2-19.上級迷宮(1)
上級迷宮の周辺に自然に発展して出来た街の中に入った。
一応、柵のようなものと門番がいるけれど、あくまで魔物や獣からの防御が目的で、犯罪者を取り締まるとか、戸籍が無い人を排除することが目的では無いみたい。本当に無法地帯なんだね。だから、通行証とかを提示する必要は無かったよ。
街の中に入ると、武具の店、食料品店、小道具屋、魔道具屋、薬品店、料理屋や酒場など、ありとあらゆるお店がごちゃ混ぜに並んでいたよ。
これはちょっと、初めて見る雰囲気。見るからに治安が悪いというより、何が何だか分からないうちにスリや強盗に遭遇しちゃいそうな感じ。警戒しまくらないと不味いね。
ローブでこちらの容姿を隠せているのと、荷物の大きさや在処が分かり難いから襲われにくくなっていると思う。
日本に居た頃も、よく観光地では人を見て集りにくるって言われてたしね。父は、『日本語で挨拶をしてきて、日本人だと分かると物売りが寄ってくるんだ。だから、日本語に反応しない振りが必要なんだ。当然、ガイドが付いていれば追い払ってくれるけどね』とか、言ってたのを思い出すよ。
あの人は、色々な世界をみていたんだろうなぁ~。
離れてみて改めて父の偉大さが判るよ……。
そういえば、この街の名前をクレアさんに聞いてなかった。
一週間程度、観光迷宮を冒険して時間を潰すだけなので重要な拠点にもなりそうにない。それに私みたいな素人がこんなところで各種交渉をしたって、足元を見られるだけだし、下手にレアアイテムなんかを持ち歩いていたら強盗に遭うか、喧嘩を吹っ掛けられて決闘とか申し込まれちゃうかもしれない。
そんな雰囲気満載だから、収集品は王都に帰ってからクレオさんの伝手を使って捌いて貰えば良いよ。
街の名前は知らなくてもいいや。無難にやり過ごそう……。
クレオさんが何軒かの店で最新の地図を手に入れてくれた。今は最高で15階層のボス部屋まで辿り着いているらしい。罠の位置なんかは、色々と情報が更新されているっぽいから、複数のお店の地図を見比べて、抜け漏れが無い様にしておくのが良いんだって。
次は、食料。
一軒のお店でまとめ買いをすると目立つから、複数のお店で一人の冒険者が背負えるギリギリの範囲の食料を購入する。結構な手間だったけど、クレオさんは淡々と当たり前の作業のようにこなしていた。
こういうのって、目先の手間より、安全性を担保することが重要だからなんだろうね。こういうところでケチっちゃダメなんだと思う……。
所々で、クレオさんが使うと思われる薬品、予備の短剣、敷物何かを購入していた。迷宮の中で仮眠をとるなら、確かに何か下に敷く物があると良いね。全く考えて無かったよ。
そして最後に、入宮管理をしている門番さんの所へやってきた。
ここもクレオさんが入宮に必要な証明書の提示、入宮する人数と日付の記入、そして自己責任であることへのサインをしてから、入宮料金を支払って完了。
私はまだ南の大陸の言語はナビ経由でダウンロードしてないから、会話も文字も良く読めないよ。王都に戻って、詳細なコミュニケーションをとる必要が出てきたら、そのときに考えれば良いかな。
「ヒカリさん、ユッカちゃん大変お待たせしました。
まず、浅い層でスライムの捕獲を試みます。
その後はなるべく人目に付かないルートを利用しつつ、5階層ごとにあるボス部屋で順番待ちをします。当然、我々の他にボス部屋前で待機しているパーティーが居なければ、我々で倒してしまって構いません。
とにかく、未踏破の階層に降りるまでは他のパーティーに我々の存在を知られない様に行動したいと思います。
宜しいでしょうか?」
「「「「ハイ!」」」」
ーーー
地下15階までは至って順調。
