3-09.魔物が溢れた理由
「ヒカリ、今、クレオさんはフウマとシズクさんと一緒に情報収集に当たって貰っている。
1つ目は、エミリーという修道女の遺体が安置されていると言われる村への経路と周辺の状況だ。
2つ目は、未踏破の迷宮から魔物が溢れているという話だ。
3つ目は、この国と魔族とのかかわり方。
4つ目は、冒険者ギルドや市場のまとめ役、薬剤師ギルドなどの各ギルドにおける国との関わり方。
それ以外としては、この国の経済、科学、外交などについて、この国で指揮を執つ許可とともに、開示戴けるかハピカさんに確認中だ。
ここまでは良いか?」
「はい。皆も知ってるということで良い?」
「話をしてもリサやシオンには判るまい……」
「シオンは分からないかもしれないけど、リサは分かると思うよ。ま、良いけど。
リチャード続けてください」
「魔族の侵攻説の元になったとされる情報なのだが、
『存在しない人で構成されたパーティーが未踏破の迷宮で確認されている』
『その偽名と思われるパーティーが未踏破の階層を容易くクリアしている』
『その時期から、迷宮のリセット機能が壊れて魔物が溢れた』
ということだ」
「随分詳しいね。誰か当事者を見つけて聞き取り調査が出来たの?」
「ヒカリ、そこに居るナーシャさんからだ」
「へぇ~。ナーシャさんは私たちと出会った街以外にも、観光迷宮を調査しているんですね……。
冒険好きか、ステラみたいに種族の宿命とかで旅をされている感じですか?」
「ヒカリ、一応確認なのだが、お前たちが観光迷宮を訪問することは問題無いし、母から観光に出かけたことも聞いている。
だが、母が個人ごとの身分証明書を取得してくれていたにも拘わらず、門から出ずに、王都の外へ出かけたりしなかったか?」
「あっ……」
「ヒカリ、馬車も使わずにリサやシオンをどうやって連れ出したんだ?」
「えっ……」
「『ヒカリだから』で、この場は済ませることにする。後で二人だけのときに、時間を掛けて聞くことにする。
だが、クレオさんは約一週間前までこの王都で買い物をしたり、果物の手配をしていたことが確認されている。
その一方で、ここから馬車で一週間かかる場所の観光迷宮において、一週間前の日付でクレオさんの入宮記録が在ったらしい。
クレオさんの名前で登録したパーティーが入宮してから、幾つもの不可解な事象が発生した。
(1)未踏破階層のボスが倒された。
(2)未踏破のボス部屋で戦っていた瀕死のパーティーが救援を受けた。その処置は現在の人族やエルフ族の知識では治療できない高度なレベルであったにも拘わらず、何ら見返りも要求せずに、足早に深層へと向かった。
(3)その治療されたパーティーとの接触を最後に、そのパーティーは痕跡を絶った。
その正体不明のパーティーが消息を絶ってから2-3日後に、迷宮から魔物が溢れ始めた。最初は入宮管理を行う門番や街の冒険者が対応をしたが、昼でも夜でも関係なく、延々と魔物が出てくるので、対処が間に合わなくなったらしい。
身の危険を感じた冒険者達が溢れる魔物退治を諦めて離脱を始めると、雪崩式に心理状態が伝播し、あっという間に街から人々が姿を消したそうだ。
街が崩壊したのは、ヒカリ達が帰って来る2-3日前の出来事だ。その魔物が溢れる街を見捨てずに封印し、出入り口を一か所に絞って、延々と溢れる魔物を一人で倒し続けたのがナーシャさんだ。
ヒカリ、何か心当たりは無いか?」
「……。」
「ここは身内だけだ。何でも良いから言ってみろ」
「小銭を稼ごうと思って観光迷宮に潜って収集品の回収をした。空いてる時間で子供達の訓練をしたかな?」
「そこの裏庭に積みあがっている武具が『小銭』なのか?あれを洗ったり、分別することが子供たちの訓練なのか?」
「ちょ、ちょっとは頑張ったよね?」
「どうやって、事態を収拾するつもりなんだ?」
「えっ?」
「『え?』じゃないだろう。この国の軍の招集が始まっていたり、傭兵の募集が始まっている。
崩壊したと思っている街に進軍したところで、魔物は殲滅されていて、結界に守られた無人の街があるだけだろう?」
「そうなるのかな?」
「ナーシャさんの結界は妖精との契約で施された印を使用しているので、無人でもその機能は継続しているらしい。ただ、その結界を施した契約者が誰かはエルフ族でも相当上位の者でないと、判別がつかないそうだ」
「それなら問題無いね」
「今回の魔物討伐について、ステラ様の支援を求められている。
ステラ様はヒカリの看病をするために、ちゃんと正規の身分証明書を使って、王都へ出入りしている。
当然、近々ステラ様への顔つなぎを求める依頼が私の元に届くことになる」「人の出入りを管理するって、とても大事なことだね」
「ああ。得体のしれない魔族と、エルフ族の族長では人族の習慣に即した出入門管理に対する心構えがエラく違うな。俺は魔族も見習うべきだと思う」
「魔族は恐ろしいねぇ~。早くリサの器を回収しないと!」
「ああ。恐ろしい魔族の話は横へ置いておくとして、魔物が溢れた迷宮がある街はどうするつもりだ?」
「ステラがこの国の偉い人を連れて、視察しに行って、ナーシャさんが作った結界を解除するのか、そのまま維持するのかを決めれば良いのでしょ?
