3-01.晩餐会
マリア様が借りているお屋敷の客間の一室。
リチャードが既に私のことを待っていたみたい。
いや、でも、今日帰るとか連絡してないよね?
たまたまなのかな?
「ヒカリ、おかえりなさい。楽しんできたかい?」
「リチャード、ただいま。子供たちはマリア様とお茶会をするようです」
「そう……。今はヒカリと話がしたくて待っていたんだ。いいかな?」
「ひょっとして、リチャードの重要な要件があるにも拘わらず、何日もお待たせてしまいましたか?」
「いや、そんなことはない。大丈夫だ。
用事というのは、夫婦で晩餐会に呼ばれていてね。ヒカリが戻ってきたら返事をしようと思っていたんだ」
「ええと、それはかなり重要な用事ではありませんか?」
「いいや、無理して出席せずとも、適当な理由を付けて断れば良いだけだ」
「今は南の大陸で人脈を広げる活動をしているのですよね。そういった晩餐会での交流は人脈を広げる良い機会だと思うのですが……」
「ああ、もちろん。だが、ヒカリや家族以上に大切な物はないよ」
突然、そんなこという?
晩餐会で人脈作るより家族が大事とか、王族としてどうよ?
私は嬉しいよ?嬉しいけど、なんか私たち家族のリチャードの足かせになっちゃていたら不味いな……。
「ヒカリ……、どうかしたか?」
「いいえ、同席させて戴きます。返事はまだ間に合うのでしょうか?」
「ああ。使いの者を出せば間に合う。
服装なんだが、パーティードレスではなくとも、旅人の服装で良いと聞いている。その辺りは、我々が北の大陸からの訪問者であることを十分に配慮されているということだろう」
「承知しました。それで、いつ頃の予定でしょうか?」
「今晩だ」
いや、いくら何でも、そんないい加減な晩餐会ってあるかな?
普通、招待状をばら撒いて、出席者の都合もあるだろうから1-2週間は前もって予定を付けてもらう様に手紙なり、なんなり準備するんじゃないかな?
それとも、単に晩餐会という名の夕食会に招待されただけ?服装も軽装で良いって話からも、そういうことなのかな?
「どうした?何か不味いことでもあるのか?あるいは旅の疲れが残っているとか……。無理しなくても良いんだぞ?」
「いえ、ちょっと晩餐会として、私たちが軽装で飛び入り参加の様な形で出席しても失礼に当たらないかと心配になりました」
「ああ。それは多分大丈夫だ。
こちらの見せ球に食いついて、『是非とも仲間に紹介させて戴きたい』という話の流れになったからだ。
向こうも北の大陸との特別な交易権を失うような真似はしないだろう」
「リチャード。流石です」
「ああ、それは違うんだ。
母とクワトロ殿が半年も掛けて、なるべく水面下でいろいろな情報を収集していてくれお陰だ。どの人に決定権があって、有効な手土産も調査済みだった。そのおかげで、トントン拍子に事が進んでいる」
「そうだったのすね。話が上手すぎて、少々敏感になっていました」
「ヒカリ、情報と人脈は重要だ。ひょっとすると、ヒカリには妻としての同席のみならず、色々と伝手を利用して助けて貰うことになるかもしれない。
良いかな?」
「直ぐにシャワーを浴びて、一番マシな恰好に着替えて参ります」
「ああ。シャワーはともかく、この屋敷のメイドさん達に服や身に纏う香料やアクセサリーについても相談に乗って貰うと良い。
準備が終わったら声を掛けてくれ。夜からの会に招待されたのだが、会場まで馬車で移動して、先に受付を済ませよう」
ーーー
リチャードと一緒に馬車で晩餐会に向かう。
シャワーも浴びて、ピュアも掛けたので、素体としての不愉快さは無いはず。
きちんとした外国からの訪問客程度に身なりを整えて、髪も結い上げて、南の大陸で流行っていると言われる香料も纏って、要所ごとに加護の印を隠すためのアクセサリーを身に着けて参加した。
そうすると、今までの冒険者やメイドの恰好をしていた私とは見違えるほど、貴婦人っぽくなってる。
いや、まぁ、似合う似合わないの問題もあるけど、平民出身である私の中身を隠せるなら、これはこれで有りだと思った。
マリア様のお屋敷は成功した商人や下級貴族の接する辺りの治安の良い街区に位置していたけど、晩餐会が向かう馬車は貴族街を進み、王宮に向かっていくよ。
うん……。
これは、リチャードがVIP待遇で、王宮の離れかどこかを借りて接待されるか、どこかの庭園で屋外パーティーでも開くのかな?スコールさえ避けられれば、冷房の無い常夏の国では、屋外の方が風も通って良いのかもしれない。
まさか。本物の王族といきなり会う可能性もあるから、一応、リチャードに確認しておこうかな?
