3-15.攻防の思い出(1)
「ヒカリ、その……」
「リチャード、なに?」
「ヒカリがしたいことは何だ?俺に手伝えることがあるのか?」
「リチャードには、身体強化レベル2と念話の習得をして欲しいです。
それまでの間、私が自由に行動していて良いなら、ちょっと魔族の村に偵察に行く許可が欲しいです。
それと、ユッカちゃんの兵を南の大陸に連れてくる作戦の指揮も執って欲しいです」
「ユッカちゃんの兵では無いだろう?ストレイア帝国の直属兵のはずだ。上皇陛下の派閥であることは考慮しても良いが、個人所有物では無い」
「いや、ユッカちゃんの奴隷印が付いてるから、ユッカちゃんの所有物だよ。国際法に則ってもね」
「ヒカリ、待て。初めて聞いたぞ?」
「言って無かったかも。でも、上皇陛下が居て、ハシムさんとカシムさんが指揮してくれてるから、今まで大きな問題になってないでしょ?」
「なんで、ヒカリの領地が帝国兵によって、守られているんだ?」
「帝国の直轄地だからね。問題無いでしょ」
「そうじゃない。直轄地の話は分かっている。ユッカちゃんの奴隷がヒカリの言うことを聞く理由が判らない」
「上皇陛下にユッカちゃんを見守る約束を取り付けているからじゃないかな?」
「そうであっても、辺境の領地でこき使われる理由が無いだろう」
「こてんぱんに負かされた上での、囚われの身だから仕方ないよね。形式的な奴隷じゃなくて、本当の敗者なんだもん。
だから、今だってユッカちゃんに働き口を心配されちゃってるし、マリア様が指摘されているように、ストレイア帝国からの盾としての役割りでしかない訳でさ」
「ストレイア帝国の直属の騎士団500名が負けただって?」
「それも言って無かったっけ。50対500の模擬戦で2連勝。
あ、ほら。ロメリア王国と50対70の3回戦したでしょ?ああいう感じだよ」
「待て。ヒカリ、ちょっと待て。
ロメリア王国との模擬戦は、売られた喧嘩に対して模擬戦の場を設ける流れになったのだから、双方合意の上でルールを決めて戦った。
ところが、直轄地を守るべく派遣された騎士団と敵対する必要は無いだろう?」
「ああ……。ごめん。そうだったね……」
「ヒカリ、どうした?自分の発言に矛盾があることに気が付いたか?」
「ええと……。
ストレイア帝国は軍拡主義でしょ?
主義って言葉が難しければ、国を成立させるための資源の入手方法って考えて貰えれば良いよ。
『あそこに良い畑がある。住民ごと奪って手に入れよう』
そういう感じ。
良いよね?」
「ああ。全くその通りだとは思わないが、本筋を突いているとは思う」
「私たちの婚約の儀をエスティア王国の王都で行ったでしょ。
そして、お披露目をしたよね?」
「ああ、当然だろう。各国から来賓があったな。ストレイア帝国からも使者が来ていたはずだ」
「うん。そのとき、色々と見せちゃ不味い物を見せてしまったのね。
だから、ストレイア帝国としては、私の領地を直轄地として手に入れたかったの」
「直轄地も何も、エスティア王国はストレイア帝国の構成国なのだから、そのようなことをする必要は無いだろう?
実際にヒカリの領地は経済特区という形での保護を受けているじゃないか」
「経済特区になるように交渉をしたからだよ。
もし、単純な直轄地に制定されていたら、そこから上がる税収から、利権から全てストレイア帝国の管理下に置かれることになるよ」
「そ、それはそうだろうが……。
だが、実際にそうはなっていない。ヒカリの領地の素晴らしさを判った上で発展を見守ってくれているわけだろう?」
「もし、そういった善意による下賜が行われる予定で有ったなら、500人の視察団とか必要無いし。その上、私の領地があるところに、無断で領地マーカーで上書きとかしないよね?」
「領地マーカーの件は、ヒカリが領地マーカーの設置し直しの最中に起こった事故では無かったのか?」
「ストレイア帝国のプライドがあるから、事故であるように装ったし、その目的を隠ぺいする形で経済特区という恩賞を貰える形をとったの」
「ま、待て、待て、待て。
もし、その話が本当だとすると一大事だぞ?父やレナードと協議すべき重要案件だ」
「マリア様とは念話で相談にのって貰って、アドバイスも沢山戴きました。
レナードさんとはストレイア帝国の帝都にて、状況と作戦を説明した上で、理解して、協力もして頂いています」
「お、俺には?」
「タコの獲り方を身に付けて貰っていたと思うよ」
「ま、待て。タコって、あれだよな?