結界の門の開閉部分の管理を人族の人が出来るなら、今後、もし魔物が溢れるようなことがあっても、大丈夫だね」
「ステラ様に、その往復の2週間を我々の為に協力して貰うというのか?」
「軍と外交の2つを同時にクリアするんだから、ユグドラシル調査隊に関して、3人の推薦人を得られることになるよね。
それに、ステラなら、馬を操る秘薬を使ったり、妖精の支援を得られるから、片道2日も掛からないでしょ。一緒に連れて行く監査官が耐えられないっていう問題はあるけど。
帰りは監査官とステラで別行動にしてもえば、半日も掛からないよ」
「ヒカリ、お前もステラ様に付いて行くのか?」
「私は馬を操ったことが無いよ。リチャードに載せて貰ったことはあるけど。馬車なら運転できるよ?」
「ま、まさか、お前達は空飛ぶ卵でその迷宮まで行ってきたのか?あの乗り物があれば、大量の収集品と武具を回収できたのも納得できる」
「いや、あれは国家機密以上の秘密だよ。話題に出しちゃだめだよ」
「リチャード様、私が監察官と共にその街まで向かいます。出来れば、馬を繰るのが得意な人で、体力が持続できる監察官が有難いです。
当然、私なりに人と馬への支援はさせて戴きますわ」
リチャードと私では全く話が進みそうにないので、ステラからの申し入れがあった。ステラとしても不思議なカバンの製作や、特殊な身体強化を使っての飛空術を身に着けていることを説明するのは面倒だもんね。
まぁ、私が説明しても、この場は増々混乱するから、それをステラがぶった切ってくれたんだけども。
「ステラ様、ヒカリの不始末を尻拭いさせてしまうようで申し訳ない。
可能であれば、ステラ様の申し出に頼っても良いだろうか?」
「ええ。出発はいつでも構わないけれど、なるべく早い方が良いかしら。
私も魔族討伐に参加したいので、そこに間に合うように進めてくださいな」
「承知した。早速手配させて戴くとしよう。
よし、次の課題に移るが良いかな?」
「あ、あの……、すみませんが、クレオ様はどのように……。なるのでしょうか?」
と、ナーシャさんが恐る恐る発言した。
「ナーシャさん、クレオさんの何が気に掛かるのだろうか?」
「私はクレオ様と、エミリー様の生まれ変わりか、あるいはエミリー様を騙る魔族に救われたはずなのです。
エミリー様が本物であろうと偽物であろうと、クレオ様が魔族でない限り、話の辻褄が合いません。クレオ様が討伐の対象になるということでしょうか?
私としては命の恩人であり、専属奴隷のご主人様ですので、看過出来ません」
「リチャード様、私が代わりに説明しても宜しいでしょうか?」と、ステラ。
「ああ、すまない。ヒカリが入ると、どうしようもなくなる」と、リチャード。
リチャードの『どうしようもない』は、失礼だよね。もう少し、こう、オブラートに包むっていうか、歯に衣着せるなり、なんなりあるんじゃない?迷惑かけている自分が言うのもなんだけどさ?