「リチャード、馬車が王宮に向かっています。目的地は王宮の中なのでしょうか?」
「良くわからない。『手配された馬車に乗ってください』との、ことだった」
「招待してくれた人が王族関係者ということでしょうか?」
「いや、違う。
豪商で船も持つ、トレモロ・メディチ侯爵のような人物だ。ただ、爵位は持ってないと言っていたので、王族でも義理の貴族爵位を掲げている様子は無かったな。
王族関係者にコネクションがあるとは聞いているが、何か心配事でもあるのか?」
「いや、その……。王族の関係者にいきなり会うのは恐れ入ると言いますか、心の準備が……」
「そんなことを気にしているのか。ヒカリらしくないな。
だが、心配無用だ。
ヒカリは南の大陸の言葉は習得してないのだろう?挨拶ぐらいは覚えて貰って、通訳を介するような込み入った内容であれば、無理して続ける必要は無い。ニコニコほほ笑んで、挨拶をして、南の大陸の食事を楽しめばいいさ」
「分かりました。ご迷惑にならないように努めます」
聞いておいてよかったよ!
十分に、王族と関わる可能性があるってことじゃん!
南の大陸の言葉は、クレオさんとエルフの子の会話を理解するために、一通りダウンロードしちゃったから、挨拶以上の言葉も判るんだけど、判らない素振りをしておいたほうが、私たちが本当はどう思われているか聞けて良いかもしれないね?
そんな、初歩的な情報すら、今更入手しての晩餐会への出席。
馬車は貴族街すら抜けて、王宮へと入る門番の所で一時停止すると、人数だけ確認されて王宮の中へ入って行った。
王宮の中は石組みと木造屋根の組み合わせが見られた。防御なのか、風通しなのか、それともそういった独自に発達した文化で、それがここの環境に在っているのかはよくわからない。
木だけで防御力が無さそうな城にも見えないし、かといって石造りでガチガチになっていて、風通しが全く無さそうにも見えない。
こういうのって、外的環境による地域性とか出てて面白いね。
馬車が軽いスロープを登って、宮殿と思われる建物の前で停まる。
すると、屋敷の門番と思われる人が直ぐに取り囲んで、馬車の運転手と何か遣り取りをしていた。
問題が無かったようで、門番に馬車の外側から扉を開けられて、建物の中へ進むようにと、お辞儀をされつつ、行く先を示された。
私はリチャードから半身だけ下がって、左側を付いて歩く。
屋敷の扉を超えて、中に入ると、受付の様なところがあって、そこで出席者のサインをする。私も見様見真似で、北の大陸の文字でサインをする。リチャードの妻だから、ヒカリ・ハミルトンでは無くて、ヒカリ・ウインザーで署名しておいたよ。
受付を終えると、中庭に案内された。
柱とアーチで構成された回廊で囲まれた場所。日本の家庭では、なかなか見ないサイズの観葉植物が植えてあったり、池があったり、ベンチが有ったりと、涼しげな様子。
良く見ると、風の魔術を利用して、常に風を呼び込んでるようにも見えるね。魔石で動作させているのか、それとも魔術師が特別な印を掘って動作させているのかは分からないけども。
エアコンの様な冷たい風は吹いて無いから、湿度も高くて、ジメジメと汗ばむけど、風が抜ける心地よさが贅沢なんだろうね。市場を観て周ったときや、クレオさんとの会話から推測すると、氷と併用して全体を冷やす発想は無いのかもしれない。
「リチャード王子殿下、そしして王子妃殿下、おいでいただきありがとうございます。私はこの街で商人をしているハピカと申します」
「ハピカさん、今日はお招きいただきありがとうございます。こちはは妻のヒカリになります」
「ヒカリ王子妃殿下、ハピカと申します。今後ともご縁がありましたらどうぞよろしくお願いいたします」
「ハピカ様、ヒカリと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
と、マナー講座で習った、北の大陸では一般的なカーテシーをする。
ハピカさんは流暢に北の大陸の言語を話すので、私も普通に挨拶が出来た。この人と3人で会話をしている分には、何も問題が起き無さそうだね。
「リチャード殿下、皆様が集まるまで、何か飲み物ではも持ちしましょうか?」
「ああ、ありがとう。南の大陸の飲み物は詳しくないので、ハピカさんのお薦めをお願いしたい。妻にも同じものを戴けますか?」
「承知しました」
ーーー
3人分の飲み物と一人の30代前後の男性を連れて、ハピカさんが戻ってきた。
男性は風通しの良さそうな麻の生地でチュニックをゆったりと纏っている。北の大陸でみてきた、いかにも貴族っていう雰囲気ではなく、私たちと服装のレベルは同じかな?繊維の1本1本とか、各種魔術コーティングがほどこkされているとかは、外見からは分からないね。
肌の色はクレオさんや他の南の大陸の人と同じ茶褐色。髪は黒なので、私の髪色が黒でもここでは異端者として扱われなくて良いね。
「リチャード殿下、こちらはサンマール王国で建設に関わる内容に詳しい、ケンタウルス様です」
「リチャード殿下、どうぞよろしく。ケンタと呼んで頂ければと思います」
簡単な挨拶と私を出汁にした社交辞令的な挨拶に巻き込まれつつ、微笑んで無難な対応をしていると、ハピカさんが次の人を連れて来た。
「リチャード殿下、こちらはサンマール王国で軍事に関わる内容に詳しい、セリン・トーシス様です」
「リチャード殿下、どうぞよろしく。セリンと呼んで頂ければと思います」
次から次へとこの国の専門家達が紹介される。
「各ギルドの認可を行っています。ジンジとお呼びください」
「王国の経済を専門としております。エコノとお呼びください」
何故か、次から次へと国の内政の根幹を為す要職に就いていそうな人物達が紹介される。まだ、晩餐会が始まって無いのに。紹介されずに残っているとしたら、王族、外交、医療分野ぐらい?