他のパーティーが戦闘をしていれば、光学迷彩を掛けから駆け抜ける。
ボス部屋なんかで待機しているパーティーが居れば、光学迷彩を掛けて一緒に侵入して、ボス周回パーティーに気付かれない様に支援して、サクッと敵を倒してしまう。
元々、ボス部屋を長期間周回することを目的としているパーティーなのだから、倒す実力はあるので問題なかったよ。
そんな風に他の冒険者パーティーに細心の注意を払いながら、15階層まで到達したんだけど、こっからが問題だった。
この地下15階は、私たちのパーティーからすれば、速攻で通り抜けられるような難易度なんだけども。冒険者ランクがBランクぐらいで構成されていると、結構大変らしい。クレオさんも「あれが普通です」とか、言ってる。
前のパーティーが苦戦しているもんだから、その通路で順番待ちが発生する。脇を光学迷彩を掛けて抜けようとか考えたんだけど、エリア魔法や範囲魔法を冒険者達が使うもんだから、その威力を阻害しないように通り抜けるのは難しいって判断になった。
かといって、代わりに倒してしまうと、魔物の横取りと判断されれば、後で訴えられるかもしれないという心配があるもんね。
「クレオさん、何か迂回路は無いの?」
「無くは無いかもしれませんが、この15階層は余り地図が完成していませんので、迂回路があったとしても罠の確認や解除が必要になります」
「クレオさん、了解だよ。
ユッカちゃん、索敵の魔法を上手く使って、地図を埋めて行こう。
最初は全体の通路の配列を確認して、次に通路ごとに精密な探索をしよう。壁、床、天井から反射される魔力の変化を読み取れば、罠の有無が確認できると思う。
通路と罠の位置が判ったら、独自のルートでこの階のボス部屋に行こう」
「お姉ちゃん、分かった。地図を作るから、紙と書く物頂戴!」
私たちは、前行く冒険者パーティーから少し離れたところで、交差点とかの分岐路を巡って、最新の地図にも記載が無い部分の通路構成や罠の位置を調べていった。
「ゆっかちゃん、どう?」
「お姉ちゃん、遠回りで罠の形跡がいくつかあるけど、こっちに前のパーティーが進んでいる道と違う道が有るよ」
「じゃ、待っててもしょうがないから、そっちのルートの罠を解除しながら、空白部分の地図も埋めちゃおう」
「分かった!」
ユッカちゃんに続いてみんなが進む。
たまに罠を解除したり、わざと発動させて無効化させたりしてる。ちょっと立ち止まる時間が長いときは、時間を掛けて罠を解除してるみたい。きっとニーニャと念話しながら罠の解除方法を聞いているのかもしれないね。
こういうのは冒険の楽しみの一つだと思うから、ユッカちゃんに任せておこう。
漸く、地下15階のボス部屋に到着。
部屋に入ろうとすると、もう別のパーティーが中で戦っているみたい。中のパーティーがボスを攻略して、部屋を解放するか、攻略を諦めて中から撤収してくるのを待つしかない状態。
ここで待ってる間に、周囲の魔物を倒して収集品を回収しても良いんだけど、他のパーティーが来て、更なる順番待ちになると嫌だから、皆で我慢することした。
かれこれ、私たちが入宮してから3時間ぐらい?
朝ご飯は街の露店で適当に買ったものの立ち食いで済ませただけだから、お昼ごはんはちゃんと食べておくことにしとう。
「クレオさん、ボス部屋にいるパーティーは時間が掛かるかも知れないから、食事にしない?」
「ヒカリさん、確かにいつ終わるか判りません。
既に中に居るパーティーと遭遇するのは仕方ありませんので、ヒカリさんの言う通り食事にしましょう」
他の後から来るパーティーが追い付く気配も無いし、皆でお昼ご飯にすることにした。
ちなみに経過時間の観測方法ね?
