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let's dance! 前編




グイと袖を乱暴に捲りながら校内チャイムの音を聞く。…本当は下校時刻。クラスメイトももう皆帰っていった。だが少しだけ。せっかくだからもう少しだけ凝らせて欲しい。


明日になったらもう手間を加える暇は無い。

だからもうちょっとだけ……




「コラ、そこの不良生徒。

早く帰りの準備をしなさい」




屈んでる頭をこつりと叩かれる感覚。少しだけ強めのそれは、どうも既視感があるようにすら感じた。



「痛。…もうちょい。もうちょいだけだから見逃してくれよ生徒会長」



「ダメ。キミが残ったら監督しなきゃいけないからボクまで居残りさせられるだろうが」




振り向いた所に居るのは生徒会長、史桐。彼女とはプライベートでも少し会うような友人関係でもあり、そしてまた同じクラスでもある。



「そっか、なら流石に帰らなきゃあな…

…そういえばめちゃくちゃ今更だけど、お前生徒会で何かやるんじゃなかったか。このクラスに付きっ切りでいいの?」



「キミも知っての通り、前年の学園祭で不祥事が起こったからね。そうはならないように、今年の生徒会は見せ物は無しにして、その分監督を徹底するんだと。まあ、そもそも人数が足りなすぎたし中止も止むなしさ」



「そっか。…練習、無駄になっちまったな」



「なあに、ひさめちゃんやキミと楽しい時間を過ごせたからいいさ。ちょっと残念ではあるけど」



仕方がないとはいえ、急な中止を聞き、少しだけ心がナイーブになる。あんなに頑張っていたのにそれが無駄になる気分は、良くは無いだろう。



「…にしても、もう1年経つのか。

また学園祭の時期が来たんだなぁ」



「ハハ、何を黄昏てるんだい。

ジジむさいねえ」



「…それ昨日、鈴にも言われた…」




そう。明日は我が校の学園祭当日。学園祭といえば、学外から客も来て皆で楽しむ一大イベント。そう巨大な規模では無いにせよ、それでも楽しみだ。


俺はその気持ちがはやり、つい残って内装にしつこく手を加え続けていたのだった。




「ハイ、鞄。さっさと帰りなよ?ただでさえ帰りを待ってる人がいるんだから」



と、いつもより幾らかつっけんどんに俺のカバンを押しつけてくる。出していた筈の道具も全部仕舞われている。



「あれ、シドはまだ帰らないのか?」



「あー…まだやらなきゃいけない事があるんだ。流石に、クラスの事で手一杯だろうキミに手伝わせる訳にもいかないしね」




そう疲労感が隠しきれないため息をゆっくりと吐いた。

シドは、優秀だ。だからこそ、周囲から色々な事を押し付けられる。いつか潰れてしまわないか心配になってしまう。



「…いつも言ってる事だけど、無理だけはするなよな。言ってくれればなんでも手伝うぞ」



「おお、何でもと来たか、頼もしいねえ!