まぁ、ステラに任せるのは大賛成だから何も言わないでおくよ。
「では、失礼して。
ナーシャ、貴方の奴隷契約は、とある方の仲介により、私へ移されました。私が貴方の主人になります。そういった意味で、クレオさんとの関わり方は考えを改めなさい。
次に、クレオさんですが、別件において王都で問題になっています。簡単に言えば、王都の冒険者ギルドを破綻に追い込もうとしているか、あるいは没落した貴族を買収して、その爵位を簒奪しようとしていると嫌疑が掛かっています。
ですから、迷宮の中でナーシャを助けたのは、ここに居るクレオさんでは無いということになるの。
逆に、魔物の溢れた迷宮の調査と並行して、修道女のエミリーさんが封印されているのかどうかを、確認することで、魔族の仕業かどうかを見極める必要が出てきているわ。
良いかしら?」
「ステラ様、 奴隷契約の件、承知しました。もう何も申しません」
「ナーシャ、契約を仲介してくれた人はね、『奴隷を尊重して自由に生きてもらう』ことを信念としている方なの。
もし、未だクレオさんの事で納得がいかないなら丁寧に説明するわ」
「ステラ様、私が迷宮で助けられたのは、クレオ様のパーティーだと思います。
私は気を失っていたので判りませんが、パーティーの一人が『あの冒険者はクレオさんで間違いない』と、言っていました。
私は街が無人になっても、クレオ様を待ち続ける必要がありました。そして、一人で結界を敷いて3日目の夜中に、クレオさん率いるパーティーが姿を現しました。これは私が確認しています。
そしてこの館で面会させて戴いているクレオ様は、皆が承知の通りのクレオ様であると思います」
「ナーシャ、きっとそれは正しい説明になっているわ。
けれど、もし、こういう言い方をされたらどうするのかしら?
『クレオが助けたといった冒険者が魔族の一味だった』
『丸二日間も寝ずに、一人で結界を張っていたので、人族と魔族の騙りを区別できなかったのだろう』
『そもそも、魔物で崩壊した街から、この街までどうやって移動したのだ。夢でも見たのでは無いか?』
そういう反証が出てくると、とても困ったことになると思わない?」
「ステラ様は私に嘘をつけと命令されたいのですか?」
「違うのよ……。
どう説明すれば良いのかしら……。
『まぁ。いっか。ヒカリだから、細かいことは気にしない』
これが一番分かり易いのだけど、ナーシャにはまだ早いわよね……」
「その、先ほどから会話に出てくる『ヒカリだから仕方ない』は、北の大陸に伝わる諺の様な物でしょうか?」
「ヒカリさん、どうしましょうか……」
「わ、わたし?」
ステラが匙を投げたよ。
これって、ナーシャが悪いの?ステラが悪いの?私はどっちにしろ、とばっちりな訳だし……。
「ええ。何かナーシャが理解できる良い方法は無いかしら?」
「ステラが命令すれば、種族の元に帰ってくれるのでしょ?それが一番安全なんじゃないかな」
「ナーシャ、貴方、エルフ族の元に帰りなさい」
「何故ですか?」
「役に立たないから、世話しきれないということよ」
「私は奴隷です。ステラ様の言うことを何でも聞きます。ですが、妖精と交信もできますので、大抵の人族に比べて有能なはずです。
それでもお役に立てないでしょうか?」
「ヒカリさん、この子、一緒に連れて行けないかしら?」
「うん……。どうしよっかな……。クレオさんも相当成長してるしな……。今から育成するのか……」
「ヒカリさん、この子が判るように、何か実力を見せてあげられないかしら?」
「リチャード、ナーシャさんが訓練することになったら、リチャードも一緒に訓練する時間を作れるかな?」
「ヒカリは何を言っているんだ?」
「うん?リチャードとナーシャさんを同時に身体強化の訓練を積んでもらうと思ってるんだよ」
「俺は使えるぞ。結婚する前にヒカリと手合わせしただろう?」
「あれじゃ、ダメだって後から分かったの」
「ほう……。ヒカリもあの頃より腕を上げたと言うことか」
「そうじゃなくて……。普通の身体強化じゃ、足りないんだよ」
「全然わからない。そうまで言うなら、今から二人で模擬戦をしてみるか?」
「良いよ。リサ、お父さんが勝負してくれるって」
ナーシャさんにしろ、リチャードにしろ、身体強化のレベルを上げて、念話習得に入って貰わないといけないから、いい機会かもしれないね……。
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