3-06.作戦会議(2)
「ヒカリさん、金貨2000枚が必要になるのですか?」
「うん、まぁ、クレオさんは気にしなくて良いよ。
気にしなくて良いけど、カタコンベとか上級迷宮で拾ってきた収集品の売却は手伝ってくださいね。
どうも、冒険者ギルドの資金繰りが悪いみたいなの。冒険者ギルド以外で、武具や収集品を捌けるところを当たってください」
「承知しました。他に何か手伝えることはございませんか?」
「もし、収集品の売却を上手くこなせて、余裕が出来たなら、色々な情報収集に協力して欲しいかな。
1つは、この国と魔族の関わり方について
2つ目は、この国財源と国が運営している事業について
3つ目は、上級迷宮が魔族によって壊されたらしく、魔物が溢れている件について
だよ」
「ヒカリさんは、魔族に関する知識を得て、何をするつもりなのでしょうか?」
「外交上の切り札として何が使えるかを知っておきたいかな。あと、個人的な興味として、知りたいこともあるかな」
「魔族は、物理的なダメージよりも精神的なダメージを得意とする種族と聞いています」
「クレオさん、具体的な事例とかありますか?」
「そうですね……。私が知っている例で説明させて戴きますと……。
『ドワーフ族の斧』については有名な事例であると考えます。
ドワーフ族の方達はお酒が好きです。そして、酒に酔った勢いで賭博をすることも好きなようです。お酒と賭博の両方を楽しく過ごせるのであれば、それに入り浸っても仕方ないと思います。
いつの間にか多額の借金を魔族領から派遣されている商人達に対して負っていた様なのです。
表向きは『魔族によって、種族の伝統の斧を奪われた』と、なっていますが、その斧は借金の肩に差し出してしまった様なのです。
実は、ドワーフ族以外の皆が知っているのですが、そのことを敢えて口に出す人は居ません。魔族のやり方を知る一方で、自分達の一分の心の隙を作ってはいけないと課すのは、中々に難しいことと言えるでしょう。
私の言わんとすることが伝わるでしょうか?」
「う~ん。ちょっと、それだけでは無い感じだね~。
確かにドワーフ族の人達はお酒に弱いし、お金勘定が不得意かもしれない。けれど、他の種族に対して悪意を持って接したり、借金を踏み倒したり、容易く種族の伝統の斧を手放したりしないと思うんだよ。
私たちには判らない、表には出てこない事情が有ったんじゃないのかな?
例えば、お酒に何らかの薬が入っていて、お酒に溺れ易い精神状態になっていたとか、賭博もイカサマによって、場を支配していて、ズルズルと借金を重ねるような仕組みになっていたとかね」
「ヒカリさん。それは私ども人族には与り知らぬ事情でして……」
「うん。だから、商人経由で知っている情報自体も加工されていて、『魔族が恐ろしい』と思わせるよりも、『ドワーフ族の意思が弱いから、仕方ないよね』って、思わせることで、魔族の本当の手段が上手く隠されていると思うんだよ」
「いや、でも、それは……」
「一つ一つのピースが、全体として効果を奏しているんだよ。
お酒と薬、賭博とイカサマ、商人を利用した借金の水増し、種族間の交易商人を利用した情報操作。
『魔族に手を出せない。自分が弱ければ負ける』って、浸透させるには十分でしょう?
