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0-07.ヒカリの準備(2)

「ヒカリさん?ヒカリさん?聞こえているかしら?私との話し中に、誰かと<念話>でもしてるのかしら?」

「マリア様、大変失礼しました。子育ての方法について、少々考えてました」


「そう……。貴方でも何か不安なことがあるのかしら?」

「あ、ええと……。

 私が育った環境ですと、子供も大人と同じようなベッドに寝かせつけて、転げ落ちない様に柵を設けます。布団の上では自由に動けるようにしますが、不衛生にならないように『オムツ』なる布を当てて面倒をみます。子供が泣いたり、ぐずったりしたときには『オムツ』を点検して、交換をしたり授乳したりなどを行います。

 私はこちらの国での子育ての方法が判らず……」


「伯爵以上の貴族であれば、それも可能かもしれないわね。その『オムツ』が何か判らないけれど……」

「あ、あの……。乳児といいますか、首が座らない頃までの赤ちゃんの汚物の処理はどうされているのですか?」


「『おくるみ』という、汚れても良い布でぐるぐる巻きにするのよ。湿ってきたらその布を交換するの。あなたの『オムツ』という布もそういうものではなくて?」

「その……。そのですね……。こう、例の貞操帯のようにですね……。股の部分だけに当て布をして、腰の所で結ぶのです。それを<オムツ>といいます。当然ながら、赤ちゃんの体温が冷えすぎないように別の柔らかな布で体全体をくるみますので、それを『おくるみ』と、表現することはあるかもしれません……」


 なんか、自分で説明してて、相当不味いこと言ってる気がしてきた。だって、この世界には『下着』が無いんだよ。『水洗便所』も無いし、『生理用品』も無いの。まぁ、下着がないとき使える生理用品は限られてるし、人によっては使いずらいのもあるし……。


「ヒカリさん、それでは相当の布を準備しないといけないわね……。ちょっと考えてなかったわ……」

「あ、いや、あの……」


「ヒカリさん、羊毛から半自動織機で布を作成できるようになったわよね?」

「は、はい」


「私はそれをヒカリさんの為に使ってもいいと思うの。分かるかしら?」

「ありがとうございます」


「分かってないようだから、メイドとして暮らす貴方に説明しておくわ。

 毎日交換できるような服は王族でも少ないわ。だから、パーティーのたびに見栄の張り合いで新しいドレスを新調するなんて、私には居た堪れないの。

 あなたは、赤ちゃんの汚物で布を汚して、それを日に何度も交換するつもりなのよ。それを、メイドの身分で洗濯物を干しながらよ?」

「あ、あ、あ……」


「私は貴方の味方よ。いろいろな手段を講じて、その贅沢な行いを隠すことに協力するわ。けれど、その行動の理由を教えてもらっても良いかしら?

 例えば、そのオカシナまじないを赤ちゃんの時に洗礼として施すことで、ヒカリさんのように聖女に成れるのかしら?」

「あ、あの、あのですね。聖女とオムツは全然別物です」


 と、先ずは聖女に関しての弁解をする。

 紆余曲折あって、私には妖精の長から<加護の印>を付与された。この妖精の加護は特殊な入れ墨のようなもので、各種族の長や皇帝クラスの人達だけがその存在を確認出来る。

 いま、たストレイア帝国の上皇陛下を客人としてお迎えしていて、この領地にある別荘街の1つにお住まいになられている。その上皇陛下が皆の前で私を聖女認定してしまったんだよね。それがきっかけで私を正式な聖女って、勘違いされるきっかけになったんだけど……。


 <加護の印>自体は妖精の長を見つけて、お知り合いに成れれば簡単に貰える。けれど、友達のしるしみたいなものであって、普通の人には見えないし、効力も無い。だから妖精の加護自体には大した意味が無いんだよ。

 私としては妖精の加護を貰っていることはどうでもいいことだと思っていたんだけど、特別な人には見えちゃうもんで、そういう特殊な人が認定するオマジナイだからこそ、それを持っている人を聖女って呼ぶっていうね。

 何の価値も無いのに、人間たちにおける複雑な事情があって……。


「聖女の証とされる<妖精の加護>につきましては、マリア様がお求めになるのでしたら、いつでもお願いして、戴くことが可能です。

 ですが、オムツに関しましては、体が弱い赤ちゃんが悪い病気にならない様に、外部からの細菌の混入を最小限にします。そのためには小まめに汚物で汚れた衣服を交換することが重要なのです」