…大丈夫だよ。心配してくれてありがと」



疲れた顔で、しかしちょっと綻んだ顔で微笑む。安心したようにも見えたのは俺の気のせいか驕りかもしれない。



「それじゃ、また明日な。

せっかくだし、楽しもうぜ」



「はいはい、また明日」



しっしっと手を払うようにして帰りを催促されてしまう。苦笑をしながら下駄箱へと向かう。


…しかし、『やらなきゃいけない事』か。さっきは聞きそびれたが、一体どんな仕事なんだろうか。無理にでも手伝っていくべきだったか…






「……よーし、バレなかったな。さて、古賀くんが居ないうちにさっさと仕上げないと…」







……





校門の出先で、単語帳を読みながら待っている人影がある。眼鏡が夕日を照らして、下の影にはおさげと、アンテナじみてぴょこりと生えた髪がシルエットを作っていた。


そのシルエットは俺に気付き、嬉しそうに手を振ってから、それを少しだけ恥ずかしそうにしてこっちに近づいてくる。



「お疲れさまです、古賀さん!」



「あれ、ひさめ?…ごめんな、待っててくれてたのか。凄く待たせちゃったろ」



「い、いえいえ、好きで待っていただけですので気にしないでください。

…あ、好きってそういう意味ではなく!」



「はは、わかってるわかってる」




帰り道が中途まで同じな事もあり、俺はよく彼女とは一緒に下校している。

…ひさめの美貌もあり周りの目が少し、いや大分痛いこともあるがまあそれは些細な事だ。


だから今日も待っていてくれたのだ。もう既に帰っているものだと思って随分と居残りをしてしまったのに、それでも。なんて健気な。俺には勿体ない後輩だ。



「えっと、それじゃあ…」



「ああ、一緒に帰ろう。

早く帰らないと親御さんも心配しちまう」




そうして夕暮れ空を後ろに、帰路を行く。両腕で鞄を持つその姿は逆光と黒黒とした影のせいか、いつもよりも少し小柄なようにも見える。




「いよいよ学園祭だな。

ひさめのクラスは何をやるんだっけ?」



「あ、はい。僕のクラスはカフェというか…軽飲食店です。洋風な感じに教室もデコったんですよ」



「へえ!面白そうだな」



「えへへ。

…それでその…本当に、みんな頑張って綺麗にしたんです。僕も、接客で働くんです」



「おお、そうか」



「は、はい。…ですので…その…」



「?」



「…その、もし暇になったらでいいんですが、僕のところに来てくれませんか?」




そう、一大決心のように重々しく言い切る様子。更に身体が縮こまったようにすら見えた。顔は覗き込まないと見えないが、見なくともわかるような気がした。




「…困ったな…」



「!す、すみません!嫌でしたよね!

こんな事言ってしまってすみま…」



「いやいや違うんだ!その…

言われるまでもなく行くつもりだったから」



「へ…」



「本当は当日に急に来て驚かせようかな、なんて思ってたんだけどな。これじゃあ意味無くなっちまった」



「それじゃ…」



「ああ、行くよ。

というか是非行かせてくれ」



「あ…ありがとうございます!」



ぴょん、と身体が跳ねた。同時に、あほ毛がぴょこりと動く。コミカルなその動きと喜びように、つい微笑む。


だが、一方でまだ少しだけモジモジとしてる事に気付く。何か不安なことでもあるのだろうか?



「どうした?」



「え゛!い、いや…その…

…ほ、本当に忙しかったり先約が入っているなら大丈夫なんです!なんですが……」



すーはーと、深呼吸の音。

一呼吸にしては随分と長い間が空いた後。緊張に溢れ妙に大きな声でこう言った。




「あ、明日!僕のクラスに来た後!

もしよければ、僕と一緒に回りませんか!」



「おう、いいよ」



「…へ?い、いいんですか!?」




ぎょっと驚くような反応。

ひさめが言い出した事だろうに。

 



「いや、僕から言い出しておいてなんですが…その、他の方と回ったりする予定は…?」



「あー…特に無いんだ。ほら…色々やってる内に友達は皆予定が決まっちまっててさ…」



「…な、なんかすみません」




謝られてしまった。いや、ひさめは謝る事はないんだ、悪いのは俺だから…

にしてもあいつらは薄情じゃないか?




「…ふふ、なら僕、そのお友達さんたちに感謝しなきゃいけないかもしれません」



「感謝?」



「…今、そうは見えないかもしれないですが、小踊りしちゃいそうなくらい嬉しいんです。先に約束があったらそれも無かったと思うと」



「…いや、嬉しいのは見るからに分かる」



「ええ!?そんなに顔に出てます!?」



「出てる出てる。あと顔以外にも」




気恥ずかしさで早足になった歩きや、もじもじと動かす手先と、にっこりと弾けるような笑顔。その全てが彼女の嬉しさを表している。




「うう、恥ずかしいな…もっとポーカーフェイスの練習とかしようかなあ…」



「いや、そのままの君で居てくれ。

そういうとこが好き」



そう言うと、うぅと呻くようにして静かにしてしまう。しまった。今の発言は失礼というか、流石に無作法すぎただろうか?




「……ずるいですよ、そういうところ」



「?ずるい?」



「…誰かれ構わず好きだとか、言わないようにしてください!でないとその…

…勘違い、しちゃいそうになりますから…」



「…」



「そ、それじゃあ!

僕こっちなので!また明日!」



「あ、ああ。また明日…」



「…明日、楽しみにしてますからね?」




最後にぼそりとそう言われてから、大急ぎでひさめは走って去って行ってしまった。背中に声をかけようとも思ったが、転びかけてる様子を見てやめた。




「……そっちこそ、そういう事言うのやめてくれよ。俺こそ『勘違い』しちまいそうになる…」



そう、誰もいない空気にそう一人ごちる。顔をガンガンと叩いて正気を保つ。

違う。違う。あくまで、先輩への尊敬。俺に対してそんな感情を抱くなんてあり得ないって。




(…勘違い、しちゃいそうになりますから)