タコ丸の材料で、王都の祭りでもちょっとした騒ぎになったやつだ」
「うん。あれだね」
「身体強化した状態での泳ぎ方、海中での無呼吸戦闘など、色々な技を身に付けた。たしか2週間ぐらいだったので、地元の漁師達からも『兄ちゃん、筋が良いな』とか、褒められたレベルだぞ。
ヒカリは婚約の儀が終わって、疲れを癒した後で、ストレイア帝国に買い物に出かけていたのでは無かったか?」
「うん。それだね」
「確か、ステラ・アルシウス様とニーニャ・ロマノフ様も、帝国から招待されて旅をしていたはずだ。それも2週間かそれぐらいのはずだ」
「良く覚えているね。その通りだよ」
「タコの足を獲ってきたら、ヒカリと母と父が居て、そのまま上皇陛下の所へ向かったよな。
何処にもストレイア帝国の騎士団と模擬戦をしていた話は無かった。
違うか?」
「リチャードがタコを獲りに行ってる間の出来事だからねぇ~」
「もし、その間に何かがあったとしても、ヒカリは何もしてないよな?」
「モリスと一緒に、シナリオ通りの、お芝居をしてたのかな。
模擬戦には、私もステラもニーニャも参加してないよ。
あ、あと、ストレイア帝国で皇妃をやり込めたのは私じゃないよ」
「ヒカリさん、その説明ではうちの子には判らないわ。
私が説明しても良いかしら?」
と、マリア様。
わ、わざとやってる訳じゃないんだけどね。
どうも、リチャードとの会話が成立しないんだよね。
「は、はい。説明が下手ですみません。マリア様にお願いしても宜しいでしょうか」
「リチャード、良く聴きなさい。
ヒカリさんがアジャニアから持ち帰った『醤油』は、非常に貴重な物だったの。ところが、ストレイア帝国には小さな壺1つ分しか、お土産として持ち帰れなかったことになっているの。
それから、貴方とヒカリさんが婚約の儀で身に付けているエメラルドが嵌められたペンダントだけれど、これもストレイア帝国から失踪した、ユッカちゃんがご両親から受け継いだ遺品のエメラルドのペンダントに類似しているの。
この2つを理由にストレイア帝国の構成国であるエスティア王国が問い詰められて、全てを剥奪されてもおかしくない状況だったの。
ヒカリさん達は、視察団という名の占領軍が来ることを想定して、あらゆる準備を行ったわ。その中には、『敢えて領地マーカーによる直轄地を構成国内に作ること』が含まれていたの。
だって、理由も無く皇帝の直轄地が属国の領土内に設定されるのは国際法に照らし合わせてもおかしなことでしょう?
その状況証拠を作成して、それを盾にして経済特区の利権を確保しているのが今のヒカリさんの領地であり、エスティア王国が置かれている立場なのよ
リチャード、ここまでは良いかしら?」
「はい……。大丈夫です」
「私は知らない体を装う必要があるから、現地にいなかったのだけれど、念話で聞いた話によれば、こんな感じかしらね。
領地マーカーを設置した帝国兵500名を拘束して、ヒカリさんの未開拓の領地へ連れて行って、模擬戦の提案をしたのよ。『この広大な領地全てを帝国の領地とするか、我々と戦うかどちらを選ぶか?』って。
広大なヒカリさんの領地を囲い込むことは飛竜族の助けや長距離の飛空術を使えるメンバーが必要になるし、その飛空術を使える貴重なメンバーがヒカリさん達によって潰されないとも限らない。
結局は、模擬戦の提案を受け入れるしか無かった訳だし、そして帝国兵はロメリア王国と同様に負けたのよ。
リチャード、分かったかしら」
「ヒカリは、妊娠して、結婚の儀を控えて、そんなことをしていたのか?」
「私は何にもしてないよ。みんながしてくれてたから。
あ、帝国に買い物に行ってきたけど、往復とも飛竜族さんに手伝って貰ったから問題無かったし」
「何故、皇后陛下との揉め事が出てきた?」
「えっ?」
「『えっ』じゃないだろう。
ヒカリは何もしてない。皇后陛下ともお会いしていない。
であるにも拘わらず、『皇后陛下をやり込めたのは私ではない』と、言っただろう」
「あ~。マリア様が此処に来た理由って、なんでしたっけ……」
「母は、ヒカリの砂糖の消費が激しいので、交易の交渉と製造の拡充に来ただけだろう。
ヒカリのせいではあるが、皇后陛下とは何ら関係ない」
あ、あれ?そうなってるんだっけ……?
砂糖が枯渇して、海賊騒ぎが起きて、皇后陛下の嫌がらせの可能性があるってことで、マリア様に鎮圧してもらいに来たような……?
あ、でも、リチャードが不在のときに、念話が使えるメンバーだけで決めたんだっけか……。
「ヒカリ、どうした。何かまだ隠し事があるのか?
俺は、平和裏にサンマール王国と対等な関係を構築することを大きな目的としている。もし時間があれば、南の大陸の諸国を訪問するつもりだった。
だが、最初から敵対関係にある国に対して、領地割譲の申し入れをしているということか?」
「あ、いや……。たぶん、そんなことは無いと思うよ……」
ど、どう、言い繕えば良いんだ?
ちょっとしたピンチじゃないの?
ーーーー
いつもお読みいただきありがとうございます。
今更、春休みの連日更新。
不手際申し訳ないです。
ブックマーク登録をして頂いたり、感想や★評価をつけて頂くと、作者の励み になります。