僕と彼女の平穏な学校生活を送るための契約
登場人物
高遠紗季
上農侑李
「それしかないと思うのよ。あなたとわたしが平穏な学校生活を送るためにはね」
どう? これ以上の名案があなたに出せるかしら? と言わんばかりに僕の目の前に仁王立ちした女の子はそう言った。
彼女の名前は高遠紗季。
隣の席に座る16歳の女子高生である。
ちなみに僕の名前は上農侑李。当たり前だが高遠さんと同じ16歳である。
高遠さんの外見はというと、肩にかかる髪と眼鏡が印象的で、体型もスレンダーな女の子である。
本人は眼鏡を外したら実は美人という、最近はラノベでも見なくなったようなギャップに憧れているらしいが、僕たち思春期の男子の視線を甘く見てもらっては困る。高遠さんの眼鏡の下には美少女と言って差し支えないほどの美しい顔が隠れていることなど、すでに男子全員がお見通しだ。まるっとな。というか、普通に眼鏡が似合っている眼鏡美人さんだ。
そんな彼女が突然、僕に向かって提案してきたのだ。
この学校で平穏無事な生活を送るための素晴らしい提案をだ。
もちろん僕は、その提案を拝聴するなり素晴らしいと思った。いや、素晴らしいだけでは言い尽くせない。できることなら立ち上がって「ブラボー!」と拍手したいくらいの提案だった。
だが、その提案はあまりに素晴らしすぎた。素晴らしすぎたのだ。
僕を極めて疑心暗鬼にさせるくらいには。
「ほんとにそれしかないの?」
「ええ、それしかないわ。ユウリ君も分かっているとは思うけど、今どきの高校生にとっては男女の交際は必須なのよ。必須どころか、そんなもの中学時代で経験しておかないとおかしいと言われるレベル。なぜなら、ここが田舎だからよ!」
「田舎だと男女の交際が必須になるの?」
「そうよ。これが東京なら男女交際なんて、あっても無くても別にどうでもいいのよ。だって他にやる事が山ほどあるんだから。原宿に行ったり、新宿に行ったり、原宿に行ったり、池袋に行ったり……」
「原宿に行く頻度高いね」
「たまには八王子にも行くでしょう。いや、行くに決まってる。考えてもみて、東京なら私たちが知っている街を全部まわるだけで、きっと高校生活が終わってしまうわ。とても3年間じゃ足りないはず」
「よく分からないけど、無駄に説得力はあるね」
「さあ、ここで問題です。私とユウリ君が住んでいるこの長野の片田舎。高校生としてやることはどれくらいあるでしょうか?」
そう言うと同時に、ビシッ! という音が聞こえてきそうなくらいに、真っすぐに僕の顔の前に指を突き出した高遠さん。いや、あるでしょうかと言われても。
「マク〇ナルドに行って、ミス〇に行って、イオ〇に行く?」
「はい、ぶうううう! 最後のイオ〇は駄目でえす。あれはジャス〇でえす!」
「だってイオ〇て書いてあるよ?」
「フードコートのないイオ〇なんて私は認めません! あれはただのスーパーです。そして、都会の高校生が行くのはショッピングモールです。高校生が夜7時過ぎの半額シールを狙ってるとでも思ってるんですか?」
「それは……あるよ! 僕、たまに半額シールのついた寿司を買ったりするもん!」
「あなたの意見は聞いてません」
いや、聞いたでしょ。僕に答えを求めたでしょ。
「つまり、田舎の高校生にとっては、放課後のイベントがハンバーガーを食べながら喋るか、ドーナツを食べながら喋るかの二択しかない。もちろん公園に行くという選択肢がないわけじゃない。しかーし、公園こそ男女のつがいで行くものであって同性と行くべきところではないわけよ」
「つがいって……」
「しかも此処は、夜になると急激に気温が下がる信州よ。『寒いね』『うん』『くっ付くと暖かいかも』なあんて甘い会話ができるのは男女のみ! 同性で公園に行ってはいけない理由が理解できたかしら?」
突然目の前で高校生カップルの寸劇を始めた高遠さんから目が離せない。
「ようは何が言いたいかというと、こんな田舎じゃ男女交際でもしてないと間が持たないってこと! そして、彼や彼女がいない独り者には田舎の眼はとても冷たいということなのよ!」
力いっぱい握りしめた高遠さんの拳がブルブルと震えている。
いや、そこまで力説する必要あるのかな?
「で? 私の提案を受け入れるのかどうか、聞きたいんだけど?」
高遠さんはそう言って顔を赤らめた。あ、もしかして我に返った?
「ど、どうなのよ」
「うん、僕としては高遠さんの提案は素晴しいと思う。彼や彼女のいない寂しい奴と思われたくないので高校3年間限定の恋愛契約を結ぶ。とてもいい考えだと思う」
「で、でしょ。だったら、OKってことね?」
こうして僕と高遠さんの恋愛契約が始まった。
これで僕と高遠さんは、表向きは交際していることになる。
僕には彼女ができたし、高遠さんには彼氏ができた、ということだ。
だけど、少しだけ心配なことがある。
「あ、あの、高遠さん?」
「ん、なあに?」
「なんで僕たち、春日公園にいるの?」
「なんでって、カップルだから」
「あ、そうね。カップルだもんね。でも、身体を寄せ合っているのは何故?」
「信州だから」
「あ、そうなんだ。でも、たしかこれ、恋愛契約じゃなかった? 表向きの?」
「契約書読んだ?」
そうなのだ。なんと高遠さんはこの恋愛契約を結ぶ際に、わざわざ契約書を作って僕にサインまでさせたのである。
「契約書に書いてあったでしょ。もの凄い小さな文字で」
「いや、どうして小さい文字?」
「読み落としてくれたらラッキーだと思って」
「悪徳業者みたい。で、なんて書いてあったの?」
「クーリングオフは一週間。それに、一か月経ったら、恋愛契約から本恋愛に移行すると」
「たしか今日で……」
「はい。めでたく一か月が経ちました。ということで、もっとくっ付いてもいい?」
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