3-16.攻防の思い出(2)
「あ、いや……。たぶん、そんなことは無いと思うよ……」
ど、どう、言い繕えば良いんだ?
ちょっとしたピンチ?
「それより、身体強化レベル2の訓練とか始めませんか?」
「……。」
「り、リチャード……?」
黙って腕を組んで、ムスッとしているリチャードを上目遣いに覗き込む。
「ヒカリ、お前に秘密が有っても構わない。
お前の全てを知ることは難しいだろうし、聞く側も時間も取れなければ、理解も出来ないだろう。
だが、エスティア王国とストレイア帝国の関係のみならず、皇后陛下とヒカリの間で個人的な軋轢があるのは不味いのでは無いか?」
「いや、だから、私は何もしてないってば!」
「じゃぁ、誰が何をしたんだ?」
「す、ステラとニーニャが怒ったから……」
「それで?」
「種族間の戦争になりそうだから、上皇様に助けて貰った……」
「あのお二人が怒るとは、よっぽどのことだったのだろう。
だが、上皇陛下に仲裁して戴いたのであれば、何も問題なかろう」
「うん。それだけだよ。だから私は何もしてないって……」
「その話、後で私からステラ・アルシウス様にお伺いしても良いか?」
「あ、いや、あの……」
「なんだ、嘘の説明でもあるのか?」
「その、あの、ステラが怒ると怖いよ~って、思った」
「待て待て待て。何で、俺がステラ様を怒らせるんだ?」
「え?だって、ステラにあの事を訊くんでしょ?」
「あの事ってなんだ。お前の説明じゃ判らん。直接聞くことにする」
「あの、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
私が悪いので、ステラにその質問して、彼女の気分を害さないであげて欲しい」
「だから、それは何だって話だろ」
「ステラの名前を騙って、偽のハーブティーが販売されていた。そのハーブティーが薬臭くて、酷いものだったの……」
「ふむ……。それで?」
「ええ~~~?」
「何故、お前がそこで驚く」
「エルフ族にとって、ハーブの扱いとかハーブティーの調合ってのは、とっても大事な大事な事なことなの。異種族の私たちには理解できない、崇高なものなの。
だから、絶対に侵してはいけない領域なの……」
「うっ……。そう、なの、か……?」
「うん。あと、ドワーフ族では、鉱石の扱い方とかも……」
「その説明では足りない」
「オリハルコンとかの貴重な金属を、純度を偽って表示して、そこに著名なドワーフ族の人の銘を勝手に入れて販売することも、厳禁ですね」
「それは詐欺だろう……」
「人族の間だったら、単なる詐欺とか処罰で済む話だけど、さっきのエルフ族のハーブと一緒で、侵してはいけない神聖な領域なの。種族間の戦争になるの……」
「ということは、帝都で偽オリハルコン製のドワーフ族の銘が入った剣が売られていたということか?」
「ま、まぁ、そんな感じのような……。もっと酷いような……」
「帝都で種族の神聖な領域を侵す事象が見つかって、それを上皇陛下に仲介して頂いた訳だ。
たまたまだったかもしれないが、ヒカリも頑張ったじゃないか!素晴らしい! それで?」
「上皇様に、『ヒカリは何を望む』って、言われたから、 『賠償金を子孫に返してあげてください』って、答えただけです」
「何も問題無いだろう。
当の本人がその場で支払えないのであれば、親族に肩代わりして貰うのは致し方ないことだろう」
「だよね。私は悪くないよ。『処刑しないとダメ』って、言えなかったし」
「まぁ、相手を殺すより、賠償してもらった方が長期的なメリットとなるな。
余程の大掛かりな公開処刑でもしない限り、似たようなことが起こるかもしれない。それよりは、生かさず殺さずで噂を広めて貰った方が良いかもしれないな。
中々良い判断だったと思う」
「以上だよ」
「はぁ?」
「『はぁ?』って、それ失礼じゃない?人の話を聞いてたよね」
「ああ。何も問題無い。だから、おかしいんだろう?」