「……」



彼女の、ひさめの顔が瞼の裏に残る。どうしてもあの顔が離れない。珍しくこっちの目を見ながら言った、嬉しさや哀しさを混ぜたようなあの顔が。鼓動が早まる。顔が熱い。



だめだ、ここに居てもぼけっと考えて立ち尽くすだけだ。さっさと家に戻ろう。


結局、帰り道の途中、意味もなくずっと悶々としてしまった。なんだか脳裏から、あの発言と顔が離れない。ついにおかしくなってしまったんだろうか俺は。







……





「ただいまー」



「あらお帰り、集。

ごはん出来てるけど先にお風呂にする?」



「あれ母さん。今日早かったんだ」



「今日は更に珍しく父さんもいるわよ。

なんだか早く上がれたんですって」



「へえ!んじゃ先に飯にするよ。待たせちゃっても悪いし」




手を洗いすぐに食卓へ。ちょうど出来たくらいだったらしく、まだ湯気の立つ料理が机の上には並んでいた。そして椅子には既に鈴と父さんが座っている。



「よ、なんか久しぶりだな親父」



「…そうだな」



相変わらず、寡黙だ。

だが表情は豊かなのでどういう感情なのかはわかりやすい。多分今は疲れ半分、嬉しさ半分。



「では食べてしまいましょう。

冷めてしまってからでは勿体無いですし」



横から鈴の声。静かなその声を聞くと、やはりどこか落ち着く。



さて、それじゃあいただきます。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






「明日、兄さんのクラスの方に行ってもいいですよね」



「ん?…ああ、勿論いいぞ。

ただそっちも忙しいんじゃあないのか」



「忙しくて無いって言ったら嘘になるけど…折角なら行きたいですし。勿論嫌なら行きませんが」



「ないない、ぜひ来てくれよ。

えっと、確か俺のシフトがこれくらいの時間だから…俺に会いたいならこの時間帯に来るといいぞ」



「はい。用事もそれに合わせます」




…会いたいならって部分は冗談のつもりだったんだけど真顔で受け止められてしまった。まあ確かにそんな面白いものでもなかったが。




「ま、学園祭!だから今日遅かったのねえ。鈴ったら帰りが遅いってソワソワしてたのよ」



「ソワソワなんてしてません」



「あら照れちゃって。いいのよ母さんにくらいは隠さなくっても。鈴はお兄ちゃんの事大好きだもんねー」



「もう、お母さんは静かにしてて!」



…相変わらず母さんは色々と強い。鈴も形無しだ。まあ生まれてからこの方ずっと見てきた子どもなんだし当然なのかもしれない。



「そっかー学園祭ねえ。母さんたちも行けたらよかったんだけどまた忙しくって。お父さんはどう?」



「…用事がある」



父さんはそう言葉少なく返す。だがその顔は相変わらず、口ほどに物を言っている。その様子に、やっぱり笑ってしまう。



「はは、そんな申し訳なさそうな顔しないでくれよ。行こうとしてたってだけで嬉しいんだから」



「すまん…」



申し訳なさそうな、なんならしょんぼりとした顔をする。その顔を見たら何も言えなくなってしまう。本当にそこまで気にしなくてもいいのに。



「コホン。

…それで、もし良ければ、それが終わった後に私と回りませんか?予定は空けますので」



その空気を断ち切るように鈴が言う。

その横で母さんがあらあらと楽しそうにし、それに対して鈴がまたムッとした顔をした。



「あー…すまん、明日は先約がある。

明後日、2日目ならいいぞ」



「おや、そうですか。

それなら仕方な………」




ふと、黙り込む。

どうしたんだろう。お腹が痛いんだろうか。



「どうした、お腹痛いか」



「違います。

………シドさんですか?」



「え?」



「その先約です。一緒に回る人はシドさんですか、と聞いています」



「いや、違うけど」




そう言うと、ほっと安心したようなため息を吐く。どうも鈴はあまりシドが好きじゃないみたいだ。本当は仲良くしてほしいが…まあ、仕方ない事だ。



「なら良かったです。

そうなると…私が知ってる人ですか?」



「ああ、知ってる人…っていうかひさめだよ」




冷っ。

なんだか空気が冷たくなった気がした。別にそんな事は無かったが、なんだか妙に寒気を感じた。




「……なるほど、そうですか。ふーーん」



「な、なんだよその何か言いたげなそれは」



「いえ、何でも。

ですがなんというかアレですね…兄さんは女の子とばっかり仲良くなりますね最近」



「そんなつもりはねえんだけど」



「つもりがあろうとなかろうとです。

…なるほど?ふーーん」



視線がなんというか痛い。刺さるような、冷え込むようなものを感じる。そんな悪いことしたのか俺?ただ後輩と一緒に回るってだけで…


(勘違いしちゃいそうですから…)


……

また、思い出してしまった。

あの時の発言を、今日の夕暮れを。




「…何を顔を赤らめてるんですか!

まさかひさめさんと何かあったとか…!」


「あらあら拗ねちゃって。しょうがないじゃないねえ、集もお年頃だもの」


「す、拗ねてない!

母さんは静かにしてて!」



そんなこんなで、家の中は騒がしい。

その様子を見て親父が口元をにこりと上げていた。俺はまたそれを見て、ククっと笑った。




さあて、明日は学園祭。

前日に楽しみで寝れないなんて小学生みたいな真似をしてしまわないようにしなければ。



さて、どんな日になるだろうか。

高揚と不安が胸をどくつかせるようだった。






中編へ続く

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