私が知ってる範囲では迷宮で何日間も動作可能な時計なんてない。真っ暗な地下道みたいなところを、魔物と遭遇しながら歩き続けるんだから、時間の感覚なんて狂ってきて当然。まして、こんな中で仮眠をとったら、時間の感覚どころか、日付の感覚まで狂う。
周回してから迷宮を出る都合もあるから、その辺りの時間管理について、皆には言わないけど、はちゃんとナビに管理して貰ってるよ。
クレオさんが敷物を敷いてくれる。ユッカちゃんが街で買いだした野菜とか果物とか肉の塊を取り出す。私は鍋とか取り出してコンロにセットする。
外は常夏だけど、迷宮の中は地下でシットリ、ヒンヤリしてるから、、暖かいスープが体に優しいと思う。あとは果物で楽しめば良いと思う。
リサに野菜、肉類を刻んでもらいつつ、シオンに鍋に水を出してもらう。私はコンロに鍋を載せて、ユッカちゃんにお願いする。ユッカちゃんはお湯も出せるし、何でも出来そうなんだけど、ルシャナ様から貰ったらしい火の妖精にお願いして、鍋を温めていたよ。
焼肉屋さんで出されるテールスープみたいな素朴な味わい。肉の旨味と市場で調達した香辛料で味を調えてるから、スープとしては美味しいんじゃない?
炭水化物代りに完熟バナナを食べながら皆で雑談を始めた。
「ヒカリさん達は何者なんですか?」と、クレオさん。
「ヒカリお姉ちゃんは、私のお母さん代りのお姉ちゃんです」
「お母様は、色々インチキです」
「お母さんは、メイドなのに仕事が出来ません」
と、三者三様にクレオさんに答える。
クレオさんは、そういう質問をしてるんじゃないと思うけど、私はニコニコと笑顔を作って、ポーカーフェイス。
「ユッカ様は、ヒカリさんのお子さんでは無いのですか?」
「うん。お母さんは死んじゃったの。お姉ちゃんが助けてくれたの」
「あ、クレオさん多少誤解がありますが、私が旅の途中で人攫いに遭って、森の中でフラフラしているところを、ユッカちゃんに救われたんです。
たまたま、ユッカちゃんのお母さんも川で転落事故に遭っていて、一人ぼっちのユッカちゃんと、私が一緒に暮らすことになったという感じですね。
ユッカちゃんは私の命の恩人で、師匠なのです。立場上は私の養子になっていますけども」
「そ、そうでしたか……。とても複雑な事情がある様ですね。立ち入ったことを伺ってしまい、申し訳ございません……」
「それにしても、皆様冒険慣れしていますね。高名な冒険者一族の出身なのでしょうか?」
「ユッカちゃんの出自は色々あるから、屋敷に帰ってからにしよう。でも、ユッカちゃんの冒険者としての実力は相当なレベルだと思うよ?
アジャニアっていう国にあった上級迷宮では、地下20階層のボスを瞬殺してたから。ここも地下50階層とか言わなければ、簡単に到達するんじゃないかな?」
「あの……、一応なのですが……。
この地下15階層に到達するにしてもAランク冒険者だけで4-5名のパーティーを組んで、一週間近く掛かります。我々の前に居たパーティーの進行速度が遅いわけではありません。
また、私たちが待っている地下15階層のボス部屋についても、クリアしたパーティーは公式の記録では残ってないのです」
「クレオさん、それが本当なら、助けに行った方が良いんじゃないの?」
「ええと、迷宮のルールとして、多くの場合ボス部屋に一つの団体が入ると、扉が閉まり、他のパーティーが後から乱入することは出来ません。
ただし、中のパーティーが内側から扉を開けて出てくるか、中のパーティーが完全に戦闘不能状態になったと見做せる場合には、自動で扉が開きます。
ですので、勝手に他のパーティーが手助けすることは出来ません。共同で戦うためには、ボス部屋に入る前から一緒に入らなといけません。当然、報酬の分配の仕方とか、敵の攻略の仕方とか、念入りな打ち合わせをしてから入ることになりますね」
「そっかー。じゃぁ、扉が開くしか待つしかないんだね……」
「ええ。良くも悪くも扉が閉まったら、結果が出るまで待つしかありません」
と、そんなことを言っているとボス部屋の扉が開いた。
そして、ボロボロの血まみれの男性が崩れるような姿勢で出てきて倒れた……。
これって、ヤバいやつ?
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暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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