「ヒカリさん、それはユッカちゃんから聞いた医学の知識なのかしら?」

「治療行為としての医学ではありませんが、病気になることを防ぐ科学の力の1つとして医学の一分野の知識と呼べるかもしれません」


「そう……」


 マリア様が黙ってしまった……。

 ユッカちゃんは、私が異世界に転移してきたときに初めて出会ったこの世界の女の子。もうすぐ7歳。けれども、ユッカちゃんのお母さんが医学に詳しい転移者だったらしく、ユッカちゃんの医学の知識が半端じゃないレベルだったりする。

 だもんで、マリア様は日本の常識であっても、この世界の常識で無いなら、『ユッカちゃんの知識かしら?』と、考えるのも当然の結果かもしれない。


 一方で、オムツという、この国の工業レベルでは許されないような贅沢な布の利用が未病の役に立つってことが気に障ったのかな……。

 でも、『おくるみ』なるシキタリで雁字搦めにされて、濡れた汚物を替えて貰えないとか、親として放っておけないよ……。まして、吸収体があってある程度乾燥させてくれる訳でもなく、汚物まみれで保持されちゃうんだよね?


「マリア様、何か……、不都合なことがございましたでしょうか……?」

「なんか、こう……。

 皆が貴方のことを『ヒカリだから』と、言うのが今更分かった気がするわ……。

 全然判らないことを言い出すんだもの……」


「それは、オムツは止めた方が良いということでしょうか?」

「そうじゃないわよ。花摘みに行って用を足すと、その後は汚物で汚れるし、直ぐに清潔にしないと臭うだけでなく、痒みを伴ったり、肌荒れを引き起こすわ。

だから、貴方の言ってることは正しいのよ……」


「はぁ……」

「正しいからこそ、扱いに困るのよ……。

 夜に赤ちゃんが泣いたらどうするのかしら?

 授乳中に赤ちゃんが泣き始めたらどうするのかしら?

 他の人のご飯を作っているときに泣いたらどうするのかしら?

 赤ちゃんの健康が大事だというなら、寝ずに全てを捧げる必要があるわ……」


「は、はい……。

 ただ、生まれたばかりの赤ちゃんはある程度の細菌に対して耐性があるとも聞きます。だからと言って、不潔な状態を続けて良いという訳でもなく……」


「わかりました。メイドを増やしましょう。それと大量に布を用意させれば良いわね。

 ところで、乳母うばは必要かしら?」


 あ、あれ?乳母うばって、お世話をしてくれる人のはずで……。お世話してくれるメイドさん達とは違うの?あ、正味の話で母乳を提供できる人っていうこと?さっきのナビの話から推測するに、母乳を提供するのも乳母の役目だとするなら、適当な乳母が来ちゃったらどうしよう……。


「ヒカリさん、聞こえているかしら?」

「は、はい!」


「乳母が何か分かるかしら?そして、それを必要かどうか教えてくれないかしら……」

「あ、あの、子育ての世話は、マリア様が連れてきてくださるメイドさんにも、多少は手伝って頂けるのですよね?」


「ええ。貴方がそれを望むなら。そして貴方が私のメイドに指示を出していいわ」

「そうしますと、乳母とは何をしてくれるのでしょうか」


「貴方の代わりに、母乳を提供するわ。ただし、貴方と違う流儀があると、少々面倒なことになるかもしれないわね……」

「と、いいますと……?」


「分かってるかどうかを確認するけれど、母乳は出産した女性からしか出ないわ。つまり、子育て中のお母さんを連れてくる必要があるのよ。

 貴方の母乳が潤沢で、十分であればそれで良いのだけど、夜中にも世話をするとなると、代わりの母乳を授ける人が必要になるでしょう?」

「は、はい……」


 うわ……。粉ミルクとか無いよね……。

 あー、昔の人達はどうしてたんだろう。赤ちゃんが泣き止むまで待ってたの?『おくるみ』は、そういった意味で仕方のない制度だってっていうこと?それに、私の赤ちゃんに母乳をくれる人は、自分の赤ちゃんはどうする?


 ええっと、あれか。

 死産だったり、運悪く育たなかったりした人を連れてくるってことなんだろうね……、それか非常におっぱいの出が良い人で余っちゃう人とか……。

 今度は乳母になついた子供を攫う危険性とか、生母より乳母を慕ってしまうとかないかな……。


 これは、『自由な研究を夢見る』だとか、『ユッカちゃんと冒険に出る』とかより、よっぽどすごいイベントなんじゃないの?


