コーヒーブレイク〜きのこを添えて〜 〈二次創作2〉
<なろう作品の読者を妄想してみた短編第二弾>
*こちらの作品は、間咲正樹様作品の短編『婚約破棄されたけど、それよりも池の水ぜんぶ抜きが気になってしょうがない』の二次創作になりますが、ネタバレなし、単独でも読める短編になっております。
間咲正樹様の許可をいただいております。
挿絵:秋の桜子様(https://27861.mitemin.net/)
久々の出張で、春になっていたことに気付いた。
朝に連絡をもらい、急ぎで荷物を抱えて新幹線に飛び乗った。
取引先へなんとか間に合い、調整も含めてやり取りをして、無事に仕事を終えた。
ほっと一息ついて、馴染みのない街で午後の太陽からの陽射しを受けると、暖かなぬくもりと、乾燥した空気、微かに漂う花の香りを感じた。
いつの間にか、春になっていたのか。
この数ヶ月、リモートワーク中心で、出張の機会も減り、時間も忘れてパソコンで作業ばかりしていた。
季節に取り残されていたと気付く。
高校一年生になった息子とも、遠出していなかったこともあり、余計に外の空気に触れる機会がなかった。
以前なら、息抜きに外でコーヒーを飲んでいたのに。
それすらも惜しんで、パソコンに張り付いていた。
「…コーヒーでも飲むか。」
誰に許可を求める事も必要ないのに、俺はそう呟いてから、カフェを探した。
***
住宅街も近いせいか、カフェはいくつもあった。
その中でも、テラス席がある店を選んだのは、少しでも外の空気に触れて、季節を取り戻したいためだった。
テラス席の前は歩道と車道が近く、店内からも直接歩道からも入れるようになっていた。
通り過ぎる人の声や車の音も、春の空気の中では柔らかく感じた。
アイスコーヒーを頼み、届くまでの間に会社へ連絡を入れる。
このまま、直接帰っていいことになり、のんびりコーヒーを楽しむことに決めた。
アイスコーヒーが届き、氷の音も涼やかに冷たい喉ごしと、鼻に抜ける香りを楽しむと、スマホが鳴った。
会社からかな、と画面を開くと、息子からだった。
珍しいなと思い、画面を見ると、
『春休みになって会えなくてさみしいよ〜』
と文字が読めて、眉間に皺が寄った。
こいつ、誤爆送信してきた!
毎日会っている父親に送る内容ではない。
また、彼女と間違えて送ってきたなとすぐ理解した。
高校男子が、父親と彼女で誤送信はあり得ないだろうと、2、3週間前に言ったはずだ。
だが、息子は、
「アイコン画像と名前似てるんだよ!」
けしからん!と言わんばかりに反論してきた。
いや、俺のアイコン画像って昭和の銀幕スターの渋い二枚目俳優のモノクロ画像だぞ?
なんで、現役女子高生のアイコンと似てるんだよ。
あと、名前間違えるって、基本的にダメだろう。
呆れるよりも引く勢いで、己のダメさ加減を主張してきた息子に、よく彼女が出来たなぁと思ったものだ。
誤送信に気づいていない息子に、返信すべきか、面白そうだからこのままいこうか迷っていると、既読に気づいた息子がさらに送信してきた。
『僕たちに似てる話あったよ。』
その一文の下に、どこかのサイトが貼り付けられていた。
おいおい、恋愛小説引っ張り出してくるなんて、こっちが恥ずかしくなるぞ。
息子も男として成長しているんだな、とほんわかしながら、好奇心から躊躇わずにスマホを操作した。
きっとベタベタの恥ずかしい王道なストーリーだろうなと、期待に胸を膨らませながら、画面を見ると。
ー婚約破棄
ー池の水ぜんぶ抜き
の文字が入ったタイトルが。
ちょっと待て。
おい、穏やかじゃないぜ?
息子は関係が破綻する状況なのか?
あと、池の水抜くって何?
思うところは色々あるが。
ひとまず、読もうと息をついた。
が、さらに穏やかじゃない状況になる。
まず、息子よ。
いきなり王子で婚約破棄を突きつける立場なのか⁈
お前、そんなポジになった事ないだろう⁈
そして、徐々に気付く。
「あぁ、これは似てるかも…」
テンポよく話が進む中、王子の存在は紙屑のように薄れていく。
もう風に吹かれてその辺をコロコロと飛ばされる勢いだ。
それに比べてのヒロインの強さ。
自分の気持ちに対して、全力で生きてる。
会った事のない息子の彼女のイメージが出来てしまう。
息子の無駄に客観視出来る能力を感じる。
読みながら、アイスコーヒーを口に含むが、唐突な終わりに吹き出した。
「…ぐふぅっ!」
さりげなく空いている手で鼻を覆い、数回咳き込んだ。
テラス席に他の客がいなくてよかった。
…なんだこれ。
短い話なので、もう一度読み返す。
…なんだこれ。
息子かわいそうに、と思う。
ただ、その他の感覚がある。
もう一度読み返そうとした時、
テラス席の目の前の道路を窓全開の軽自動車が通り過ぎた。
幼稚園くらいの子どもの姿が車内に見え、
「きぃのこぉ〜〜のぉ〜」
と全力で歌っていた。
そのまま、軽自動車はまっすぐに行ってしまい、あたりは静けさが戻った。
俺は、真顔になってひとつ頷いた。
うん、あんな感じだ。
全力で歌ってたな。
窓全開で。
そんで、なんの歌だよ。
しかもワンフレーズって、すげえ気になるんだけど。
説明出来ない感覚が、気持ちの中で落とし所を見つけた。
はぁーっと強くため息を吐くと、ぼんやりと空を眺めた。
息子の誤爆送信といい、婚約破棄の話といい、「きのこ」の歌といい、受け狙いではない全力さに気が抜ける。
あー、空きれいだなぁー。
ここ数ヶ月パソコンの前で時間も忘れて、仕事だけしか考えない生活は全力だが、面白さも何もないなと思った。
俺の全力は、自分の素直な気持ちの方向に向いていなかった。
全力って、自分の欲求でやらないと、苦しいだけで、楽しくないな。
息子もアホなことばかりしているが、家にいる高校生の期間もそれほど長くない。あとどれだけ会話出来るだろうかと、今更気づいた。
もう少し、関わらないとな。
息子と遊べるように、仕事しよう。
うん、そうしよう。
残り少ないコーヒーを飲み干し、ふと思いついて、息子へ返信をする。
『面白かった。』
誤送信に気づいて慌てるかな、と苦笑しながら、スマホをポケットに仕舞う。
家に帰ったら、話しかけるネタになるなと思いながら、春の麗かな午後の陽射しの中、席を立った。
…途端。スマホが鳴る。
画面を見ると、息子から。
『もう読んでくれたの⁈うれしー!
いつも既読無視なのに!
やっぱり僕らに似た話だからかな⁈』
ハートマークいっぱいの絵文字だかなんだかが画面に蠢いている。
………息子ーーーー!!
色々、言ってやりたいことはあるが、
とりあえず、
『息子よ。
マジで婚約破棄されればいいと思う。』
と、返信した。
帰宅したら、全力で息子に勉強させることに俺は決めた。
二次創作の元になった間咲正樹様の作品は、こちらです!
短編なので、すぐ読めます。↓
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