2-24.訓練(3)
念話の習得を始めることになった。
交代で今起きているのは私とリサだけ。
クレオさん、ユッカちゃん、シオンは寝ている順番。
まぁ、シオンは起きているときは色々頑張ってるけど、まだまだ寝てる時間が長いね。緊張と疲れもあるだろうから、全然構わないのだけど。
さて、リサと私の二人しか起きて居ないから、<念話>について、じっくりと向き合えるね。
「お母様、念話を教えてください」
「うん。リサ、一緒にがんばろっか」
「それでは、何から始めたら良いですか?」
「最初は原理の説明からかな」
「では、それを教えてください」
「うん、始めるね。
これまで色々な魔法を使ってきたのだけど、あれは実は、私たちの脳内で考えた作用が具現化しているの。だから、<無詠唱ピュア>も、<身振り、手振り、声付きのピュア>も同じように発現するの。
ここまでは良いよね。
次に、<念話>は、相手に思いを伝えることが必要で、その思いを脳内で形成するの。ただし、受け手の人も<念話>を使えないとダメだよね。
これも分かる?」
「はい。もし、お母様の言っていることが正しいなら、その通りだと思います」
「正しくないと思ったら、魔法は発現しないよ」
「信じることで実現するなら、実現出来ない事は無くなります」
「原理的に成立する根拠があるなら、実現できるよ。信じてるだけではダメだね」
「お母様はとても難しいことを言っています。
目に見えず、音もせずに、感じることが出来ないにもかかわらず、それを信じろと言います。
そして、それは成立する根拠を理解した上で無いとダメだと言います。
意味が分かりません」
「エーテルの存在を認識出来れば良いと思う」
「エーテルですか?」
「魔法の根本だね」
「魔法は魔法です。
魔道具は魔石によって動きますが、それは魔法とは言えません。魔法を使えない人が魔石に頼って、あたかも魔法を具現化してるに過ぎません」
「エーテルは、魔法でも魔石でもあるからね」
「とても都合が良い解釈ですね」
「解釈だけでなくて、実証もできてるから大丈夫だよ」
「魔法が発動することに根拠はありません。魔石も同じです。魔石は魔力の塊であって、魔法を使えなくても、魔力が魔石によって徐々に消費することで魔法が具現化するのです」
「うん。じゃぁ、リサの言う<魔力>が魔法と魔石の根源ってことで良いね?」
「魔法と魔力のことは何も言っていません」
「魔石が魔力の塊で、魔力の無い人では魔法が使えるんでしょ?」
「それはそれです。魔力があっても魔法が使えるとは限りません」
「それなら、魔石があっても魔法が発現しないのと同じでしょ」
「魔石は魔道具に嵌められています。魔道具は魔石の魔力を変換して、魔法を発動させる印が描かれています。この印は宮廷魔術師のような魔法に関する研鑽を積んだ人たちだけが描くことができます」
「うん。じゃ、魔石でも魔力でも良いけど、それを何らかの手段でもって、そのエネルギーを魔法の具現化に変換しているんだよね?」
「エネルギーが何か分かりません。魔力は魔力です」
こ、これは困った……。
エネルギー保存の法則という大前提があるから、エネルギー変換って言葉を簡単に使っちゃったけれど、エネルギーと言う概念が無いのだから、全く魔力とか魔石という概念も上手く構築できない。
ここの概念が頭の中で形成できないと、エーテルの説明も無駄になっちゃうね……。」
「お母様、どうかしましたか?」
「どうやったら、リサにお母さんの言いたいことが上手く伝わるかを考えているよ」
「簡単です。エーテルを見せてくれれば良いのです。そして、そのエーテルを使って魔法が使えていることを私に見せてください」
そっか。そんな単純な話で良いのか……。
だったら、エーテルを集めて魔石を生成すれば良いわけじゃん?
「リサ、エーテルを集めると魔石になるんだけど、それは信じて貰える?」
「魔石は、魔物の体内で魔力が結晶化したものと聞いています。大きな魔石を作るには、強い魔物が体内で長い時間を掛けて結晶化させるそうです。
なので、大きな魔石は貴重品になります」
「うん。じゃぁ、魔力を集めることが出来れば、魔石が出来るということで良いね?」
「そんなことが出来たら、誰も冒険者になんかなりません。魔石を作って暮らせば良いのです。魔石は高く売ることが出来ますから」
「冒険者は、魔石だけでなくて、レアアイテムを集めたり、強敵を倒した栄誉を求めている場合があるよ。
魔物は迷宮の中だけだけど、森や山に住む獣を退治する役目を負うこともあるしね。
お金目当てだけの冒険者も居るかもしれないけれど、そういう人には魔石を作ることは出来ないかもしれないね」
「お母様は……。
お母様は冒険をしてお金を手に入れたのでは無くて、魔石を作ってお金を手に入れたのですか?」
「うん……。
冒険で手に入れたものも多いよ。
ただ、お金が必要な時は魔石を作っって、それを売って金を手に入れたこともあるけれど、お金では手に入らない物の方が多いよ。だから、魔石を作れることや金貨を手に入れることは、あくまで目的を達成するための手段なんだと思うよ。
例えば、リサが履いている靴やショートソードなんか、いくらお金を積んでも手に入らないと思うよ?」
「分かります。この靴と剣は特殊です。
どうして小さな街の鍛冶屋が私の為に特別に作ってくれたのか不思議でなりません。お金の問題では無いと思います。
あれも、お母様のインチキの1つなのですか?催眠や誘惑の魔法を掛けて、人心を操ったとか……」
「そういうのがあったら凄いと思うけど、私はそんなことしてないよ。お願いしただけだよ」
「お母様のお願いを断れない理由が相手にあったのではないのでしょうか?家族が人質にとられているとか、お店に嫌がらせをされた過去があるとかです」
「お母さんは、リサの想像力にいつもおどろかされるよ。
ドワーフ族の人がメルマの街で鍛冶屋を開いていて、それを知っていたから頼みに行っただけだよ」
「冒険者の伝手で知ったのですか?」
「冒険者っていうか、ニーニャの弟子らしいよ。というか、そんなのどうでも良いから、エーテルの話に戻って、早く訓練をしようよ」
「お母様は、何と戦っているのですか?」
「戦争を目的とした戦いはしてないね。
ユッカちゃんに恩を返すための基盤を作っていたのかな?