もう。戦う意思すら削がれているよ。戦う前から負けてるからね」
「そんなことはありません。人族は魔族に反撃をしたことがあります」
「うん?どういうこと?」
「説明が長くなりますが、ご了承ください。
元は、人族はユグドラシルへの登山道を2本持っていたのです。1つは道中に飛竜族の巣がある道と、もう一つは飛竜族の巣は無いけれど、ただ単に険しいだけの道がありました。
魔族との境界に流れる川の上流に、飛竜族の巣が無い方の険しい登山道がありました。しかし、そこは人族の領域ですので、魔族側はその登山道は使うことが出来ません。
魔族は人族のその登山道が羨ましいため、武力侵攻して来て登山道とその周辺を確保したのです。
当然、人族としては黙って見過ごせるものではありません。かといって、他の種族を魔族との戦いに巻き込むこともできなければ、人族と他の種族との交流も親交を深めている状況ではありませんでしたので、人族の力だけで魔族を撃退する必要があり、全面的な武力衝突になりました。
この大陸は密林で生茂っておりますので、人族が得意とする軍隊を養成し、その指揮系統により戦線を展開する作戦には不向きです。小隊に分かれて、個別に拠点を確保しながら情報を交換しつつ、徐々に陣地を広げていくしかありません。
一方、魔族は土地勘が良いのか、我々の行動を先読みしているのか、人族は戦闘を有利に進められませんでした。そして、魔族は川沿いの登山道だけでなく、我々人族の領域の三分の一近くまで領域を広げてきました。
そこに救世主とも呼ぶべき修道女が現れたのです。各種回復魔法を詠唱出来るだけでなく、精神面でのケアにも長けていて、軍の士気高揚も行えました。つまり、意思が削げず、常に回復できる軍隊が編成されることになったのです。
その修道女が着任されてからは、人族はドンドンと領域を取り戻し、魔族を追い返すことができました。
このように、人族はちゃんと魔族と戦えるのです」
「そう……。」
「ヒカリさん、何か疑問でもありますか?」
「どこかの観光迷宮を魔族に占有されたらしいよ?」
「そ、それは……」
「あれ?魔物が溢れて、その原因が魔族が原因じゃないかと噂されている話はしたっけ?」
「ええ?なんのことですか?」
「いや、いま、『観光迷宮を占有されている』って、言ったら、クレオさんは当然のような反応をしたよね?」
「魔族との戦いの事かとおもいました。最近占有されて、そこから魔物が溢れている話は存じ上げません」
「そうだとしたら、人族は過去にも観光迷宮を占有されているし、今、他の迷宮も取られちゃうかもしれない訳だ。
観光迷宮って、結構良い資源だと思うんだけど、その辺りは人族としては対応しなくて良いの?」
「ヒカリさんは全てお見通しなのですね。
先ほどの人族の反抗につきましても、最終的には失敗に終わったのです。戦意高揚と、回復魔法で支援をしてくれいた修道女が囚われて、魔族の反撃に遭ったのです。
死に物狂いで修道女の亡骸を奪還しました。そして、名誉の死を遂げた修道女の遺体を安置すべく、教会に祀っていたのですが、その教会と付近の住民全てを再び魔族に占領されてしまったのです……」
魔族は、ドワーフ族だけでなく、人族も簡単に制圧できる力を持っているってことだね。
でも、ちょっと不思議なのは、その修道女だか聖女だかがどうやって捕らえられたかが気になるね。ちゃんと指揮も高く、体力に回復しながら進軍していたんだろうし。
ドワーフ族の真相はニーニャ経由で誰かに聞くとして、南の大陸に住む人族の修道女の話は……。
はっ!
ま、まさか……。リサなの?リサなのか……。
修道女の暮らしを知り、南の大陸の言語を流暢に操り、王都の暮らしを知らず、魔族の怖さを知っている修道女というのは……。
リサは魔族に体を保管されているとか言っていたよね?
こんな気候で、死体が長期間保持される訳無いでしょ!何らかの遺体を保管する技術で腐敗を止めていたはず。そうやって魔族はリサの遺体を盾に人族の精神的なダメージを誘ったのだとしたら……。
「ヒカリさん?私の説明が片手落ちで気分を害したでしょうか……?」
「クレオさん、私の個人的なお願いです。魔族に制圧された教会の場所を教えて下さい。
リチャード、ユグドラシルの調査隊の権利は要りません。外交支援活動を後回しにさせてください」
「ヒカリ……。突然どうしたんだ……。
魔族の話を聞きたいと言ったのはヒカリだろう?クレオさんの説明に多少の行き違いがあったかもしれないが、それに腹を立てるのは筋違いだ。
そして、いまこの国は色々な問題に直面している。我々が出来る範囲で支援して恩を売っても良いと思うのだが?」
「リチャード、金貨は6000枚をマリア様に預けてあります。当面は問題無いでしょう。買える権利があるならそれを使ってください。足りなければ、上級迷宮で集めて来た武具や収集品を売って下さい。
本来はニーニャに目利きをして貰ってから、不用品だけを売るの予定でしたが、ニーニャの帰還を待てないのであれば投げ売りしても構いません。
次に、上級迷宮から溢れた魔物の制圧ですが、ステラとクワトロの二人が居れば大丈夫でしょう。ユッカちゃん、リサ、クレオさんは私が借り受けますので、そちらの人員に編成しないでください。
エルフの子とシオンは……。マリア様に預かって貰うのが良いと思います。
準備か整い次第、今晩からでも出発します」
「待て、待て、待て!おかしい!ちょっと待て!」
「リチャード……」
「ヒカリらしくない。深呼吸をして、ステラ様のお茶を飲もう。
その上で、ゆっくり説明してくれないか?」
リチャードが落ち着けって言ってる。
深呼吸しろって言ってる。
お茶を飲めって。
なんで?
この国の軍隊では魔族に敵わないのでしょう?
リサの魂の器を救いに行けるのは私だよ?
なんで、判ってくれないかな……。
ああ……。
疲れてるかな……。
……。
……。
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