「ヒカリさん、わざとやってるのかしら?」
「ま、マリア様、度々すみません……」
「リチャードも大概よ。本質を見抜く会話を心掛けなさい」
「母さん、俺が悪いのか?」
「悪いのは皇后陛下よ。
ただ、その悪事をたまたま帝都を訪問していたヒカリさん達に見つかってしまったのね。
さっきの賠償するべき相手が皇后陛下。そして、その賠償額は金貨5万枚とかって聞くわ」
「マリア様……。ありがとうございます。
補足して訂正させて戴きますと、金貨50万枚の賠償ですね……」
「ヒカリ……。何でそうなった?」
「今、話をした通りだよ」
「ハーブティーとオリハルコンの剣1本を合わせて金貨50万枚は有りえない。そして、そのような仲裁を上皇陛下が行う訳が無いだろう……」
「あ、いや……。
本体価格は金貨5000枚ぐらいだったんだけど、『嘘を言ったら10倍返し』って、ってお互いに言い合ったのね。
『私もそっちの10倍補償の条件を受け入れるから、そっちも10倍の条件を受けてね』
って。相手は本物と信じて、10倍値の5万枚を吹っ掛けてきたの。こっちは相手の嘘を証明して、5万枚の10倍の50万枚を勝ち取った感じかな」
「皇后陛下がそのような賭けをヒカリとしたのか?」
「皇后陛下がオーナーを務める店長と真偽の検証をするときに、証書も残したの。
その内容を上皇様自らが、皇后陛下に確認して証書の正しさを確認してくれたの。
で、リチャードがさっき言ってくれたように、一括で金貨50万枚なんか返せないだろうし、皇后陛下が処刑されのは不味いから、出身地であるサンマール王国から子孫に向けて少しずつ支払って貰うって感じかな」
「ヒカリ……」
「なに?」
「買い物をして、上皇様に仲裁して貰っただけの話では無いな?」
「ま、まぁ……。そうかな?でも、嘘では無いよ」
「サンマール王国は大変なことになっていて、金銭のやりくりに苦労しているのはヒカリがきっかけなんじゃないか?」
「私は関係無いってば!リチャードも、さっきそういったじゃん!」
「母の調査が正しいとすると、サンマール王国は皇后陛下の手腕で金銭を稼いでいたにも拘わらず、皇后陛下ご自身の失敗によって、多大な損失を被っている状態だな」
「その理解が正しいね」
「全然、友好的な関係では無いな」
「私のせいじゃないよ」
「ヒカリの名前は知られているんだな?」
「ヒカリ・ハミルトンで署名してあるかな。あと、ニーニャ、ステラ、レイの名前もあったと思うよ」
「母さん、ヒカリのサンマール王国での身分証は、ハミルトン家なのか、それとも、ウインザー家なのか、どちらで登録されましたか?」
「貴方達のハネムーンなのだから、ウインザー家よ」
「ヒカリ、先日の晩餐会でも、ウインザー家で入場者の署名をしていたな?」
「はい」
「ヒカリは、皇后陛下とお会いしたことはあるのか?」
「見たことはあるけど、紹介されれての挨拶は交わして無いね」
「ヒカリ、皇后陛下を遣り込めたヒカリと、ヒカリ・ウインザーは別人の設定にしよう」
「でも、リチャードの妻はハミルトン卿の領地のメイドだし、ニーニャやステラと知り合いってことになってるよ」
「ヒカリはメイドで通してきた訳だ。
だが、ヒカリ・ハミルトンが帝都を訪問して、そこで皇后陛下が経営する宝飾店を潰したのが、メイドのヒカリであるとは関連付けがされていないはずだ」
「ご、強引なんじゃないかな……?」
「ヒカリの能力は皇后陛下に伝わっているのか?」
「そこは情報統制がとれているから大丈夫じゃないかな」
「分かった。一ヶ月時間を稼ごう。
その一ヶ月の間に念話と身体強化レベル2の習得を達成する。
その間、ヒカリは目立つ行動をしなければ自由に観光して構わない。
いいか?」
「はい」
一ヶ月あれば、いろいろ出来るかな~。
よし!気持ちを一新して、前向きに取り組むよ!
ーーーー
いつもお読みいただきありがとうございます。
春休みだけ連日更新