ただ、まぁ、晩餐会が始まる前にハピカさんがリチャードに紹介できる人物を紹介して、場を繋いでいるだけかもしれないけどね。その分は差し引いて考えても、宮廷で開かれる晩餐会なんだから、単なる市井の専門家って訳では無いとおもうんだよね……。
とりあえず、南の大陸の言葉で挨拶と自己紹介だけして、リチャードの面子を立てつつ、当り障りのない対応をしておいた。二回目会ったら忘れない様に、ちゃんと、身体的な特徴と、専門分野と愛称をメモしておいたから大丈夫!
と、思う……。
晩餐会がはじまった後も、基本はハピカさんの紹介でもって、この国の人達と交流をして、会釈と飲み物だけで過ごした。食べ物も有ったけども、社交の場でガツガツ食べる訳にはいかないもんね。
たまに、「奥様、こちらの珍味は召し上がりましたか?」なんて、南国の食物を進めてくれる人がいて、皿に取り分けてくれたりしたんだけども、それでも食べてる暇が無いっていうね。
ーーー
晩餐会が終わって、流れ解散になったとき、ハピカさんから声を掛けて貰えた。「そろそろお疲れの様ですので、帰りの馬車を用意します」とのこと。何から何までハピカさん頼み。ありがたい限りだよ。
「ヒカリ、今日はありがとう」と、帰りの馬車でリチャードから声が掛かる。
「いいえ、何か失礼なことをしていませんでしたか?」と、答える私。
「いいや、十分だ。食事もほとんど出来て無いのに、良く我慢してくれた」
「リチャードもほとんど何も食べていませんでしたよね?」
「ああ、俺は良い。いつものことだし、これが役割だからな。
ヒカリは子育てもしつつ、動き回りながら、不慣れな環境でストレスも大きかったはずだろう。会話もほとんど分からなかったはずだし。俺のために付き合わせてしまって、申し訳ない」
「いやいや、そんなこと無いです。私こそ観光してばかりで、リチャードの役に立ちそうなことが何もできず、申し訳ないです」
「ヒカリが気にすることは無い。
それよりお腹は空いてないか?酒場に寄って軽く腹ごしらえをしてから帰ってもいいぞ?」
「ええと、あの……」
「どうした?」
「多分、マリア様のお屋敷の方が落ち着くと思います。食材なんかも揃っているので、リチャードの舌に合った物をたべていただけるかなと」
「今から帰って、料理人を起こすのか?」
「クレオさんに頼めば……。ああ、でも彼女はまだ念話を習得していませんね……」
「ヒカリ?」
「ああ、流石にマリア様のメイドを勝手に、こき使っては不味いですよね」
「ヒカリ、気が付いてないのか?疲れてるのか?」
「ええ?」
「飛竜族の方達に同行して戴いていないのに、何故念話が通る?」
「あっ……」
「いや、いい。ヒカリの行動力や情報網は素晴らしい。南の大陸ではそういったコネや情報網は使え無いが、上手くやって行こう」
「はい……」
わざとじゃないんだけどね?
つい、うっかり念話のことを言っちゃったのは、上級迷宮の訓練で苦労していたことを吐露してしまったのか、それとも本当に疲れてて、素が出ちゃったのかは分からない。
もう、明日あたりにでもリチャードに打ち明けて習得して貰っちゃおうかな?
返事が曖昧で、考え込んでいる様子の私を見て、リチャードが心配になったのか、声が掛かった。
「ヒカリ、どうした?」
「ちょっと、リチャードにお願いごとを考えてました……」
「うん?」
「はい……」
「疲れてるのか?キレが悪いな……」
「いや。まぁ、はい……」
「二人で体を一緒に動かすと、体に良いって聞く」
「はぁ……」
「嫌か?」
「え?」
「ヒカリが一週間も居なくて、俺も溜ってる」
「ああ!」
「久しぶりだな」
「ハイ……」
ま、良いんだよ。
夜食もそこそこに、リチャードにたっぷり可愛がってもらったよ。
おやすみなさい。
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