「ヒカリさん、貴方の普通で良いわ。ちょっと意見を聞かせて頂戴?」


「あ、はい……。

 実現可能かは置いておきますが、母乳の余りをびんに入れて、それを腐らせない様に冷蔵庫で保管します。その瓶に乳首のようなキャップを付けておくことで、温め返してそれを母乳として与えることが1つの方法としてあります。

 あとは、栄養分のある人工の母乳を作成して、それを人肌に温めた上で与える方法があります。」


「ヒカリさん、それが出来たら素晴らしいわね。この領地の技術を使えば、母乳を溜める瓶や乳首のような蓋も用意できるし、それを冷蔵庫で保管することもできるじゃない。貴方の母乳が十分に確保出来ればだけれど。

 それと、人工の母乳って何かしら?まさか、家畜の乳を与える訳では無いわよね?」


「は、はい!思い出すので、少々お待ちください」

「ヒカリさん、今は良いわ。ステラ様、モリス、フウマに色々な手配を進めて貰いましょう。あと、3ヶ月後を目処に乳母の候補も当たることにするわ。私はそこから手筈を整えるから、あとでお茶をするときに続きを聞かせてもらえるかしら?」


「はい!」


ーーーー


 いや~。参った参った。

 妊娠したら母子手帳とか貰うんだっけ。知識が全くない。大航海からの帰りにナビに少しは資料をダウンロードして貰ったんだけど、ほとんど読まずに寝てばかり居たからね……。

 ちょっと、勉強し直すか……。


 母子手帳が何かは理解できた。簡単言えば赤ちゃんの成長記録だね。予防接種とか、身長体重の記録、精神面の発達具合とか。当然、妊婦の状態で気を付けることなんかもある。

 っていうか、厚労省がガイドラインを出して、それを元に各都道府県が独自作ってる物なのか!住居によって母子手帳の中身が変わるってことね。


 胎教が何かを理解できた。読み聞かせとか音楽は意味があるか無いかでいえば、『無くはない』程度。

 音楽は高音はほとんど羊水で遮られるらしい。でも、お母さん自体がそういった寛ぐ時間を確保することは、お母さんの精神面の安定が胎児や赤ちゃんの健全な成育を助けて、死産や早産を回避しやすくなる。

 読み聞かせは、『発音のリズム』はを伝えることが目的。胎児はお話の意味が分からなくてもリズムは伝わるので、母国語を認識する速度が速まるんだって。

 胎児の記憶が前世の記憶だとか、異世界転生だとかそういうのは知らない。それはそれでファンタジーだね。私も人のこと言えないし。ま、まさかだけど、<妖精の加護>に加えて、異世界転生の魂まで持ってきたりしちゃう?まぁ、それはそのときで……。


 粉ミルクの起源と成分なんかもナビに調べて貰った。簡単に言えば、粉ミルクではなくて、母乳で育てるのが良いらしい。牛乳から基本の成分を抽出した上で、今度は人間の母乳に適合した成分になるように、人工的にわざわざ添加してるんだって。それでも母乳の方が良いっていうんだから、マリア様にお願いして乳母を見つけて貰った方が安心だね。何せ双子が生まれてくるわけだし。


 ヨシッ!マリア様に報告だ!


ーーーー


 お茶をしながら、書き留めたメモを見せながらマリア様とお話をした。


「ヒカリさん、まとめをありがとう。とても斬新な知識ね。私としては信じるしかないわ。そこで相談なのだけれど宜しいかしら?」

「何でしょうか?」


「ちょっと整理するわよ。

1.胎教と出産までの音楽の準備

2.出産後のオムツと乳母の準備

3.メイドとして暮らしながら子育てをする設備の準備

此処までは良いわよね?」

「はい」


「貴方の伝説の後処理として、

1.結婚の儀の準備

2.上皇陛下と上皇后陛下の身代わりを迎える準備

3.皇后陛下のお怒りの対応

4.次の冒険の準備

こんなところかしら?」

「は、はい……」


「不安ね……」

「な、なにがでしょうか?私も自分の後始末は自分でするようにします!」


「そこなのよ。貴方が大人しく、メイドの娘として仕事を続けながら、子育てをして、その手伝いを王族がするだけなら何の問題も無いのよ……」

「はい……?」


「あのね……。貴方が結婚の儀を終えて、その後、子育てをしているだけで済むわけがないでしょう?」

「え?え?え?貴族同士のお付き合いを学習しろということでしょうか……」


「違うわよ。

この領地経営を他人に任せて放っておけないでしょ?

それに貴方は空飛ぶ円盤を開発する指揮を執りたいでしょ?

そして、ユッカちゃんと冒険に出たいのでしょ?

どうするつもりだったのよ?」

「ええと、夕食会のメンバーと一緒に進められればと……」


「分かったわ。そこは他の人と相談ね。

皆がヒカリさんを支えてくれるから問題無いでしょう。

けれど、ヒカリさんの作戦をちゃんと周知しておく必要があるわ。

そして、人前では名ばかりの領主でメイドとして振る舞うこともね」

「はい!問題ありません!」


お読みいただきありがとうございます。

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