行けば、彼を見つけられるのではないかと思って、この、賑わっている学園祭の中に客として入って行った。
それで結果、ここで立ち往生しているのだから情けのない話だ。
…いつまでもここに立ち止まっている訳にはいかない。周囲の邪魔にもなるし、時間の無駄でしかない。
落ち込む事は無い。がっかりなども。
また、『彼』に逢えるなど、夢物語でしかない事など当然わかっていたのだから。
「そういえば、兄さんは昨日、あの後に何処に行ったんですか?」
「ん?あー…結構回ったからな。
それこそあそこのクラスにも行ったし、あとその横の奴も」
「それなら、兄さんが行っていない所を中心に回っていきましょうか」
は、と。声が聞こえてくる。
こちらに近付いてくる声に直前にまで気がつけないで、避けきれずぶつかってしまう。
「おっと…
…すみません、怪我はないですか?」
その、ぶつかってしまった方である大柄な男が、とすりと腕でワタシを静かに受け止める。
『……ハイ、大丈夫です』
「っと、英語…ええと…
『ならよかったです』…」
たどたどしい英語を話すその姿は、何処か既視感が有った。その横にいる、妹らしき人物はワタシに流暢に謝り、そして二人は歩いて行こうとした。
その瞬間に、ようやく大男の方の顔を見た。
当然、顔には覚えがない。
だけど代わりに、その大きな火傷傷の跡を見て。それに対して、はっと気付けをした。
「……シュウ……?」
小さな声は当然、周囲の音にかき消されて届く筈もなく。ただ、ワタシにだけ反響していった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…すげえ美人さんだったな、今の人」
「おや。
ああいう人がタイプなんですか兄さんは」
「いやいや、そんなんじゃなくて一般論!
…あと、すげえ綺麗だと思ったのは眼の色。凄くなかったか?」
「ええ、吃驚するほど青色でしたね。
…身近に赤色が居るので麻痺しがちですが」
「にしても…うーん…」
「?どうした、鈴?」
「いえ…なんというかこう…
見覚えというか…なにかモヤモヤするんです」
「…なんの話?」
「…いえ、私にもなんだか。少しすれば思い出せそうな気がするんですが…」
…
……
…今年度の文化祭は終了しました。
またのお越しをお待ちしています。
二回目の放送音声が聞こえる。昨日とは異なり、今日の音声は、今年の文化祭の全ての終わりを示している。
そうしてクラスで、後片付けをしていた。
ああまで頑張って作った内装やら様々が無惨に壊されてく様子はなんだか勿体ないような気がする一方で、清々しい感じもする。
ええい、と思いきり壊していく。
これも一種の祭りの醍醐味なのかもしれない。
「……って、こんな風に楽しんで来たよ」
「へー。なんだか学生らしいことしてんのね、アンタ。私なんか安心したわ」
「なんだよそれ」
時は飛んで、我が家。
楽しかったか?と聞かれて楽しかったと答えたところ、どんな風に楽しかった?本当に?嘘はついてない?と何故か根掘り葉掘り聞かれて、そのまま答えて、今に至る。
「…で、あれはその時の戦利品って訳だ」
「戦利品っていうか…」
ケラケラと楽しそうに笑う母さんを前に、俺は頭を抑えてしまう。
『あれ』…つまりは、あの馬鹿でかい燕尾服の事だ。結局断りきれず、勿体無いとも思って持ってきてしまったのだ。
静かに物置に仕舞おうとしていたら、鈴にその姿を見つけられた。
「……まあ、思い出って事でいいか」
「ねえねえちょっと着てみてよ。
一回見てみたいんだけど」
「あ、私も見たいです。
昨日結局あんまり見られなかったので」
「見せ物にされんのは絶対にイヤだ!」
……なんというか。
終始、この燕尾服に踊らされるような文化祭だった気がする。一緒に踊って、文化祭を終えてまでここで踊らされてる。
げんなりしたような、だけどちょっと感謝を述べるような目付きで服を見た。まあ、楽しかったのはお前のおかげかもな。そう思いながら。
………でもやっぱり片眼鏡だけはねえと思う。