そのときに、色々なことを勉強したし、実現するための諍いもあったかな」
「ユッカお姉ちゃんが、上皇陛下のお孫さんだからですか?」
「ううん。それは後から分かったことだね。
本人はその意味に気が付いてなかったし、そういうものから守るのも私の役目だと思っていたよ。今は上皇陛下夫妻と縁を繋ぐことができたから、そういった面からの配慮は必要なくなったね」
「お母様、お母様は普通のメイドさんでは無いですね……。
そして、普通の冒険者だった訳でも無いです。
何をしようとしているのですか?」
「ユッカちゃんも大事。家族も大事。どっちも大事だよ。
ユッカちゃんを守る必要は無いけれど、ユッカちゃんの夢を実現するために、一生懸命手伝ってあげたいかな。
家族は出来る限り守るよ。リチャードもリサもシオンもね」
「それは、綺麗ごと。
理想であって、現実離れしています。
そんなの、上手く行くわけないじゃないですか!」
「リサの願いの実現に向けても進むよ。今は確約できないけど、努力するよ」
「どうやって?」
「今は待っているよ。休憩って感じかな?皆でその時間を楽しんでいるつもり」
「お母様にとって、これは遊びなのですか?」
「この上級迷宮では、命の危険は無いと思うよ。エーテルを核とする魔物しか出ないからね。
それよりは、クレオさんが上手く私たちの行動を隠してくれている。その手腕のお陰で私たち家族は守られているよ。クレオさんには感謝しても感謝しきれないね」
「私はお母様に追いつけますか?」
「追いつきたいという思いが強ければ実現できると思うよ。そして追い越せると思う」
「先ず、追いつきます。エーテルが何かをお母様の方法で教えてください」
「分かった。さっきの続きから説明するね。
エーテルは、リサの言葉でいう魔力のこと。
魔物は体内でエーテルを凝集して、魔石を作成できる。
ユッカちゃん、ステラ、そして私もエーテルを集めて魔石を作成できる。
身体強化やピュアの魔法は脳内の作用をエーテルに伝えて、エーテルがそれを支援する形で具現化してくれている。
だから、エーテルを凝集して魔石を作ることができれば、全ての辻褄が合うことになる。これまでのリサの知識や見えていたものと違うけどね」
「分かりました。エーテルを集めて魔石生成する様子をみせてください」
「良いよ。見ててね」
いつもの要領だけど、手のひらを上に向けて、その上に目に見える形で魔石を生成していく。一分も掛からずにテニスボールサイズを生成した。これで確か金貨20枚ぶんだっけ?サイクロプスのドロップと同じはずだから、後で収集品に混ぜて売っちゃえば良いね。
「リサ、見てた?」
「見えました。エーテルはどこに存在するのですか?」
「リサ、身体強化で体を流れる魔力の流れを感知できたよね?」
「はい」
「あれを魔力と考えずに、エーテルの分布と考えれば良いだけ。
エーテルを常に活用して、体内で活性化出来ているとは、エーテルの流れを体内に見出すことができる。迷宮に存在する魔物の同じだね。
けれど、空気中に分散しているエーテルは非常に薄いので、認識しにくいね。索敵する場合には、そのエーテルの乱れを利用して検知することは出来るけど、まだ難しいかも?」
「分かりました」
と、今度はリサが手のひらを握り合わせて、目をギュッと瞑って、何かを念じている。
数分間その状態が続いた後で、汗ばむ表情のリサはゆっくりを目を開いて、そして握っていた手を開いた。
そこには小指の爪ぐらいの大きさの魔石が生成されていた。
「お母様、出来ました」
「リサ、凄いね。ここまで出来たら、<念話>の習得は近いよ」
「お母様、これは世の中が変わります。危険すぎます」
「でしょ?」
「お父様に、教えて良いのか判りません。お父様は普通の人なのでしょう?」
「お父さんが普通かどうかは置いておいて、魔石生成は、ステラ、ユッカちゃん、フウマと私しか出来ないよ。あとリサもね。
念話が使えても、魔石生成が出来ることは知らない人のが多いよ」
「何故です?」
「私の言うことを信じて<念話>を簡単に発動させちゃったってのはあるよ」
「私は簡単に出来るとは思えません」
「うん、まぁ……。リサも優秀だけど……。ステラもフウマも念話では苦労したね。魔石生成の方が簡単に出来てたよ。
さっきまでのリサと同じかな。自分の常識を覆されるのは怖いんだよ。その殻を破ることが出来ないと、念話を発現させることは出来ない。想像力と創造力の両方が必要ってことだと思う。
リサも、お母さんから教えて貰うだけでは、魔石は作れても念話は使えないかも知れない。此処から先はリサが自分との戦いになるんだよ」
「お母様、私に出来ますか?」
「リサが決めれば良いよ」
「そういうことですか……」
「そういうこと」
「『ぎゅ~~と、考えて、届け~~~』ですか?」
「そうだね。私に届けば、私が返事をするよ」
リサは私の目を見つめて、コクリと頷く。
うん、 基本もすべきことも全て教えた。
此処からはリサ自身の勝負だからね。
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